あなたはだあれ?~Second season~

織本 紗綾

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第四章 幸せは思い出に

第49話 終わりの音

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 朝の街は静かで、凍りつくほど寒い。

 “二人出逢う為 闇を這い産まれてきた”

 思い出の曲が流れる車内、隣に遥はいない。後ろ髪を引かれるとはこの事だろうか……でも行かないわけにはいかない。あの日、迂闊に外に出て俺を探しに来た葵先生に出くわし、約束してしまった。校長先生に会うと。

 遥との約束を守る為に、今までの“草野海斗”を終わらせる……ただ真っ直ぐに続く学校への道、ひたすら車を走らせた。

 






「これを紅茶に入れて出せ」

 田原は葵に小瓶を渡す。

「これ何? 」
「気持ちよく逝かせてやる薬だ。あいつが寝たらこれで背中を撃て」
「どうして背中なのよ」
「出来るなら腹からでもいい。身体の中心、それがあいつの弱点だ」
「わかった」

 葵は躊躇なく小瓶と拳銃を受け取ると服の中に隠す。

「失敗したら俺達は終わりだ。裏切りは許さないからな」
「そっちこそ。この子の為にも約束、ちゃんと守ってもらうから」

 睨み合う二人。

「来たぞ」

 海斗の車がカメラに映る。海斗殺害を企てる二人は計画通り動き出した。



 葵は海斗を出迎え、応接室へと案内する。独特な緊張感に包まれ歩く二人を“影に潜む者達”が物陰から覗く。

 黒ずくめの集団は水野達、数人ずつ門の周囲に配置されている。

「あいつか」

 それより数が多い謎の集団も、建物の内部にまで侵入し、誰かと通信しながら機会をうかがっているようだ。

「あぁ……青い髪の女だ」

 田原の声、葵のことを話しているようだ。






「海斗、好きだったでしょ」
「はい、ありがとうございます」

 計画通り葵は紅茶を淹れる。味わうように飲む海斗。

「美味しいです」
「そう、よかった」

 流れる沈黙。

「校長先生……遅いですね」

 たまりかねた海斗が口を開いても、葵が答える気配はない。

「怒って……ますよね。急にいなくなって連絡もしないままで。申し訳ありませんでした」

 丁寧に下げた頭に突きつけられる銃口。それは海斗にとっていきなり訪れた終わりの始まり。

「父さんは来ない」
「え……? 」
「死んで」
「葵先生!? なんで」

 荒く肩で息をして、葵は必死に銃を向け、叫ぶ。

「死んで!! 私とこの子の為なの」
「私と……この子……まさか」
「全部、全部あんたのせいよ!! あんたがうちにこなければ……あの夜……せめて一緒にいてくれたら……こんなことにはならなかったのに!! 」

 バンッッ!! 

 凄まじい破裂音。反動に耐えきれず吹き飛ぶ葵。

「葵先生!! 」

 床に打ち付けられる寸前、反射的に走り出し海斗が受け止める。

「後ろ! 」

 瞬時に体勢を変えてよけると、いくつもの赤い閃光が背中のすぐ横を通っていく。

 音無き攻撃。

 閃光の当たった先、床は焦げたように変色し、穴が開いている。逃げるしかない、海斗は葵を抱いて走り出す。

 駆けてくる無数の靴音。

「なんで……」
「無茶しないでください。お腹の赤ちゃんに何かあったらどうするんですか」

 ここまでしても守ってくれる海斗の優しさに触れ、葵は後悔を滲ませる。海斗を我が物にするため策略を巡らせた事、心の隙に付け込まれあの男の思惑にはまってしまった事、そして自らの幸せの為に海斗を殺そうとした事……海斗のせいではない、全ては心の未熟さで自業自得。

 その間も向かってくる銃弾、追いかけてくる靴音も増えている。


 もう遅い、全てが、何もかも。


 罪を犯す前の自分も、海斗や田原に出逢う前のうんざりするくらい平和な時間も……もう何も戻ってはこない。

 やるしかない──葵は決意を込め、キッと海斗を睨む。

「離して」
「だめだ」
「人質にする気? 離しなさいよ」
「ちょっと、暴れないで。走れないなら大人しくしてて! 」

 腕の中で暴れ始める葵のせいで体勢を崩しながら、それでも逃げようと走る海斗。階段を駆け上がり3階に着くと待ち伏せしていた何者かが光線を放つ。

「あぁっっ!! 」

 上から下からの攻撃を交わしきれず、葵の足を光が貫いた。

「大丈夫ですか」
「痛いっ……あんたが離さないから」
「葵先生が暴れるから」

 葵は海斗が心底憎いと思った。

 愛がないならどちらがマシだろう。妊娠を知っていて拳銃を渡し人殺しを命じる男と、心を傷つけながらも身体だけは守ろうとしてくれる男と。

 海斗の息が荒く揺れる。

 足取りも重くおぼつかなくなってきた。もしかしたら今頃になって、あの薬が効き始めたのかもしれない。

 ふらつきながらも何とか人気ひとけのない部屋へ、もつれるように転がり込むと、葵は思いっきり海斗を突き飛ばした。

「……っく……」

 苦しそうにうずくまる海斗、足を引きずりながら立ち上がった葵は再び海斗に銃を突き付ける。

 震える手、揺れる銃口。

「あ……おい先……生、やめて」
「やめない。今更遅いの、愛してないのに同情なんかしないで! 」

 力が入らない様子でうずくまる海斗に向けて一発。狙いは外れ、爆音が響き、またも葵は吹き飛ばされる。それでも何とか踏みとどまって銃口を海斗へ。

「俺は……そんなものじゃ死ね……ない。ロイド……だから」
「え……」

 驚いた一瞬の隙をついて飛びかかり、海斗は葵から銃を奪う。

「死ね」

 田原の声、背後から突きつけられた銃口に気づいたのは海斗が先。葵の頭部を守るよう、咄嗟に覆いかぶさった。

「騙したのね……」

 葵の目からあふれ出る涙。

「田原先生まで……やめてください」
「離れろよ、お前殺すわけにいかないんだ。ボスから生け捕りにしろって言われてる」

 終始、嘲笑うように話す田原。

「最初から、狙いは私だったのね」
「お前だ。面倒だからガキと一緒に逝け」
「よくもそんな事……葵先生のこと大切に思ってるって、そう言ってたのに」
「笑わせるな、演技だよ、演技! 海斗捕まえる為の駒に決まってんだろ」

 田原の本性を知り、海斗も葵も愕然とする。仲間だと、信頼していた。笑い合った日もあるはずの葵、海斗、田原は今、銃を向け合い互いの命を脅かす存在になってしまった。

 また、近づいてくる靴音。

「後はあの世で知ればいい」

 田原が手を一振りすると毒蛇のように無数の糸が伸びて海斗に絡みつく。田原が手を引くと糸に身体を引っ張られ、海斗は投げ出された。

「ぐっっ……」

 引き剥がされ、地面に打ち付けられた海斗は痛みに悶える。

「葵先生!! 」

 自分の子を身籠る女性に、田原は躊躇なく銃口を向け引き金を引く。

 銃声が一発。

 血しぶきが飛び、崩れ落ちた身体は葵ではなく田原だった。

 震えおののく葵の隣に転がる亡骸なきがら

「銃声だ、こっちにいるぞ! 」
「女はどこだ、早く探せ! 」

 声が近づいてくる。

 なぜ、こんな事を──深い怒りを宿した海斗の、何かが変わった。

 全身に力を込め、圧力で糸の塊を切ると、葵を抱えて再び走り出す。

 あちこちから飛んでくる閃光を素早い動きで瞬時に交わし、3階を通って屋上へ。冷たい風に吹かれながら何とか小屋に逃げ込んだ。

「うっ……はぁ」
「すみません、圧迫しすぎました」

 海斗の腕から放たれた葵は苦しそうに悶える。

「もう……だめ」
「ごめんなさい、大丈夫ですか」

 駆け寄って触れようとする手を葵が制する。

「生まれて……来たくないのかも」
「そんな事」
「実の父親に殺されそうになったの、当たり前よ」
「そんな事ありません。きっと」

 言えずに口ごもった。この間、自分がされたのと同じ事を経験してしまったこの子が、いつかこの事実を知ったとき……その子が生まれてきてよかったと思えるかどうか、海斗には分からなかった。

「俺も……同じ事をされました。父親が家に火を放ったんです。俺を殺す為に」

 ここに来た日、かわいい生徒達、サッカーに明け暮れた日々、仲間だと思っていた……葵先生に、田原先生も。

 全て、あの火事の日に壊れてしまった。

「逃げて……捕まっちゃ……だめ」
「行けません、葵先生を置いては」
「彼女……巻き込みたくないでしょ。あんたが……捕まっ……たら彼女……も殺され」
「葵先生! 」

 葵は朦朧としながらも必死に手で合図を出して海斗に行けと促す。荒かった息が、止まりそうに途切れる。

「葵先生! 諦めちゃだめだ!! 」
「あの世で……会ったら……説教……してやるんだから……あの……バカに……」
「葵先生! 」

 海斗がもう一度叫んだその時、驚くほどはっきりと近くから声が聞こえた。

「声だ!! 」

 見つかれば二人とも……息を潜め、じっと耐える。

 短いようで、長い時。

 声が遠ざかっていく。

「葵先生」

 葵には長すぎた時間。そっと触れても、もう反応はない。

「助けを呼んできます」

 力なく立ち上がる。

 海斗自身、もう限界を超えていた。鉛のように重い身体、足も痺れて感覚がない。

 扉を開けると、風が音を立て行く手を阻む。

「待ちなさい」

 のろのろと歩く海斗、背後から誰かが引き留める。

「お腹に赤ちゃんが。葵先生を助けてください」

 この人なら大丈夫だと思った。女性なら見殺しにしたりしないはず。

 それだけ言ってまた歩き始める。

 海斗は空を目指していた。

 遥を、葵を……この学校を守る方法が一つだけ残っていた。どんな造りの機械でも地面に叩きつければ壊れる。壊れれば捕まる事はない、ここから飛び降りれば。

「ごめん、遥」

 海斗は呟いてフェンスに手を掛ける。

「自害などさせません」

 声が遠くに聞こえた。






「草野英嗣に逮捕状が出ました。現在、市内を逃走中。ご指示をお願いします」

 争いの後、静まり返る屋上で無線だけが虚しく騒がしさを放つ。

「俺が行く、いいな」
「ボス、そちらの状況は」
「負傷者1名。危険な状態です、直ちに救急要請を」
「了解しました」
「ボス、こちらには何名残せば」
「要りません、全て終わりました」

 田原は死に、葵は瀕死の重傷を負い、子供達の学び舎に争いの爪痕を多く遺して、作戦は終わった。






 そんな騒ぎを知ることもなく、遥は勉強に励んでいた。

 もう2日、連絡がないことを不安に思いつつも海斗の言葉を信じ、連絡を控えている。

「これって……」

 ロボット工学と医学の融合──見つけたのは当時最先端の論文を発表した草野博士の特集記事。その隅には家族写真まで。

 “草野英嗣博士、奥様の渚さん、息子の海斗君は生後6ヶ月、最近おすわりが出来るようになったそう”

 そんな解説に目を奪われる。

「海斗……」



 “ピーンポーン”

 来客を知らせるチャイムが鳴った。
 
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