あなたはだあれ?~Second season~

織本 紗綾

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第四章 幸せは思い出に

第44話 ふたりでいたい(前編)

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 混乱の残る頭で夜通しずっと考えていた。

 海斗が迎えに来てくれて、なんとか帰ってくることができた。明日話すね、そうは言ったけれど、あの人と話した事……ありのままを言うわけにいかない、出来るならこれ以上傷つけたくない。でもこれからを考えれば、伝えないわけにいかなくて……どうすればいいか、ため息しか出ない。

 正体を隠したまま、生きている事を知られないでなんて……暮らせる訳がない。

 正体がばれるわけにいかない、でも一生……隠れては生きていけない。

 膨らみ続ける不安、海斗はどうしているだろう……眠れない夜を寒い車の中で一人過ごしていると思うと、涙が止まらない。

 日が昇ってきて空が明るくなって、約束の時間になっても、答えは出そうになかった。



「おはよう」
「おはよ……」

 車に乗り込むと、疲れた表情の海斗に迎えられる。まだ、本当にサイボーグだったなんて信じられない。温もりも瞳も……作られたものだなんて。

「どこがいい? 」
「えっと……静かな所がいいかな、落ちついて話せる方がいいよね」
「静かな所か……わかった」

 車がゆっくりと動き出す。

 運転する海斗の横顔……あの人の作った新しいロイドが脚光を浴びているのに、どうして海斗は隠れないといけないんだろう。

 そのロイド達が誰かと家族になったり、社会に出て活躍出来るのなら海斗にだってそんな人生があっていいはず。

 また、涙が出そう……何気なく視線をそらして窓の外を眺めた。海斗には絶対見られないように、一筋だけこぼす。

 どこかに向かって走る車内は今までで一番、静かで悲しい。

「はい」
「ん? 」

 ふと、足に温もりを感じた。

「冷えるから……暖かくしてて」
「ありがとう」

 こんな時でも気遣ってくれる優しさが涙を止める。どこに向かうのか結末はわからないけれど、出来ることは全てすると誓った。






「ここ? 」
「うん」

 1時間程して着いたのは森の中の小さなキャンプ場。係員らしき人の誘導で車を停めて説明を聞く。

「当キャンプ場ではありのままの自然を体感していただく為、お荷物と車をこちらでお預かりしています。隣の倉庫で必要な道具を揃えてから地図の通り25番へお進みください」

 嘘みたいに平和な日常……キャンプのしおりと書かれた冊子を受け取って倉庫に進む。

「こんにちは、お手元のしおりを参考に必要な物をお集めください」

 ここでも丁寧に案内してもらう。にぎやかな雰囲気につられて気持ちが少し軽くなる。

「キャンプしたことある? 」
「初めてかな。テントはわかるけど、これは……ペグっていうの? なんかかわいいね」
「うん、なんだか犬の名前みたい」

 海斗も……初めて笑ってくれる。

「ペグはテントを固定するものなんだって、8本いるって書いてあるよ」
「ありがと。これがテントで、次何がいる? 」
「次はマットにシュラフって書いてある」
「ありがと、マットは……あそこか」
「シュラフも隣にあるみたい」

 白いテントに赤の暖かそうなマットを選んで当たり前のようにシュラフを一つ手に取る海斗。

「シュラフって寝袋のことなんだね」
「うん、これ着たら芋虫になりそう」
「ほんとだ、おっきい芋虫」

 いつの間にか、私達はいつも通り笑い合っていた。

「ここに泊まるの? 」
「うん」
「ふ~ん……そっか」
「ん? どうかした? 」
「ううん、なんでもない」

 不思議そうに見つめられて鼓動が跳ねる。海斗と一緒なら……楽しいだろうな。

「次は……テーブルとチェアか」

 海斗が私のしおりを覗き見て呟く。

「うん、あっちにあるみたい」

 こうしてどれだけの時間を、一緒に歩いて来たんだろう。不安を抱えながら結局、離れるなんて出来なかった。

 これから……どうなるんだろう。

「遥、チェアひとつしかないんだって」

 先を行く海斗に呼ばれて我に返る。

「うん、それ二人で使おう」

 駆け寄って笑いかける。

「いいの? 窮屈じゃない? 」
「大丈夫だよ、ふかふかして気持ちよさそう」

 カップル用のチェアにためらう海斗に寂しい気持ちがわいても、ずっと一緒にいたいと思った。






「すごいね」
「うん、すごい」

 山ほどの道具と食材を持って25番にやってきた。辺り一面に広がる自然、すごい以外に言葉が出てこない。

 壮大に広がる濃く深い緑、ツンと冷えた空気……目に見える物全てが街にはないものだ。

 隣では、遥が心地良さそうに深呼吸している。

 穏やかで、美しい横顔。

「準備、何からしよっか」

 目が合った遥に問われて、二人で準備を始める。テントにテーブル、あのカップルチェアも……場所作りは簡単に終わった。

「お腹空いたね」
「そうだね」

 ちょうど昼食の時間、二人で選んだ食材でバーベキュー。炭火で焼いた肉や野菜はどれも驚くほどうまい。

「おいしい! 」

 美味しそうに肉を頬張る遥。頬袋が出来てまるでリスか何かに見えて、すごくかわいい。

「海斗も食べてみて」

 遥がお皿に大きい肉を乗せてくれる。

「ありがと……うまっ!! 」
「うまいでしょ」

 うまい、そう言うだけで弾ける笑顔。

「じゃあ、これとこれと……これもどうぞ」
「ありがとう」
「私はソーセージ食べよっと」

 遥の声はすっかり弾んでいて、何もなかったように俺の目の前で笑っている。俺もいつの間にか……遥を避けることも忘れている。

 こうしていると何をしに来たのかさえわからなくなって、遥とキャンプを楽しみに来ただけのような気がする。

 こんな……穏やかな気持ちになれるなんて。

 目の前にあること、遥が隣にいること、それだけを純粋に楽しんでいる自分に気づく。これからもずっと遥といたい、出来るのならこんな毎日をずっと一緒に……そう言うつもりだったのに。


 これが最後なんて。


 楽しい食事の時間はあっけなく過ぎていく。

「あ~、お腹いっぱい」
「うん、片付けないとね」

 二人で手分けして片付けを始める。名残惜しいけれど仕方ない。昨日の事を話したら日が暮れる前に家まで送り届けて……それでさよならだ。

 役目を終えた炭に水をかける。

 ジュッと音がして燻っていた熱が冷めていく。生きていてはきっと、忘れられない。

 もう少し、遥といたかった。

 洗い物をする姿、側にいたくて近づいていく。

「代わるよ」
「大丈夫、もうすぐ終わるよ」
「寒いよ、手が冷えてる」

 赤く染まり始めている指先に思う……俺といたら遥は幸せになれない。

 終わらせ、なければ。

「ありがとう、海斗はいつも優しいね」
「そんな事ないよ、これで終わり? 」
「うん……」
「そっか……」

 二人の間を流れる、終わりの気配。

 終わらせたくない、ずっと一緒にいたい……心なんてないはずの胸の奥がずっと叫んでいる。

「あのね、海斗にお願いがあるんだけど……」

 大きな瞳がじっと俺を見つめる。

 何だかちょっと、企み顔にも見えるその表情は、あのチワワそっくりで何でも許せてしまいそうだ。

「いいよ、俺にできる事なら」
「いいの!? じゃあ決まりね」
「え? まだ何か聞いてないのに」
「だって……言ったらだめって言うかなーと思って」
「すぐだめって言わないから、言ってみてよ」
「じゃあ言うね? 私もここに泊まっていい? 」
「それはだめだよ」
「だめって言わないって言ったじゃん! 」

 笑顔につられていいよと言ってしまうところだった。

「真冬の夜だよ? もっと冷えるのにだめだって。日が暮れるまでには帰らないと」
「大丈夫だって。ちゃんと寒くない格好してるし」
「それに寝る所だって」
「テントもシュラフも自分で借りるから、ね? 」

 お願いと懇願する遥に根負けした、と言ってもどこかで喜んでいる自分がいて、遥を振り回しているのにはっきり拒絶できない事が腹立たしい。

「じゃあ……行くか」
「どこに? 」
「どこにって、テント借りなきゃ。シュラフもないし」
「一緒に行ってくれるの? 」
「当たり前だろ、行こ」
「うん! 」

 こんな時間がいつまでも続いたらいい……ずっと、一緒にいたいと思った。






 街から離れ、二人だけの世界に浸る遥と海斗は仲睦まじく、ひととき全てを忘れて微笑みを交わす。


「テントとシュラフをもう1つずつ借りたいんですが、暖かく快適に過ごせるものありますか? 」
「彼女さんの分ですか? 」
「そっ、そんな彼女とかじゃ……」

 係員にからかわれて頬を赤らめる遥を海斗は優しく見つめる。

「僕の彼女、寒がりなんで暖かいの探したくて」
「海斗、大丈夫だから……」
「だったら、テントもシュラフもいいのがありますよ」

 ここでの二人は、仲のいいごく普通のカップルだった。遥が快適に過ごせるよう海斗は係員と話しながらテントとシュラフ選びにこだわる。

「あの……適当なのでいいよ、そんな高級なのじゃなくて」
「寒くて風邪でも引いたらどうするの」
「優しい彼氏さんで羨ましいです」

 係員の言葉に、遥は頬を赤らめ俯いてしまった。

「じゃあ、これとこれにします。遥いいよね」
「うん……」

 テントとシュラフを持ち、寄り添うように消えていく遥と海斗。二人の心は同じ……ずっと一緒に、願うのはただそれだけだった。
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