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第四章 幸せは思い出に
第42話 覚悟
しおりを挟む海斗に会いたい……そう願いながらぼんやり歩く。
草野医院だった場所を出て、足は勝手に公園に向かっている。日曜の街は賑やかで、子供達がはしゃぎながら脇を駆け抜けていく。
波立つ心を落ち着けたくて、静かな裏手から公園に入った。
「あれ……」
見覚えのある白い車が目に入る。
違うかもしれない……でも、もしそうだったら……恐る恐る近づいていく。
窓際にぶら下がるチワワのぬいぐるみが見えて、期待は確信に変わった。
「海斗……」
いつかの思い出が駆け巡る。
“遥に似てる”
あの日の笑顔を思い出しながら、ゆっくり近づいてコンコンと窓を叩く。
気づいて笑ってくれたら……その期待は外れ、何かに怯えるように背中が揺れて、隠れるように縮こまる。
「海斗、海斗」
呼ぶ声が届けばいい、私だと気づいてほしい。それなのに海斗はうなだれたままこっちを見てくれない。怖がらせたくなくてノックを止めると、少しして顔を上げた海斗と目があった。
驚きで大きくなる瞳、でもすぐにその表情は曇ってしまう。
「海斗」
「ごめん」
窓を開けてくれて気まずそうに謝る海斗。
「隣、座ってもいい? 」
待っていたら断られそうで、隣に回ってドアを開ける。意外にもロックは掛かっていなかった。
「ごめん、迎えにいけなくて」
「ううん、海斗大丈夫? 」
「うん……」
大丈夫じゃなさそうにぼんやり俯く姿、初めて見る表情。なぜか漂う焦げ臭さに……横顔もどことなく黒く汚れている。
晴れ晴れと、栄光を手にしたお父さんの様子とはあまりにも対照的。
「大変……だったんだよね」
「あぁ、家も持ち物も全部燃えて……何とか這い出てきた」
「燃え……て? 」
海斗の身に起きた恐ろしい出来事をそこで初めて知る。私がのんきに映画を観ている間、海斗は突然の火事に見舞われて必死で逃げていたなんて。
「知らなかった、それで身体は? 怪我はない? 」
「あぁ……何ともない」
「本当に? 火傷とか火の粉が飛んだりとか」
「してない」
「そう……」
腕を組んで外に目を向ける海斗。この重苦しさは、海斗が経験したつらさの何倍になるだろう。
「ごめん、また今度話そう。送るよ」
スイッチを押してエンジンがかかる。
こんな時……何が正解なんだろう。好きな人の言うことを素直に聞ける女の子のがいいんだろうな。あんまり強く出たら、嫌われるかもしれない。
でも、もう離れたくない。
「待って! 」
動き出す車、とっさにハンドルを掴んで動きを止める。
「ちょっ! 危ないだろ!! 」
初めて海斗が怒ったところを見た。私も負けずに、核心をつく。
「海斗、右腕見せて」
その表情が、怒りからはっきりと驚きに変わった。
やっぱり、何か隠してる。
気にしている右腕にそっと触れて持ち上げてみる。カーディガンの袖も皮膚も丸く焼け落ちて、白い何かが……見えていた。
妙に冷静に、ストンと落ち着いた気持ちになるのがわかった。
あの事故の後、補強したのか部品がむき出しにならないよう白いシリコンで覆われている。まるで骨のようで、あの時ほどの衝撃はない。
これなら、大丈夫。
「これなら包帯で隠して、上着羽織れば隠せるから。家に連れて行って」
「驚かないの? 」
「うん……」
海斗がロイドだなんてやっぱり口には出せなくて、視線で伝える。大好きなのに、大切だと思っているのに隠してごまかして……言えない事ばかり積もっていくなんて悲しすぎる。
向き合う時が、来たのかもしれない。
「行こっか」
「え? 」
「全部ちゃんと話したいの……もう少し静かな所で」
「でも……」
「ドライブ行こ! 連れて行ってくれる約束でしょ? 」
まだためらう様子の海斗に笑いかける。車は向きを変えてゆっくりと動き出した。
どこか落ち着いた遥の様子に驚きが収まらない。
俺の知らない俺を遥が知っていたなんて……思いもよらなかった展開、静かな所と言って二人で思いついた浜辺に車を停めると、遥はてきぱきとバッグから何か取り出して準備を始める。
「痛かったね……」
穴の空いた醜い腕をそっと包帯で包みながら遥は言う。痛いわけはないのに、沁みていく言葉。
血も、痛みも、心すらないはず……人間ではないのだから。
「大したことないよ」
「でも心が、傷むでしょう」
「心なんてあるわけない、人間じゃないんだ。どうせ俺は」
「あるじゃない……心があるから苦しくて悲しくて傷つくんだよ」
「でも血の通わない作り物だ。所詮、俺は……」
認めたくない、心がないならどうしてこんなに苦しい。
「失敗作の欠陥ロイドだ」
遥に当たるのは間違っている。
「失敗作の欠陥……ロイド……何でそんな酷いこと言うの? 海斗はそんなんじゃない! どうして……どうしてそんなこと……」
震える声、潤みがちな瞳にみるみる溜まっていく涙に苦しくなる。そんな顔されたら……頬に流れた涙をつい指で拭ってしまう。
温かい……人の涙。
そういえば俺は泣いた事がなかった。考えれば違いはわかったはずなのに、遥と出逢って浮かれてばかりで、愚か過ぎたのかもしれない。
「ごめん、当たったりして。でも本当にそうだからさ、仕方ないんだ。作った人にそう言われて……この傷を見て、納得した」
認めるのは怖い、遥の側にももういられない。
「作った人って……私には世界にただ一体のハイブリッドサイボーグだって、量産ロイドと一緒にするなって……お父さんは海斗のこと大事に思ってたはず」
「父さんと話したのか? 」
遥は頷いてから俺を見て、苦しそうに話しだした。
「海斗から聞いたの、人間じゃないって……記憶を失くす前の海斗は知っていたみたい。それでも信じられなくて、お父さんに確認したら……ハイブリッドサイボーグだって、常に進化を続けているんだって言われた」
「ハイブリッド……サイボーグ……」
「でもね、再会してまた一緒にいられるようになって、やっぱり悪い冗談だったんじゃないかって……思ってたの」
悪い冗談、だったならどれだけいいだろう。あの火事さえなければ今頃、遥の横顔に胸を弾ませながら、幸せな時間を過ごしていたのに。
冷たい風が足元を冷やして、遥がぶるっと肩を震わせる。
用意しておいてよかった……トランクからブランケットを取り出して、遥の膝に掛けた。
「ありがとう」
涙に濡れた笑顔が愛おしい。
「ごめん、こんな事に巻き込んで」
「ううん、私は巻き込まれたんじゃない。海斗の記憶障害は私のせいなの……海斗はいつも優しくてこんな時でも気遣ってくれるのに、私……」
「遥のせいって……」
「海斗、私をかばったせいで大怪我して……それで、記憶がないの」
遥は堰を切ったように話し出す。職場で出逢った俺達は今みたいに親しくなった。それなのにある日突然、俺は姿を消し遥は忘れようとしていた。それなのにまた俺は遥の前に現れ、遥をかばって怪我をした。
「背中に……機材が刺さって、たくさんの部品みたいな物が見えてた。苦しそうな海斗が私に言ったの。人間じゃないって……そして、動かなくなった」
「それでどうしたの? 」
「草野医院に来るよう、動かない海斗から声が聞こえたの」
「そこで父さんに会った」
「うん……海斗はお父さんに連れて行かれたから、その後の事はわからない。私はただ忘れるようにと、再会しても海斗は私の事おぼえていないって」
ようやく、謎が解けた。
「父さんからは何も聞かされてなかった。この街にいたのも、小さい頃だと聞かされていた……記憶がないのは壊れたまま直らないか、消されたんだな」
気まずそうに俯く横顔が無性に切ない。
「憶えてたんだ……遥の事だけは」
「うれしかった。私も、海斗のこと忘れられなかった」
今までのどの言葉より一番嬉しい。
やっぱり、遥が好きで……大切だ。
「遥はその時、怪我しなかった? 」
「すり傷……だけ。海斗のお父さんが手当てしてくれたから」
「無事でよかった。遥が無事なら記憶がなくても何でもいい、大事な事は憶えてる……遥とあの公園をね。それだけでいいんだ」
思いがけずやってきた別れ、これは逆らえない運命なのだろう。
「海斗……」
潤んだ瞳が俺を見つめている。抱き寄せたい衝動を抑え、視線を離した。
「父さん……か」
もう一つ、思い出しそうだ。
腹の底で煮えたぎるような悔しさ、苛立ち、操られるしかない敗北感。
俺はいつも、あいつの操り人形だった。
夜の公園で俺を襲ったのはあいつだ、そして火事の時、俺の逃げ道を塞いだのも。
「生きていると知ったら……驚くだろうな」
「お父さん知らないの? じゃあ、連絡しなきゃ」
「会いに行くよ」
「会いに? でもどうやって」
「探すさ、俺を殺そうとしたんだ。会って訳を聞く」
俺の朧気な記憶が確かなら、あいつを許せないかもしれない。それならいっそ地獄まで、道連れにしてやる。
「やめて……」
悲痛な瞳が俺をまた見つめる。
「行かないで……お願い」
冷たい手が引き止めるように俺の手を優しく包む。
「遥」
「側にいて……海斗が助かって、大怪我じゃなくてよかったって本当にうれしいから。ここ何日かずっと不安でね……また海斗がどこか遠くに行っちゃったんじゃないかって思ったら眠れなくて」
涙声に胸が苦しい。
「もう嫌なの。どこにも行かないで……」
俯く遥の肩が揺れる。抱きしめずにはいられなかった。
海斗が遥を抱きしめ、狙いが外れた。
引き金に掛かる指を緩め、銃を下ろすと一つ、ため息をつく。先程まで続いていた会話は止み、今は静寂が二人を包んでいる。
水野は二人の影を眺め何を思うのだろう。やがて銃をしまうと静かにその場を後にした。
「全捜査員に告ぐ。反ロイド派、第五基地奇襲成功──丸山含む十数名が死傷」
車内に流れる音声、スピードを上げて水野の車は走り去る。
また別の、終焉の嵐だ。
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