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第12話

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「シーリュウさん!」

 悪魔に体を真っ二つにされたシーリュウの姿を見て、ナエマは絶叫した。
 守れなかった。
 あの誇り高い人を。今までに会った誰より高潔だった人を。
 何より美しく在った人を。

「お前……!」

 ナエマは何も考えずに駆ける。
 憎い。全てが憎い。
 シーリュウをあんな目に遭わせた悪魔も。シーリュウを守ると言っておきながらできなかった自分も。
 憎悪と憤怒がナエマの体を動かしていた。
 悪魔はナエマの存在を察知し、その気配に妙な感覚を覚えた。
 手を払って不可視の攻撃を与えるも、ナエマには何も起こらなかった。
 悪魔の持つ力の全てはナエマには決して届かない。
 ナエマは腰のポーチから聖索を取り出し、悪魔に投げつける。
 黄金に光り輝く聖索は意思を持つように悪魔の体に巻きついた。聖索が触れた部分が焼けている。

 ――何だ、これは?

 悪魔は不可解だ、というように呟いた。
 そして、本能で察知した。
 これは悪魔が倒すべき怨敵――神の力だと。
 何故かはわからないが、駆け寄ってくる男は尋常ではない神の力をその身に宿している。
 聖索で戒められ身動きの取れない体は不利だ。
 悪魔は周囲を見渡し、先程まで自分の体だった肉塊を魔力で持ち上げ、ナエマにぶつける。

「ぐ、ぅ……っ!」

 ナエマは肉塊に弾き飛ばされて浅瀬に転がる。全身に痛みが走る。痛い。痛い。もうこんな思いはしたくない。
 だが、それでも立ち上がって駆け出す。悪魔を殺すために。

 ――なるほど。

 悪魔はあの男には直接干渉はできないものの、何かを通してなら攻撃できると気が付いた。
 そして今度は魔物の腸を操ってナエマに飛ばす。
 その腸は一直線にナエマの首に巻きついた。

「がっ……」

 そのままナエマの体を持ち上げ、何とか首に絡みついた腸を解こうとするナエマの姿を悪魔は笑いながら見ていた。

 ――中途半端なことをするな、神とやらは。

 このまま首を絞めるだけでこの男は死ぬ。どんなに神の寵愛を受けたとしても、肉体が不死でないのならいくらでも殺しようはある。
 息ができない。気道を塞がれ、空気を求めて喘ぐ。
 ナエマは腸を解こうとしていた手を止め、腰に手を伸ばす。そしてポーチの中からシーリュウにもらった匕首を取り出す。
 鞘から抜き、むき出しになった刃を己の首に巻きつ腸に向けて突き立てる。
 しかし、その刃は腸を斬る前に折れてしまった。

 ――これ、饕餮号とうてつごうの一部。これ無事なら、私も無事。

 シーリュウの言葉を思い出す。
 もう、彼は――。
 自分は、ここで殺されるしかないというのか。

「神、よ……。何の、ために……」

 ナエマは声にならない声で口にした。

「何のために……、私に、力が、あるのですか……!」

 ナエマは神に問うた。
 目の前の悪魔すら殺せないで、守ると誓った人を守れないで、何が神の寵愛を受けた者だ。
 だったら、そんなものは、いらない。



「は、ぁ……」

 下半身の感覚がない。体が燃えるように熱い。
 体が真っ二つになっても、胴から腸がこぼれていてもまだ意識があるのは偏に饕餮号の力があるからだ。
 しかし、直に死ぬだろう。饕餮号でもこの致命傷を癒す力はない。
 こんな苦痛を味わうくらいならいっそ一思いに殺してくれ、としか思えなかった。
 嗚呼。自分は何も為せないまま死んでいくのか。
 何のために力を持っているのか。
 何のために力を振るうのか。
 何のために、生きて、いるのか。
 結局、わからないまま死ぬのだ。
 役立たずの自分に相応しい末路だ――。
 そのとき、ナエマの苦しむ声が耳に届いた。
 見れば、ナエマが悪魔によって宙吊りにされている。

 ――殺させる、ものか。

 全てを諦めていたシーリュウの胸に闘志が湧いた。
 あの臆病者が、悪魔を何より恐れていた男が、勇気を振り絞って悪魔に立ち向かっているのだ。
 その勇気を無駄にさせてなるものか。
 自分に胸を張って生きろと言ってくれた男を、自分を美しいと言ってくれた男を、決して死なせてなるものか――!
 シーリュウのそばには魔物の肉塊が転がっている。

 ――饕餮号。お前が何でも食らって力にするというのなら――。

 シーリュウは腕の力だけで肉塊まで這っていく。
 いくら魔甲とはいえ、ここまでの損傷は庇いきれない。
 進むたびに意識が遠くなる。体から力が抜けていく。
 それでも意地でシーリュウは肉塊まで辿り着いた。
 そして、その肉塊を食らった。
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