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第四章 幸せは思い出に
第45話 ふたりでいたい(後編)
しおりを挟む「よし、これでいいかな」
テントを組み立ててくれた海斗が、どこか寂しそうに呟く。
「ありがとう」
「ほんとに大丈夫? こんな外で寝て」
「うん、大丈夫。こんなの初めてだし、楽しみ」
「そっか……ならよかった」
自然に囲まれて、おいしい空気を吸ってバーベキューもして楽しいけれどいつも通りというわけには、やっぱりいかない。
「それで? 」
「ん? 」
「会ったんだよね」
真剣な眼差しに胸が苦しい。
「うん……」
「言ってただろ、欠陥ロイドはいらないって」
「それは……」
「もういいよ、作った本人が言うなら……そうなんだろ」
返せる言葉もなく、虚しい風が寒く感じる。
「海斗、座ってゆっくり話そう。そうだ、ちょっと待っててね」
わかるよと軽々しくは言えない。突然のアクシデントですべてを知らされた辛さは想像以上だと思う。
でもどう生きていいかわからなくなった時、側で寄り添っていたい。
手を引いてカップルチェアに促し、温かいココアを淹れて隣に座る。
肩が触れ合う程の距離、感じる温もり……それだけで私は強くなれる気がするのに。
「お父さんに……会ったよ。ほんの少し話しただけで、追い返されちゃったけど」
会見場と同じホテルにいた事、仕事で忙しいと断られたけど食い下がって車に乗った事……言葉を選びながら慎重に話す。
「ごめんね、海斗の腕を直してもらいたかったんだけど、頼めなかった」
「直すわけないだろ、あいつが自分で火をつけたんだ。長年暮らした家も俺も……全部灰にしたかったんだよ。あいつは、遥が思ってるような奴じゃない」
怒りや悲しみが混ざって、恨みまで感じる声。何が正解だったのか今もわからない。こんな状態であの人を連れ帰っても、仲直りなんて出来るわけないのに。
私が、会いに行ったりしたから。
「もう歩けなくて、うずくまってる時にあいつの声が聞こえたんだ。成功だなって……燃える俺を見下して笑いながら、失敗作の欠陥ロイドにもう用はない、薄汚い家と共に燃え尽きてしまえって。幻聴だと思ったけど、新型ロイドの話を聞いた時、全部繋がったんだ。自分の研究の為にやったんだって」
薄汚い家と共に……自分で作り出したはずの海斗、大切な家族にどうしてそんな事ができるんだろう。
怒りが湧いてくる。
あの人にも……首を絞められ、怖気づいて逃げ帰ってきた自分にも。
私が、あの人を……。
「巻き込んでごめん、もういいよ。俺が会ってくる」
「だめ、そんな事しないで」
「悪いけど、会わないと気が済まないんだ。リニアが無理なら車で行くから、この話はもうやめよう」
「だめ……車だって身分証明がないと止められるの」
「それならカード入れてるから。夕食まで、少し休むよ」
立ち上がり離れていく海斗。
「使わないで!! 」
言えないのに思わず、引き止めてしまった。離れていく足が止まる。
「使えないの。海斗はあの火事で……」
「火事で? 」
目の前にいるのに、どうして。
「火事で何? 」
言えない。
「車は無事だったし、身分証ならセットしてある。今だって普通に乗れてるから大丈夫だよ……もういい? 」
呆れたようなため息、海斗の背中が離れていく。
「亡くなった事になってるの、焼け跡から遺体が見つかって海斗と間違われたらしくて。お父さんも海斗が生きてるって知らなかったから死亡届が受理されてしまって……だから海斗は」
「俺は死んでなんかいない、生きて、ここにいるだろ。人間じゃなくたってちゃんとここに」
「証明……出来ないの。いま海斗が名乗り出ていけば必ず捕まる。無事ではいられない」
「そんなのあいつだって一緒だろ、俺を作ってこんな目にあわせたのはあいつだ。あいつを道連れにできるなら死んだって構わない」
「そんな事……死ぬなんて簡単に言わないで! 」
とっさに出した大声がこだまのように響いて戻る。
「とにかく今はこの街から出られない、でもきっと何か方法があるはずだから……一緒に考えよう」
「方法なんてあるわけないよ。人間ならともかくロイドなんだ、国にも作った人間にすら認められない欠陥品の」
離れたまま話す海斗と私。空いた距離がもどかしい。一歩ずつ、埋めるように海斗に向かう。
「ごめん……一人にして」
「海斗! 」
遠ざかっていく背中は、どんなに叫んでも振り返ってくれなかった。
あれからどのくらい、経っただろう。外から聞こえる物音と匂いで外に出る。
「海斗! 」
いくつかのライトに照らされる心配そうな遥の表情。遥は悪くない、いつも俺達の騒動に巻き込まれ、振り回されてきただけだ。
なのに……冷たく当たるなんて。
「ごめん」
「ううん……あのね、ポトフ作ってみたの。味は自信ないんだけど」
「ありがとう、いい匂い」
二人で支度をして始まる夕食の時間。じんわり広がる甘味が柔らかくて……暖かい。
「味薄い……」
「美味しいよ、すごく……すごく美味しい」
「ありがと……」
そっと肩が触れる先で、どんな表情をしているだろう。カップルチェアのせいで見えないのがもどかしい。ずっと一緒に……願いはもう叶わないけれど、遥が初めて作ってくれたこの味を忘れたくない。
「お食事中すみません」
ふと後ろから声がした。
「キャンプファイヤーのサービスはいかがですか? 」
「キャンプファイヤー? 」
「あっ、えっと私達はいいです、ね? 」
なぜ慌てているのだろう。
「キャンプファイヤーってなんですか? 」
「簡単に言うと焚き火です。パチパチと燃える火を見ながら食後の団らんを楽しんで頂ける、人気のサービスなんです」
「面白そう、お願いしよっか」
恐らくこれが、遥と過ごす最初で最後の夜……少しでも暖かく楽しく過ごしたい。
肉を焼き終えたプレートを片付けると、木が組み立てられていく。なんとも不思議なその作業は全て人の手で行われ、遥と二人見惚れてしまう。
「また、消える頃に片付けに伺います」
そう言って、帰っていった。
遥と……ふたりきり。
「大丈夫? 」
「うん」
パチパチと音がして、底の方に赤い炎が見え始めた。何も話さずただ見つめていると、やがて炎は木を飲み込み燃え始めた。
音のない空間。
暗い、黒い夜の中ひたすら燃える炎。
「ありがとう」
気づいたら一言そう言っていた。遥が不思議そうに見ているのがわかる。
「こんな事になっても側にいてくれて……それと、迷惑かけてごめん」
揺らめく炎を見ていると、余分な物の抜けた素直な言葉が出てくる。
「タマの時だって側にいてくれたでしょ、だから私も海斗の側にいたいの」
遥の微笑みが炎に照らされて輝く。
抱き寄せて……髪を撫でて、そんな触れ合いはもう二度と、叶わない夢。
ずっと一緒にいたい、告げるはずだった想いはこの炎と共に……燃え尽きる。
通い合う視線を外して、燃える炎に視線を戻す。せめて想いだけでも通い会わせる事ができるだろうか、思いの丈を全て話せば。
「怖いのは火じゃないんだ」
遥は黙って聞いてくれる。
「生きてたってどこかに行く事も、誰かの役に立つ事も出来ない。今までの生活は全部消えて何もかも失った。これからどうしたらいいかもわからない。生きている事が……死ねなかった自分が怖い」
炎は木をごうごうと巻き込んでより激しく燃え続ける。
時に雨の音にも聞こえるほどに強く。
「それでも……海斗が生きていてくれてうれしい。私にはきっと想像もつかないほど苦しいと思う。いきなりこんな事知らされて、どうしたらいいかわからないの当たり前だよ」
一つずつ、噛みしめるように伝えてくれる気持ちがうれしくて、哀しい。
「これからの事、一緒に考えよう。海斗の側にいたいの」
思いがけない言葉だった。
遥は真っ直ぐに俺を見ている。
「俺だって……遥の事が好きだよ。でも、これ以上巻き込むわけにいかない」
「もう遅いよ」
口角が上がって八重歯が覗く。遥らしい、いたずらっぽい微笑み。
「もう遅いよ……好きになっちゃったもん」
遥の髪が肩に触れ、暖かな重みが伝わってくる。
そっと、遥の手が俺の手を包む。
できるだけ、優しく握り返す。
「遥……」
「海斗……」
遥の優しさに甘えていいのかわからない。でも今は……今夜だけは、こうしていたいと思った。
燃え盛る炎の前で肩を寄せ合う遥と海斗を少し離れた木陰から見つめる人影。
キャンプ場のスタッフに扮した水野だ。偶然にも、二人の出逢いからほぼ全てを見ることになった彼女の目には、どう映っているのか。
消火作業に来たはずの彼女は、静かにその場を立ち去った。
そして迎えた朝──。
「おはよう」
起きてきた海斗は、遥の柔らかな微笑みに迎えられる。
見つめたまま静止する海斗。
「あんま見ないで……メイクとかちゃんとしてないから」
はにかむ彼女に返事もせず、ただ一直線に歩いていくと……手を引いて抱き寄せる。
「海斗、どうしたの? 」
不思議そうに海斗を見る瞳。
海斗はもう一度、強く抱きしめると切なげに、愛しいその名を呟いた。
「遥……」
そうして二人は共に歩む事を心に決めた。清々しい、冬の朝だった。
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