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第5話
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まだ暗いうちに目を覚ましたイングヴァルは、陽が昇ってくるのを見て街への方角を確認し、頭の中で道のりを確認していた。
そこにアウレリオも起きてきて、二人は今後どう進むべきかを話し合った。
丁度街へと向かう方面に別の拠点があり、とりあえずはそこを目指すことになった。
食料と水を用意して二人は歩き出した。
「イングヴァルさんは、色んなところを旅してきたんですか?」
尋ねたアウレリオにイングヴァルは頷く。
「ああ。若い頃は北の戦地を転々としていたし、ここ数年はずっと南に向かって旅をしていた」
「じゃ、じゃあ、エンゲルホルムに行ったことありますか? 偉大なる騎士ヨルゲンのお墓があるって……」
「あるよ」
イングヴァルが答えると、アウレリオは目を輝かせてこちらを見ていた。
思った以上に懐かれていると感じたが、悪い気はしなかった。
「どんな場所でした? 俺、あの伝説が好きなんです。魔物の軍勢に仲間と共に立ち向かって、命を懸けてエンゲルホルムを守ったって」
「静かでいい場所だよ。伝説では地平を埋め尽くすほどの魔物の軍勢がいたが、今では見渡す限り麦畑が広がっている。それを眺める丘の上に、彼の墓があった。こういう話、好きなのかい?」
「はい! 自分の力を人を救うために使う、俺もそうなれたらって思います」
「……そうかい。じゃあ将来は聖騎士に?」
「ううん、聖騎士は上級司祭の推薦がないとなれないから。俺には推薦してくれる人、いないし。剣も苦手だし。俺は師匠の後を継いで祓魔師になるから」
アウレリオは言った。その事実に対して思うところはないらしく、強がってもいない平然とした口振りだった。
彼の場合は、確かに剣よりも炎のほうが強力で手っ取り早い武器だろう。下手に道具を使うと足枷になってしまうだろうとイングヴァルは思った。
「君は……」
言ってイングヴァルは不意に足を止め、アウレリオに改まって話しかけた。
アウレリオも立ち止まり、どうしたのかとイングヴァルの様子を窺っている。
「君は……。いや、僕らは、人より少しだけ大きい力を持っている。人に向ければ簡単に殺すことだってできる。その力を、君は本当に人を助けるためだけに使うのかい」
「当たり前じゃないですか。師匠もそう言ってましたし」
イングヴァルの問いに、アウレリオはすぐさまそれが当然だと答えた。
「いや、師匠はそうかもしれないが、君個人の考えは……」
イングヴァルは食い下がった。
「困っている人を見たら助けたいって、思わないですか?」
「…………」
アウレリオの答えに、イングヴァルは何も言うことができなかった。
太陽のようだ、と思った。
その在り方はあまりに眩しく、憧れをもって見つめているだけで目が潰れてしまう。
彼の言うことはあまりに正しい。
正しいからこそ、それができない自分の小ささに苦しくなる。
自分はもう人間を信じられなくなってしまった。人に近付くのが怖くなってしまった。
彼が強く輝くほど自分の後ろには暗い影が落ちる。その影が、じっとこちらを見ている。
あの冬から抜け出すことのできなかった者たちが自分を見ている。
自分は失敗した。役目を果たせなかった。だからみんなを救うことができなかった。
あのときちゃんと死んでいれば、あんなことにはならなかった。
自分のような咎人が、彼に近付いていいはずがない。近付いても焼かれるだけだ。
ただ、彼の黄金の輝きだけは胸に刻んでおこうと思った。
こう在りたいと願う形を忘れなければ、いつかは――。
「……そうか。君は、そう思うんだね」
イングヴァルは微かに笑った。
その笑みは自嘲なのか、諦めなのか自身にもよくわからなかった。
そこにアウレリオも起きてきて、二人は今後どう進むべきかを話し合った。
丁度街へと向かう方面に別の拠点があり、とりあえずはそこを目指すことになった。
食料と水を用意して二人は歩き出した。
「イングヴァルさんは、色んなところを旅してきたんですか?」
尋ねたアウレリオにイングヴァルは頷く。
「ああ。若い頃は北の戦地を転々としていたし、ここ数年はずっと南に向かって旅をしていた」
「じゃ、じゃあ、エンゲルホルムに行ったことありますか? 偉大なる騎士ヨルゲンのお墓があるって……」
「あるよ」
イングヴァルが答えると、アウレリオは目を輝かせてこちらを見ていた。
思った以上に懐かれていると感じたが、悪い気はしなかった。
「どんな場所でした? 俺、あの伝説が好きなんです。魔物の軍勢に仲間と共に立ち向かって、命を懸けてエンゲルホルムを守ったって」
「静かでいい場所だよ。伝説では地平を埋め尽くすほどの魔物の軍勢がいたが、今では見渡す限り麦畑が広がっている。それを眺める丘の上に、彼の墓があった。こういう話、好きなのかい?」
「はい! 自分の力を人を救うために使う、俺もそうなれたらって思います」
「……そうかい。じゃあ将来は聖騎士に?」
「ううん、聖騎士は上級司祭の推薦がないとなれないから。俺には推薦してくれる人、いないし。剣も苦手だし。俺は師匠の後を継いで祓魔師になるから」
アウレリオは言った。その事実に対して思うところはないらしく、強がってもいない平然とした口振りだった。
彼の場合は、確かに剣よりも炎のほうが強力で手っ取り早い武器だろう。下手に道具を使うと足枷になってしまうだろうとイングヴァルは思った。
「君は……」
言ってイングヴァルは不意に足を止め、アウレリオに改まって話しかけた。
アウレリオも立ち止まり、どうしたのかとイングヴァルの様子を窺っている。
「君は……。いや、僕らは、人より少しだけ大きい力を持っている。人に向ければ簡単に殺すことだってできる。その力を、君は本当に人を助けるためだけに使うのかい」
「当たり前じゃないですか。師匠もそう言ってましたし」
イングヴァルの問いに、アウレリオはすぐさまそれが当然だと答えた。
「いや、師匠はそうかもしれないが、君個人の考えは……」
イングヴァルは食い下がった。
「困っている人を見たら助けたいって、思わないですか?」
「…………」
アウレリオの答えに、イングヴァルは何も言うことができなかった。
太陽のようだ、と思った。
その在り方はあまりに眩しく、憧れをもって見つめているだけで目が潰れてしまう。
彼の言うことはあまりに正しい。
正しいからこそ、それができない自分の小ささに苦しくなる。
自分はもう人間を信じられなくなってしまった。人に近付くのが怖くなってしまった。
彼が強く輝くほど自分の後ろには暗い影が落ちる。その影が、じっとこちらを見ている。
あの冬から抜け出すことのできなかった者たちが自分を見ている。
自分は失敗した。役目を果たせなかった。だからみんなを救うことができなかった。
あのときちゃんと死んでいれば、あんなことにはならなかった。
自分のような咎人が、彼に近付いていいはずがない。近付いても焼かれるだけだ。
ただ、彼の黄金の輝きだけは胸に刻んでおこうと思った。
こう在りたいと願う形を忘れなければ、いつかは――。
「……そうか。君は、そう思うんだね」
イングヴァルは微かに笑った。
その笑みは自嘲なのか、諦めなのか自身にもよくわからなかった。
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