上 下
18 / 27

第十八話

しおりを挟む
 晩課の鐘で修道院の前に集まることを確認し、コスティは別れて一人で街に向かった。
 ジュラーヴリは外套を脱ぐと鞄にしまい、代わりに修道服を身に纏う。
 それから修道院の中へと進み、ルルススもそれに続く。

 門を潜って塀の中に入ると、思ったより窮屈な印象を受けた。
 塀の中は決して狭くない土地なのだが、大小様々な建物が所狭しと立ち並んでいると圧迫感が強い。
 真東に向けられた門からは一直線に聖堂までの道が開き、その両脇には馬や豚のいる牧舎、農具倉庫、納屋がいくらか立っている。
 そのいずれにも修道士がいて何らかの作業をしていた。 

 祈れ、働け。
 かつての聖人が唱えた言葉を至上のものとして胸に抱き、彼らは日々の労働を行っている。

 ジュラーヴリは慣れた様子で聖堂への道を進む。すると突然鐘が鳴り響いた。
 三時課を告げる鐘だ。
 その鐘を聞き作業をしていた修道士は手を止め、足早に聖堂へと向かう。

「時課か。待った方がいいな」
「そうですね。聖堂の入口で待ちましょう」

 ルルススが問うとジュラーヴリが答え、ルルススはそれに頷いた。

「右側に見えている大きな建物が書庫ですよ。一階は写字室、二階、三階が書庫になっています」

 ジュラーヴリの指差す先には、三階建ての大きな建物があった。
 四辺の角にはそれぞれ小さな塔が設けられている。

「聖堂の図書室とは別にあるのか? それにしても、随分と大きい……」
「聖堂にあるのは普段使うものだけだそうです。この国で一番大きな書庫だって、皆さん言ってます」
「すごいな。あの家の書斎でも驚いたというのに」

 聖堂の前に着くと二人は入り口に続く短い石段の前で止まり、邪魔にならないよう脇に退く。

「ルルススさんとコスティさんは、友達なんですか?」
「い、いきなり何を」

 ジュラーヴリの突然の問いに、ルルススは慌てながら真意を尋ねる。

「友というのが、私にはわからなくて……。本には出てくるのですけど、私は父上とマスターしか親しい人間がいませんから」
「そういうことか」

 ジュラーヴリの質問の真意を聞いて納得すると、ルルススは苦笑した。

「ルルススさんは、コスティさんを友達と思っていますか?」
「……どう、だろうな」

 ジュラーヴリの問いにルルススは顎に手を当てて考える。
 それに驚いた様子でジュラーヴリは尋ねた。

「一緒に旅をしているのに、仲がよくないんですか?」

 そうではないとルルススは言いかけたが、それは己の願望と気付き飲み込んだ。
 彼は自分のことをどう思っているのだろう。

「自分の心情だけを言うなら、私は彼のことを好ましく思っている」

 好ましい。
 自分の抱いている感情を確かめきれず、堅苦しい言葉で誤魔化した。
 しかし、その瞬間にわずかな後悔が襲う。
 その後悔で初めてルルススは自分の気持ちを理解した。

 暖かい友情の近くにある、熱い感情。
 黒く沈み、ただ暗いだけと思っていた世界は夜空であると、その輝きでもって知らせてくれた。
 その輝きに心奪われた。

 ならば、自分の取る道は決まりきったものだった。

「……私は彼を賊から助けたが、その実、助けられたのは私の方だ。私の話を聞いてくれた。私の手を握って、私と共に旅をするとも言ってくれた。その優しさが、私を今一度歩かせてくれた」

 自分の両手を見つめ、ルルススは言葉を続ける。
 この手を握ってくれた彼に自分ができること。

「だが、私は彼の優しさに甘えるだけで何も与えることができない。どこに行くかも、いつまで続くかもわからない。そんな旅に、いつまでも付き合わせるわけにはいかない」

 自分のために彼の全てが蔑ろにされるなど、自分が許さない。
 言葉を。何より強い言葉を。己の想いを断ち切る言葉の刃を。

「彼とは別れる」

 これは宣告だ。
 自分で自分に告げる、決意の言葉だ。

「待ってください、さっき好きだと……」

 言っていることがわからないと問いかけるジュラーヴリに、ルルススは答えた。

「別れることが、私が彼にできる唯一のことだからだ」

 最上の選択。
 これ以外に道はないと信じるように言葉を重ねた。

「……わかりません」

 ジュラーヴリは寂しげに俯き、納得がいかないといった様子で呟いた。

「私は父上が好きです。好きだから、ずっと一緒にいられればいいと。でも、突然消えてしまって……。好きな人と一緒にいることが、幸せではないのですか」

 何にも踏まれぬ新雪のように、咲いたばかりで夜を知らぬ花のように純粋なジュラーヴリの気持ちに何と言っていいかわからず、悲しげな顔をした。

「ジュラーヴリ、私は……」

 恋慕も知らぬ、この無垢という花を散らさぬようにルルススは慎重に口を開く。

「私は、自分の幸せ以上に彼の幸せを願っている。私の存在が彼の幸せを妨げるというなら、彼の隣にいなくても構わない」

 未練を心の底に沈め、上澄みを掬って言葉にする。
 口にすると、ざわざわとしていた自分の気持ちも不思議と落ち着いたような気がした。
 これでいい。

 二人の間が沈黙に包まれると、時課が終わったのか扉が開き修道士達が聖堂から出てきた。

「行こう。案内してくれないか」

 ルルススがジュラーヴリに声をかけると、彼は沈んだ様子ではあったが聖堂の中に歩を進めた。
 その後にルルススも続いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そして、もう一度

瀬名よしき
BL
【BL】前世で女の子だった主人公が、転生して男の子に… 大学卒業後に入社した会社で転職を考えるようになった四木優は、転職エージェントを通じて転職活動をしていた。 しかし、心から転職したいと思える会社が見つからず、転職活動は難航。あるとき、転職エージェントから、自分には不釣り合いとも思える大手IT企業を勧められる。 自信はこれっぽっちもなかったが、ダメ元で応募。運良く書類選考を通過し、一次面接へ。そこで、前世で恋人だった海道と出逢う。 ▼登場キャラ 受:四木優(よつぎゆう) 前世の記憶をわずかに持つ24歳。転職活動中。 前世での名前は、三枝優(さえぐさゆう)。やんちゃな女の子で、近所に住む幼馴染の男の子(攻)と交際していた。15歳で死んでしまい、現世には男の子として転生した。 攻:海道勇(かいどういさむ) 大手IT企業に勤める41歳。プロマネ(プロジェクトマネージャー)の肩書を持つ。元システムエンジニア。 男女問わずよくモテるが、15歳で亡くなった受(三枝優)のことがずっと忘れられず、誰かと交際してもすぐに破局してしまう。

旦那様と僕~それから~

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』のそれから。 青年となった雪緒に、旦那様は今日も振り回されている…かも知れない。 旦那様は今日も不憫…かも知れない。 『空にある川』(それぞれの絆)以降は『寝癖と塩~』とリンクしています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

大魔法使いに生まれ変わったので森に引きこもります

かとらり。
BL
 前世でやっていたRPGの中ボスの大魔法使いに生まれ変わった僕。  勇者に倒されるのは嫌なので、大人しくアイテムを渡して帰ってもらい、塔に引きこもってセカンドライフを楽しむことにした。  風の噂で勇者が魔王を倒したことを聞いて安心していたら、森の中に小さな男の子が転がり込んでくる。  どうやらその子どもは勇者の子供らしく…

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

ポケットのなかの空

三尾
BL
【ある朝、突然、目が見えなくなっていたらどうするだろう?】 大手電機メーカーに勤めるエンジニアの響野(ひびの)は、ある日、原因不明の失明状態で目を覚ました。 取るものも取りあえず向かった病院で、彼は中学時代に同級生だった水元(みずもと)と再会する。 十一年前、響野や友人たちに何も告げることなく転校していった水元は、複雑な家庭の事情を抱えていた。 目の不自由な響野を見かねてサポートを申し出てくれた水元とすごすうちに、友情だけではない感情を抱く響野だが、勇気を出して想いを伝えても「その感情は一時的なもの」と否定されてしまい……? 重い過去を持つ一途な攻め × 不幸に抗(あらが)う男前な受けのお話。 *-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-* ・性描写のある回には「※」マークが付きます。 ・水元視点の番外編もあり。 *-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-* ※番外編はこちら 『光の部屋、花の下で。』https://www.alphapolis.co.jp/novel/728386436/614893182

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

処理中です...