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第十八話
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晩課の鐘で修道院の前に集まることを確認し、コスティは別れて一人で街に向かった。
ジュラーヴリは外套を脱ぐと鞄にしまい、代わりに修道服を身に纏う。
それから修道院の中へと進み、ルルススもそれに続く。
門を潜って塀の中に入ると、思ったより窮屈な印象を受けた。
塀の中は決して狭くない土地なのだが、大小様々な建物が所狭しと立ち並んでいると圧迫感が強い。
真東に向けられた門からは一直線に聖堂までの道が開き、その両脇には馬や豚のいる牧舎、農具倉庫、納屋がいくらか立っている。
そのいずれにも修道士がいて何らかの作業をしていた。
祈れ、働け。
かつての聖人が唱えた言葉を至上のものとして胸に抱き、彼らは日々の労働を行っている。
ジュラーヴリは慣れた様子で聖堂への道を進む。すると突然鐘が鳴り響いた。
三時課を告げる鐘だ。
その鐘を聞き作業をしていた修道士は手を止め、足早に聖堂へと向かう。
「時課か。待った方がいいな」
「そうですね。聖堂の入口で待ちましょう」
ルルススが問うとジュラーヴリが答え、ルルススはそれに頷いた。
「右側に見えている大きな建物が書庫ですよ。一階は写字室、二階、三階が書庫になっています」
ジュラーヴリの指差す先には、三階建ての大きな建物があった。
四辺の角にはそれぞれ小さな塔が設けられている。
「聖堂の図書室とは別にあるのか? それにしても、随分と大きい……」
「聖堂にあるのは普段使うものだけだそうです。この国で一番大きな書庫だって、皆さん言ってます」
「すごいな。あの家の書斎でも驚いたというのに」
聖堂の前に着くと二人は入り口に続く短い石段の前で止まり、邪魔にならないよう脇に退く。
「ルルススさんとコスティさんは、友達なんですか?」
「い、いきなり何を」
ジュラーヴリの突然の問いに、ルルススは慌てながら真意を尋ねる。
「友というのが、私にはわからなくて……。本には出てくるのですけど、私は父上とマスターしか親しい人間がいませんから」
「そういうことか」
ジュラーヴリの質問の真意を聞いて納得すると、ルルススは苦笑した。
「ルルススさんは、コスティさんを友達と思っていますか?」
「……どう、だろうな」
ジュラーヴリの問いにルルススは顎に手を当てて考える。
それに驚いた様子でジュラーヴリは尋ねた。
「一緒に旅をしているのに、仲がよくないんですか?」
そうではないとルルススは言いかけたが、それは己の願望と気付き飲み込んだ。
彼は自分のことをどう思っているのだろう。
「自分の心情だけを言うなら、私は彼のことを好ましく思っている」
好ましい。
自分の抱いている感情を確かめきれず、堅苦しい言葉で誤魔化した。
しかし、その瞬間にわずかな後悔が襲う。
その後悔で初めてルルススは自分の気持ちを理解した。
暖かい友情の近くにある、熱い感情。
黒く沈み、ただ暗いだけと思っていた世界は夜空であると、その輝きでもって知らせてくれた。
その輝きに心奪われた。
ならば、自分の取る道は決まりきったものだった。
「……私は彼を賊から助けたが、その実、助けられたのは私の方だ。私の話を聞いてくれた。私の手を握って、私と共に旅をするとも言ってくれた。その優しさが、私を今一度歩かせてくれた」
自分の両手を見つめ、ルルススは言葉を続ける。
この手を握ってくれた彼に自分ができること。
「だが、私は彼の優しさに甘えるだけで何も与えることができない。どこに行くかも、いつまで続くかもわからない。そんな旅に、いつまでも付き合わせるわけにはいかない」
自分のために彼の全てが蔑ろにされるなど、自分が許さない。
言葉を。何より強い言葉を。己の想いを断ち切る言葉の刃を。
「彼とは別れる」
これは宣告だ。
自分で自分に告げる、決意の言葉だ。
「待ってください、さっき好きだと……」
言っていることがわからないと問いかけるジュラーヴリに、ルルススは答えた。
「別れることが、私が彼にできる唯一のことだからだ」
最上の選択。
これ以外に道はないと信じるように言葉を重ねた。
「……わかりません」
ジュラーヴリは寂しげに俯き、納得がいかないといった様子で呟いた。
「私は父上が好きです。好きだから、ずっと一緒にいられればいいと。でも、突然消えてしまって……。好きな人と一緒にいることが、幸せではないのですか」
何にも踏まれぬ新雪のように、咲いたばかりで夜を知らぬ花のように純粋なジュラーヴリの気持ちに何と言っていいかわからず、悲しげな顔をした。
「ジュラーヴリ、私は……」
恋慕も知らぬ、この無垢という花を散らさぬようにルルススは慎重に口を開く。
「私は、自分の幸せ以上に彼の幸せを願っている。私の存在が彼の幸せを妨げるというなら、彼の隣にいなくても構わない」
未練を心の底に沈め、上澄みを掬って言葉にする。
口にすると、ざわざわとしていた自分の気持ちも不思議と落ち着いたような気がした。
これでいい。
二人の間が沈黙に包まれると、時課が終わったのか扉が開き修道士達が聖堂から出てきた。
「行こう。案内してくれないか」
ルルススがジュラーヴリに声をかけると、彼は沈んだ様子ではあったが聖堂の中に歩を進めた。
その後にルルススも続いた。
ジュラーヴリは外套を脱ぐと鞄にしまい、代わりに修道服を身に纏う。
それから修道院の中へと進み、ルルススもそれに続く。
門を潜って塀の中に入ると、思ったより窮屈な印象を受けた。
塀の中は決して狭くない土地なのだが、大小様々な建物が所狭しと立ち並んでいると圧迫感が強い。
真東に向けられた門からは一直線に聖堂までの道が開き、その両脇には馬や豚のいる牧舎、農具倉庫、納屋がいくらか立っている。
そのいずれにも修道士がいて何らかの作業をしていた。
祈れ、働け。
かつての聖人が唱えた言葉を至上のものとして胸に抱き、彼らは日々の労働を行っている。
ジュラーヴリは慣れた様子で聖堂への道を進む。すると突然鐘が鳴り響いた。
三時課を告げる鐘だ。
その鐘を聞き作業をしていた修道士は手を止め、足早に聖堂へと向かう。
「時課か。待った方がいいな」
「そうですね。聖堂の入口で待ちましょう」
ルルススが問うとジュラーヴリが答え、ルルススはそれに頷いた。
「右側に見えている大きな建物が書庫ですよ。一階は写字室、二階、三階が書庫になっています」
ジュラーヴリの指差す先には、三階建ての大きな建物があった。
四辺の角にはそれぞれ小さな塔が設けられている。
「聖堂の図書室とは別にあるのか? それにしても、随分と大きい……」
「聖堂にあるのは普段使うものだけだそうです。この国で一番大きな書庫だって、皆さん言ってます」
「すごいな。あの家の書斎でも驚いたというのに」
聖堂の前に着くと二人は入り口に続く短い石段の前で止まり、邪魔にならないよう脇に退く。
「ルルススさんとコスティさんは、友達なんですか?」
「い、いきなり何を」
ジュラーヴリの突然の問いに、ルルススは慌てながら真意を尋ねる。
「友というのが、私にはわからなくて……。本には出てくるのですけど、私は父上とマスターしか親しい人間がいませんから」
「そういうことか」
ジュラーヴリの質問の真意を聞いて納得すると、ルルススは苦笑した。
「ルルススさんは、コスティさんを友達と思っていますか?」
「……どう、だろうな」
ジュラーヴリの問いにルルススは顎に手を当てて考える。
それに驚いた様子でジュラーヴリは尋ねた。
「一緒に旅をしているのに、仲がよくないんですか?」
そうではないとルルススは言いかけたが、それは己の願望と気付き飲み込んだ。
彼は自分のことをどう思っているのだろう。
「自分の心情だけを言うなら、私は彼のことを好ましく思っている」
好ましい。
自分の抱いている感情を確かめきれず、堅苦しい言葉で誤魔化した。
しかし、その瞬間にわずかな後悔が襲う。
その後悔で初めてルルススは自分の気持ちを理解した。
暖かい友情の近くにある、熱い感情。
黒く沈み、ただ暗いだけと思っていた世界は夜空であると、その輝きでもって知らせてくれた。
その輝きに心奪われた。
ならば、自分の取る道は決まりきったものだった。
「……私は彼を賊から助けたが、その実、助けられたのは私の方だ。私の話を聞いてくれた。私の手を握って、私と共に旅をするとも言ってくれた。その優しさが、私を今一度歩かせてくれた」
自分の両手を見つめ、ルルススは言葉を続ける。
この手を握ってくれた彼に自分ができること。
「だが、私は彼の優しさに甘えるだけで何も与えることができない。どこに行くかも、いつまで続くかもわからない。そんな旅に、いつまでも付き合わせるわけにはいかない」
自分のために彼の全てが蔑ろにされるなど、自分が許さない。
言葉を。何より強い言葉を。己の想いを断ち切る言葉の刃を。
「彼とは別れる」
これは宣告だ。
自分で自分に告げる、決意の言葉だ。
「待ってください、さっき好きだと……」
言っていることがわからないと問いかけるジュラーヴリに、ルルススは答えた。
「別れることが、私が彼にできる唯一のことだからだ」
最上の選択。
これ以外に道はないと信じるように言葉を重ねた。
「……わかりません」
ジュラーヴリは寂しげに俯き、納得がいかないといった様子で呟いた。
「私は父上が好きです。好きだから、ずっと一緒にいられればいいと。でも、突然消えてしまって……。好きな人と一緒にいることが、幸せではないのですか」
何にも踏まれぬ新雪のように、咲いたばかりで夜を知らぬ花のように純粋なジュラーヴリの気持ちに何と言っていいかわからず、悲しげな顔をした。
「ジュラーヴリ、私は……」
恋慕も知らぬ、この無垢という花を散らさぬようにルルススは慎重に口を開く。
「私は、自分の幸せ以上に彼の幸せを願っている。私の存在が彼の幸せを妨げるというなら、彼の隣にいなくても構わない」
未練を心の底に沈め、上澄みを掬って言葉にする。
口にすると、ざわざわとしていた自分の気持ちも不思議と落ち着いたような気がした。
これでいい。
二人の間が沈黙に包まれると、時課が終わったのか扉が開き修道士達が聖堂から出てきた。
「行こう。案内してくれないか」
ルルススがジュラーヴリに声をかけると、彼は沈んだ様子ではあったが聖堂の中に歩を進めた。
その後にルルススも続いた。
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