あなたはだあれ?~Second season~

織本 紗綾

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第三章 思い出を超えて

第38話 誕生日の夜

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「誕生日おめでと~!! 」

 乾杯の合図で音を立てるグラス、暗い部屋を仄かに照らすキャンドルの灯り。

「みんな、ありがとう」

 恥ずかしそうにはにかむ遥を優しい眼差しで見つめる海斗。樹梨亜や夢瑠も安心したような笑顔を遥に向ける。

「今回はちょっと大人な雰囲気でしょ、遥にはこの方が合うかなと思ってさ」
「もう、夢瑠のお部屋なのに樹梨ちゃん全部飾りつけしちゃったんだよ! 」

 相変わらずの賑やかさは部屋のムードをぶち壊し、苦笑いの煌雅が照明をつけて部屋を明るくする。

「さぁ、食事にしましょう。オーブンの具合を見てきますね」
「よし! 今日はね、ラザニアとミートローフがおすすめなの! ケーキもすごいんだから楽しみにしててよね」

 キッチンに消えていく樹梨亜夫妻と夢瑠の背中を見送ると、海斗は遥を促して共に座る。

「みんなで計画してくれてたなんて……全然、気づかなかったな」
「そう? ならよかった」

 笑う海斗を見つめ、頬を染める遥。

 もどかしく甘い二人の世界。

 キッチンに消えたはずの樹梨亜達が物影から覗いている事など、気づく由もない。

「ハルちゃん、幸せそうだね」
「うん……なんで付き合わないんだろ」
「きっと、何か事情があるんだよ」

 うっとりする夢瑠、今夜は樹梨亜の方が二人を見つめ浮かない表情。実は遥と海斗を遮る物に心当たりがある夢瑠、でもそれを知らない樹梨亜は海斗の気持ちを疑い始めている。

 そして、その隣に立つ煌雅の視線もじっと……遥と海斗に向いている。



「隣にいるのは遥……諜報員ではなく、ごく一般のロイドの世界とは関係のない女性です」

 こちらも暗闇に蝋燭ろうそくが灯る空間で、男と女が座っている。

 映し出される映像、時折解説を挟む女性は水野沙奈だ。

「共通の知人であるパートナーロイドの視点です。海斗は友人に囲まれ、仕事にも就き、みごと人間に擬態しています」

 暗い部屋に映し出されるのは寄り添い見つめ合う遥と海斗。食事中もゲームの間も常にお互いの姿を探し、視線が合えばはにかむような、むず痒くも初々しい想い合う姿。

 二人の心は誰もが気付かずにはいられないほど、膨れ上がっている。

「狙いは……何故こんな物見せに来た」

 映像が切れた部屋、やっと口を開く男。灯るのは一本の蝋燭ろうそくだけで表情は見えない。

「海斗はアンドロイドでしょう」
「俺は何も知らん」
「ではなぜこんな事に? アンドロイドにはEQセンサーが付いているのでコミュニケーションはとれますが、人を愛する事など不可能です。でも海斗は……この遥という女性を愛しています」

 黙ったまま男は立ち上がる。

 蝋燭ろうそくを一つ増やし、玄関の燭台に掛ける。まるで帰れと言っているようだ。

「あの時、禁忌を犯したのは英嗣でなくあなただったのでは? 」

 凛とした、水野の言葉が場を支配して沈黙が訪れる。

「英嗣が海斗を機械化して蘇らせたとばかり思っていました。でもあなた方兄弟は結託して……一度、死んだ海斗を人間としてそのままの形で蘇らせる事に成功した。あなたの行き過ぎた再生医療で」

 黙ったまま、水野に背中を向ける男が何を考えているのかはわからない。

「草野海斗は人間ですね」

 とうとう、核心を突くように言葉が男を刺す。

「ならあんたには関係ないだろう。ロイドじゃないなら海斗や英嗣を追う必要もない」
「それが少し厄介なのです。あちら側……つまりロイド反対派が海斗に目を付けています、もちろん遥や友人達にもです」

 帰ろうとしない水野の様子に諦めた男は元の位置に座り、一つため息をついた。

 どことなく英嗣に似た声の男は、英嗣と兄弟らしい。海斗にとっては伯父という所だろうか。

「あちら側に渡れば海斗は人体実験の道具に、遥や友人達は工場行きです。虐待と凌辱を受け続け、死ぬまで人間を生産させられる……おぞましい場所」
「あくまで噂だ、都市伝説の類だろう」
「いえ、現実です。強制人口増産計画……彼女達はその犠牲に。最も、関わった遥は自業自得ですが」

 ため息は一段と大きくなる。

「あの頃と今は違う。会わない間に英嗣が海斗を作り変え……今はアンドロイドと変わらんはずだ。俺にはどうにもできん」
「そうですか。でもあなたがここでいじけていても犠牲者は増え続けると、これでわかったでしょう。既にある計画が動き始めています……彼女達にとって、今宵が最後の宴になるかもしれません」

 映像の流れていた暗闇をじっと凝視する男と水野。

「全く……あんたが来るとろくなことがないな」

 やがて、観念したように呟くと水野も若干、表情を崩す。

「責任を取るべき時が来たようですね」

 協力を決めたらしい二人に、厳かな張り詰めた空気が流れていた。






 そして……危機が目前に迫る海斗と遥の夜は静かに優しく更けようとしている。

「これ……誕生日、おめでとう」

 車を停めた海斗は、緊張しながら四角い箱を遥に手渡す。受け取る遥は驚いて潤んだ瞳を海斗に向ける。

「海斗、これ……」
「一生懸命、選んだんだ。誕生日プレゼント」
「でもプレゼントならさっき……」
「あれはみんなで選んだもので、これは俺から。いいから開けてみて」

 ゆっくり蓋を開けると、その隙間からまばゆい光が漏れ始める。まるで二人の元に生まれた愛の光……その正体は光を宿したイヤリングだった。

「きれい……」

 丸いガラス玉の中に散りばめられた光が二人を照らす。見惚れている遥、海斗の手が優しく光を取り出すと耳元にさり気なくつけて、二人の世界がきらめき出した。

 見つめ合う二人。

 海斗はそっと触れ、大きな手で頬を包み込む。

 重なり合う視線がゆっくりと近づく。


 ピピピピピ!! 


「海斗……」

 今にも触れ合おうとしていた唇が動いて、顔が止まる。

「後でいい……」

 海斗が距離を詰めようとした瞬間、見ていたかのように着信音が鳴った。さっきよりも大きく、警告音のように車内に響く。

「ごめん……」

 少しの苛立ちとため息と共に、三度目の着信音を止めて電話に出る。

「はい、お疲れ様です。えぇ、今日は5時に……えっ!? 」

 海斗は驚いた表情をして一瞬、硬直すると、思い出したようにまくし立てた。

「ちゃんと施錠しましたよ! セキュリティだってつけてから……いや、でもカメラに映ってませんか? とにかく僕じゃありません、確かに車内からですけど逃げてもいないですし! 今から? こんな時間に? 」

 声は大きくなっていき、明らかに戸惑いと怒りがこもっている。そのただならぬ様子に、遥はイヤリングを丁寧に箱に入れるとバッグにしまった。

「海斗……」

 遥が海斗の腕に触れ、怒りを鎮めるように促すと、海斗も少し落ち着きを取り戻す。

「今、人と会ってて……明日の朝じゃだめですか」

 遥は首を横に振ると、微笑んでドアに手を掛ける。

「待って……あ、いえ、わかりました、すぐ行きます」

 海斗は電話を切ると、降りようとする遥の腕をとっさに掴んだ。

「待って」
「でも、行かなきゃいけないんでしょ」

 遥は笑顔で、怒っている様子はない。でも、海斗のもう一つのサプライズは失敗に終わりそうだ。

「いいから行って。何か大変なんでしょ? 」

 遥の笑顔に、海斗は何も言えなかった。

「ごめん……」

 落ち込む海斗を励ますように、遥は温かな微笑みを向ける。

「今日はありがとう、楽しかった。それに……こんな綺麗なプレゼントまで」

 遥は海斗を見つめる。

 何かに迷うように、一瞬の間を置いてから切ない二人の世界を壊した。

「今度、会う時に着けてくるね」

 遥は車から降り、海斗も引き止めなかった。愛を伝えるつもりだった海斗のサプライズは次の機会にお預けとなり、ため息と共に車を発進させる。

 向かう先は、夜の学校。

 生徒のいないその場所は、明かりがついて煌々としていた。散乱したガラスに反射して、地面までキラキラと光っている。

「遅くなってすみません」

 ざわめく職員室に入ると、既に集められていた教職員と警官達が一斉に振り返って海斗を見る。

「海斗先生、こっちこっち! 」

 田原に呼ばれ、疑惑の眼をかいくぐり輪の中へ。

「どういうこと? 」
「どうやら窃盗らしいです。ただPCもカメラも全部やられてて」

 小声で話す二人。

 田原の隣には青ざめた表情の葵までいるが、いつもの元気はなくうつむいている。

「葵先生、大丈夫ですか」

 海斗が声を掛けるけれど、小さく頷く姿は怯えているようにも見える。

「大丈夫だから」

 それでも田原に抱き寄せられそうになる寸前で我に返り、それを交わした。

「呼ばれて来た時には既にこうなってたの。父さんが物音に気付いて通報したらしいんだけど……」
「お父さんは無事? 」

 海斗の問いに葵はこくりと頷く。

 そのすがるような視線に海斗は気づかず、生まれた沈黙に田原が口を挟む。

「遥さんとデートだったんですよね。俺達も食事行ってていい雰囲気の所を呼び出されて」
「いい雰囲気なんかなってない、強引に連れ出しただけでしょ……」

 二人の仲を匂わせる田原に、否定する葵……気まずい雰囲気をやっと察知した海斗は、二人の仲を取りなすようにまぁまぁとなだめる。

「そっか、一緒にいたんだね。うまくいっててよかった」
「海斗、後ろ……」

「草野海斗、お前を重要参考人として連行する。無駄な抵抗は為にならないぞ」

 両腕を屈強な警官数人に掴まれる。

 さっきまで甘い夢の中にいた海斗は強盗事件の重要参考人として、この夜、拘束されてしまった。
 

「大丈夫かな……海斗」

 部屋に帰り、イヤリングを見つめ呟く遥は、まだそれを知らない。

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