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第四章 幸せは思い出に
第46話 束の間の夢
しおりを挟むそれからの日々は、またたく間に過ぎていった。
海斗といる、そう決めた私は慌ただしく部屋を決め、一人暮らしを始めた。海斗と一緒にいられると思っていたけど、海斗は私に迷惑をかけたくないからとキャンプ場や公園を転々とする生活。
復籍さえ出来れば、補助金をもらって部屋を借りたり生活を整えることができるし、仕事にも復帰できる。
でも復籍のためには身体検査が必要で、それが一番の難題だった。
「唾液からDNAが採取……かぁ、唾液か血液……あとは傷口さえ埋められたら……」
最近はエンジニアの講座に加えて専門書を読んだり、調べ物をすることが増えた。今日も本が山積みの机に向かい、朝からモニターとにらめっこしている。
カタン……
玄関の方から物音が聞こえた。
「海斗! 」
「ちょっと早いけど来ちゃった」
急いで駆け寄ると、照れたように笑う海斗。
今日まで不安だった……会えないだけじゃなくて連絡も取れない日々。捕まってないか、夜は寒くないか、考え始めると止まらなくて眠れなかった。
「遥……? 」
思わず、ぎゅっと抱きつく。
「会いたかった……」
背中に手を回して、顔を胸に埋めると海斗も抱きしめ返してくれる。
「俺も……会いたかった」
優しくて、暖かくて、冬なのに春の陽射しに包まれているみたい。
「夢瑠ちゃん達、何時に来るんだっけ」
「17時って言ってた」
玄関で抱き合ったまま話す変な私達。やらなきゃいけない事はたくさんある、でも離れたくない。
背中に回る腕の力が、ふいに強くなる。
「もう少しだけ……こうしてていい? 」
海斗の言葉に頷きながら幸せを噛みしめる。頑張ればきっと乗り越えられる、この温もりの為なら何でもできそうな気がした。
『メリークリスマース!! 』
乾杯と共に始まるパーティー。色とりどりの美味しそうな料理を囲む楽しい時間。今夜はクリスマスイブといって大切な人と過ごす、特別な夜らしい。
俺の隣には遥。
樹梨亜ちゃんや夢瑠ちゃんと笑う横顔はかわいくて愛しくて、安らぎを与えてくれるから不思議だ。こうしていると嫌なこと全て忘れてしまいそうになる。
「海斗、何か取る? 」
「あれ欲しいな、ローストビーフのサラダ」
「また? ロールキャベツとかラザニアとか、海斗の好きな唐揚げもあるよ」
「でも遥の作ったサラダ美味しいよ。もっと食べたい」
「そ、そんなのお肉切って盛り付けただけだから」
「ドレッシング手作りだよ」
赤くなって目を伏せるのがかわいくてじっと見つめる。
「こっち向いてよ」
「海斗……」
「お~い、そこのふたり。私達もいるんだけど、忘れないでよね」
思わず二人だけの世界に入っていた。声のする方を見るとみんなが俺達をにやにや眺めている。
「イチャイチャするのはいいんだけど、私達がいなくなってからにしてくれる? 」
「イチャイチャなんて……」
遥は反論しようとするけど、顔は真っ赤だし、説得力も勢いもない。
「ごめん、遥がかわいくてつい」
更にからかうと、遥はもう顔を両手で抑えて俯いている。
「ちょっと、堂々と言わないでよ。こっちまで恥ずかしくなるじゃない」
「ハルちゃん、顔真っ赤」
「もうやめて……」
夢瑠ちゃんが遥の頭を撫でているのを見て、羨ましくなる。ライバルの言葉の意味が今もまだわからないまま、遥の隣にずっといる夢瑠ちゃんに、なぜだか少しハラハラする。
「それで? とうとう付き合い始めた? 」
「少し前からかな。ねぇ、遥」
耳まで真っ赤になりながらも遥が頷く。
「え!? 微妙な仲かと思ってたけど、本当に付き合ってるの!? 」
「そっかぁ~、このお家はカイくんと一緒にいるためなんだね」
「そ、それは……」
「なるほどね~、なんかおかしいと思ったんだ。寂しがりの遥が一人暮らしなんて」
「違うって、それは一人で落ちついて考える時間とかも欲しくて……」
やっと顔を上げて反論するけど、みんなのからかうような視線にしどろもどろ。
「何にせよ、おめでたいですね。あんまり見ると、穴が空いちゃいますからこのくらいにしておきましょうか」
そうして遥が話せなくなった時、なぜか煌雅さんの謎発言。
「とにかく、遥が好きなのはわかったから唐揚げも他の料理も、もっと食べてよね。海斗君の為にたくさん作ってきたんだから」
「ありがとう」
「遥と夢瑠もね。私、あんまり食べられないし、このままじゃ余りそう」
『ん? 』
作るのも食べるのも好きな樹梨亜ちゃんがそんなことを言うなんて……視線を合わせる俺も遥も夢瑠ちゃんも、きっと同じことを思ったはず。
「樹梨亜、体調悪いの? 」
「お腹痛いの? 」
「ううん、そうじゃないの……あのね」
なぜか一瞬、樹梨亜ちゃんが優しげな表情をして、煌雅さんと視線を交わす。
「実はですね」
「煌雅、改まらなくていいから私に言わせて」
見つめ合う二人の視線は、まだ幼い俺達のとは違う。互いをいたわりあい、優しく包むような……俺達もいつかあんなふうに、なれるだろうか。
「実はね……お腹に赤ちゃんがいるの。まだ安定期前だけど、仕事も出来てるし体調は大丈夫。食事だけはあんまりできなくてね、食べても全部出ちゃうの」
「樹梨亜……」
夢瑠ちゃんは、ぱあっと顔が華やいで嬉しそうに、遥は瞳を潤ませる。
「おめでとう、ほんとにおめでとう」
「樹梨ちゃんの夢、もうひとつ叶ったね!! 」
喜びを分かち合う三人を見ていると、ふいに煌雅さんと視線が合う。微笑ましいですね……声はないのにそう言われた気がして、こちらも小さく頷いて見せる。
「ハルちゃんも、樹梨ちゃんも、二人揃っておめでとうの日だね! 」
「夢瑠だって、向こうで書いたのが映画化決まって昨日もう一作書き終えたって言ってたじゃない」
「うそっ、夢瑠すごい! 映画になるの!? 」
映画好きの遥の顔がパッと明るくなってはしゃぎ出す。でも夢瑠ちゃんの表情は……それでやっと“ライバル”の意味がわかった。
「おめでたくはないの~、もうこの話はやめっ! 」
「でも夢瑠さん、それは大変名誉な事では。今の時代、人間のオリジナル作品が映画化されるなんて滅多にありません」
「でもあれはガーッてなっただけで、夢瑠の実力じゃないもん! 」
「そのガーッが夢瑠の凄さじゃない」
「でも……」
「まぁまぁ、仕事となると喜びより大変さのが大きいよね」
「そっか……夢瑠、おつかれさまでした」
遥が穏やかに合わせてくれて、この話は終わった。樹梨亜ちゃんがママになって、夢瑠ちゃんはますます有名な作家さんになって、遥は……盛り上がり、楽しそうに話す横顔に胸が苦しい。
「どうかした? 」
遥に気づかれて笑顔を作る。
「ううん、なんでもない」
とっさに作る笑顔。
「ハルちゃん、そろそろケーキ食べようよ。夢瑠持ってくる~」
「夢瑠、そっちはトイレだって」
夢瑠ちゃんが歩いて行くのを追い掛けて、遥もトイレの方へ消えていく。
「夢瑠ったら相変わらずね」
「夢瑠さんの意外性は、計り知れませんね」
目の前には仲睦まじく言葉を交わす樹梨亜ちゃんと煌雅さん。
「ねぇ、海斗君」
「はい」
「遥のどこが好きなの? 」
「全部です」
「全部って、それじゃわかんないでしょ。うまくごまかさないで」
不服そうな樹梨亜ちゃんが少しだけ、葵先生に重なって親しみを感じる。
「お二人は正式にご結婚されてるんですよね? 」
「え、えぇまあ……」
「あの、結婚ってどうしたら出来るのかなって」
そう言った瞬間、空気が固まる。変なことを言ったかもしれない。
もし、怪しまれたら。
「あ、変な事聞いてすみません。色んな記憶がなくて、そういう事もあまり知らなくて」
慌てて取り繕うと樹梨亜ちゃんと煌雅さんは互いに顔を見合わせる。身体の中の何かがドクドク音を立てる。
「私は樹梨亜と生涯を共にするため生まれたパートナーロイドですから普通とは違いますが、一般の方であればプロポーズをしてお互いの意志を確認し、同意を経てご両親に挨拶へという感じでしょうか」
「そうね、でも夫婦になるっていうのは難しくてね、人間同士だからこそ一緒に暮らしていけるかも大事よ。お互いの癖とか金銭感覚とか、生活リズムもね」
「一緒に、暮らしていけるか……」
カウンターの向こうで何かをしている遥を見る。この生活の先に……結婚とか、子供とか、待っているんだろうか。
「そこまで考えてるんだ」
樹梨亜ちゃんの声、見るといつになく真剣な表情。
「遥のこと、よろしくね。一途で純粋で、とっても傷付きやすい……私の大切な友達なの」
幸せにしてあげて、そう微笑む彼女に強く頷く。それからしばらくの間、二人は結婚や出産について色々教えてくれた。
「楽しそうだね」
後ろには遥。
「よかったね、遥」
「ん? 何が? 」
「ケーキ置くよね、場所開けるよ」
「ありがと、どんな話していたの? 」
「なんでもないよ、夢瑠ちゃんは? 」
つい話をそらした。
「夢瑠ね、いま最後の仕上げしてる」
企み顔で笑う遥に、気持ちがバレることはなかった。夢瑠ちゃん作の緻密な飴細工の乗ったチーズケーキ(100%レモン味の)や、弾む会話でパーティーは更に盛り上がる。
「さぁ、歌うよ!! 」
「もう、樹梨亜ったら赤ちゃん驚いちゃうよ」
「大丈夫だって、この子もきっと歌好きになるんだから」
ノリで始まったカラオケ大会。順番に歌うルールが決められて、樹梨亜ちゃんのバラード、煌雅さんの演歌で雰囲気は熱唱系。順番が来て、遥は前から好きだと言っていたAyaというアーティストの曲を歌う。
“ずっと一緒にいようね”、優しいメロディと声に、見られないよう手を繋ぐと、遥も俺を見てそっと手を握り返してくれた。
俺も……最近やっと覚えた曲で伝える、遥だけを愛し続けると。
「この曲……知ってるの? 」
「あぁ、最近覚えた」
「そっか……」
「どうしたの? 」
「いい曲だね」
みんなで楽しむ間もずっと視線を交わして微笑み合って、こっそり手を繋いで……こんな日常がずっと続いたらいい。
いつか、一緒に暮らして、夫婦になっても。
疲れるほど騒いだパーティーは、樹梨亜ちゃんの身体を考えていつもより早めに切り上げられた。
「終わっちゃった……」
寂しそうに呟く頬に触れる。
「寂しい? 」
手を引いて抱き寄せると、細い腕が背中に回る。隙をついて唇を奪う。
「海斗……」
かすれた声と吐息。
「んっ……」
もう一度、唇を奪い、深く……深く重ねる。キスの先にまで進みそうな衝動は止められそうになかった。
深夜、隣で遥の寝息を聞きながら髪を撫でる。結局、遥を壊したくなくて、あれ以上なにもできなかった。
さらさら額にかかる髪、透き通るような肌、薄く染まる唇……長い睫毛に覆われた瞳を幸せなことに俺は今、独り占めしている。
愛している、でも。
いつか遥が幸せになるその日、友達に囲まれ祝福される遥の隣にいるのは、きっと俺じゃない。
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