5 / 9
第5話
しおりを挟む
まだ暗いうちに目を覚ましたイングヴァルは、陽が昇ってくるのを見て街への方角を確認し、頭の中で道のりを確認していた。
そこにアウレリオも起きてきて、二人は今後どう進むべきかを話し合った。
丁度街へと向かう方面に別の拠点があり、とりあえずはそこを目指すことになった。
食料と水を用意して二人は歩き出した。
「イングヴァルさんは、色んなところを旅してきたんですか?」
尋ねたアウレリオにイングヴァルは頷く。
「ああ。若い頃は北の戦地を転々としていたし、ここ数年はずっと南に向かって旅をしていた」
「じゃ、じゃあ、エンゲルホルムに行ったことありますか? 偉大なる騎士ヨルゲンのお墓があるって……」
「あるよ」
イングヴァルが答えると、アウレリオは目を輝かせてこちらを見ていた。
思った以上に懐かれていると感じたが、悪い気はしなかった。
「どんな場所でした? 俺、あの伝説が好きなんです。魔物の軍勢に仲間と共に立ち向かって、命を懸けてエンゲルホルムを守ったって」
「静かでいい場所だよ。伝説では地平を埋め尽くすほどの魔物の軍勢がいたが、今では見渡す限り麦畑が広がっている。それを眺める丘の上に、彼の墓があった。こういう話、好きなのかい?」
「はい! 自分の力を人を救うために使う、俺もそうなれたらって思います」
「……そうかい。じゃあ将来は聖騎士に?」
「ううん、聖騎士は上級司祭の推薦がないとなれないから。俺には推薦してくれる人、いないし。剣も苦手だし。俺は師匠の後を継いで祓魔師になるから」
アウレリオは言った。その事実に対して思うところはないらしく、強がってもいない平然とした口振りだった。
彼の場合は、確かに剣よりも炎のほうが強力で手っ取り早い武器だろう。下手に道具を使うと足枷になってしまうだろうとイングヴァルは思った。
「君は……」
言ってイングヴァルは不意に足を止め、アウレリオに改まって話しかけた。
アウレリオも立ち止まり、どうしたのかとイングヴァルの様子を窺っている。
「君は……。いや、僕らは、人より少しだけ大きい力を持っている。人に向ければ簡単に殺すことだってできる。その力を、君は本当に人を助けるためだけに使うのかい」
「当たり前じゃないですか。師匠もそう言ってましたし」
イングヴァルの問いに、アウレリオはすぐさまそれが当然だと答えた。
「いや、師匠はそうかもしれないが、君個人の考えは……」
イングヴァルは食い下がった。
「困っている人を見たら助けたいって、思わないですか?」
「…………」
アウレリオの答えに、イングヴァルは何も言うことができなかった。
太陽のようだ、と思った。
その在り方はあまりに眩しく、憧れをもって見つめているだけで目が潰れてしまう。
彼の言うことはあまりに正しい。
正しいからこそ、それができない自分の小ささに苦しくなる。
自分はもう人間を信じられなくなってしまった。人に近付くのが怖くなってしまった。
彼が強く輝くほど自分の後ろには暗い影が落ちる。その影が、じっとこちらを見ている。
あの冬から抜け出すことのできなかった者たちが自分を見ている。
自分は失敗した。役目を果たせなかった。だからみんなを救うことができなかった。
あのときちゃんと死んでいれば、あんなことにはならなかった。
自分のような咎人が、彼に近付いていいはずがない。近付いても焼かれるだけだ。
ただ、彼の黄金の輝きだけは胸に刻んでおこうと思った。
こう在りたいと願う形を忘れなければ、いつかは――。
「……そうか。君は、そう思うんだね」
イングヴァルは微かに笑った。
その笑みは自嘲なのか、諦めなのか自身にもよくわからなかった。
そこにアウレリオも起きてきて、二人は今後どう進むべきかを話し合った。
丁度街へと向かう方面に別の拠点があり、とりあえずはそこを目指すことになった。
食料と水を用意して二人は歩き出した。
「イングヴァルさんは、色んなところを旅してきたんですか?」
尋ねたアウレリオにイングヴァルは頷く。
「ああ。若い頃は北の戦地を転々としていたし、ここ数年はずっと南に向かって旅をしていた」
「じゃ、じゃあ、エンゲルホルムに行ったことありますか? 偉大なる騎士ヨルゲンのお墓があるって……」
「あるよ」
イングヴァルが答えると、アウレリオは目を輝かせてこちらを見ていた。
思った以上に懐かれていると感じたが、悪い気はしなかった。
「どんな場所でした? 俺、あの伝説が好きなんです。魔物の軍勢に仲間と共に立ち向かって、命を懸けてエンゲルホルムを守ったって」
「静かでいい場所だよ。伝説では地平を埋め尽くすほどの魔物の軍勢がいたが、今では見渡す限り麦畑が広がっている。それを眺める丘の上に、彼の墓があった。こういう話、好きなのかい?」
「はい! 自分の力を人を救うために使う、俺もそうなれたらって思います」
「……そうかい。じゃあ将来は聖騎士に?」
「ううん、聖騎士は上級司祭の推薦がないとなれないから。俺には推薦してくれる人、いないし。剣も苦手だし。俺は師匠の後を継いで祓魔師になるから」
アウレリオは言った。その事実に対して思うところはないらしく、強がってもいない平然とした口振りだった。
彼の場合は、確かに剣よりも炎のほうが強力で手っ取り早い武器だろう。下手に道具を使うと足枷になってしまうだろうとイングヴァルは思った。
「君は……」
言ってイングヴァルは不意に足を止め、アウレリオに改まって話しかけた。
アウレリオも立ち止まり、どうしたのかとイングヴァルの様子を窺っている。
「君は……。いや、僕らは、人より少しだけ大きい力を持っている。人に向ければ簡単に殺すことだってできる。その力を、君は本当に人を助けるためだけに使うのかい」
「当たり前じゃないですか。師匠もそう言ってましたし」
イングヴァルの問いに、アウレリオはすぐさまそれが当然だと答えた。
「いや、師匠はそうかもしれないが、君個人の考えは……」
イングヴァルは食い下がった。
「困っている人を見たら助けたいって、思わないですか?」
「…………」
アウレリオの答えに、イングヴァルは何も言うことができなかった。
太陽のようだ、と思った。
その在り方はあまりに眩しく、憧れをもって見つめているだけで目が潰れてしまう。
彼の言うことはあまりに正しい。
正しいからこそ、それができない自分の小ささに苦しくなる。
自分はもう人間を信じられなくなってしまった。人に近付くのが怖くなってしまった。
彼が強く輝くほど自分の後ろには暗い影が落ちる。その影が、じっとこちらを見ている。
あの冬から抜け出すことのできなかった者たちが自分を見ている。
自分は失敗した。役目を果たせなかった。だからみんなを救うことができなかった。
あのときちゃんと死んでいれば、あんなことにはならなかった。
自分のような咎人が、彼に近付いていいはずがない。近付いても焼かれるだけだ。
ただ、彼の黄金の輝きだけは胸に刻んでおこうと思った。
こう在りたいと願う形を忘れなければ、いつかは――。
「……そうか。君は、そう思うんだね」
イングヴァルは微かに笑った。
その笑みは自嘲なのか、諦めなのか自身にもよくわからなかった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。
七賀ごふん
BL
【何度失っても、日常は彼と創り出せる。】
──────────
身の回りのものの温度をめちゃくちゃにしてしまう力を持って生まれた白希は、集落の屋敷に閉じ込められて育った。二十歳の誕生日に火事で家を失うが、彼の未来の夫を名乗る美青年、宗一が現れる。
力のコントロールを身につけながら、愛が重い宗一による花嫁修業が始まって……。
※シリアス
溺愛御曹司×世間知らず。現代ファンタジー。
表紙:七賀

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」
大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
【完結】雨降らしは、腕の中。
N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年
Special thanks
illustration by meadow(@into_ml79)
※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる