あなたはだあれ?~Second season~

織本 紗綾

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第三章 思い出を超えて

第36話 失うもの

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「申し訳ありません」

 今日もパートナーを選ぶ人達で賑わうロイドショップ、一箇所だけ静まった私達のテーブルで水野さんの声が残酷な現実を告げる。

 手を尽くしたけれど直すことは出来ない、水野さんから連絡を受けた私はロイドショップにタマを迎えに来ていた。

「どうにも、なりませんか」
「外傷などはないのですがデータが破損しており、チップ自体も旧式のため復元が……出来ませんでした」

 全部、私のせい。

 言葉の一つ一つが棘となって刺さる。私が買い替えを怠ったせいでタマはもう戻ってこられない。

 突然の別れに喧騒だけが大きく聞こえて、頭が働かない。

「賑やか……ですね」
「実はイベント期間中で。すみません、こんな日に」
「いえ、わがままを言ったのは私ですから。タマ……行こっか」

 抜け殻になったタマを抱いて立ち上がる。

「ご迷惑をおかけしてすみません、お世話に……なりました」

 水野さんの手が腕を掴み、引き止める。

「遥さん、やはり新しい子をお迎えしませんか。それか支えになるロイドを……すぐに用意してご自宅まで送らせましょう。ショップの為に言っているのではありません。心配です……あなたのことが」

 新しい子、パートナーロイド……それらは心を埋めてくれるだろうか。

「すみません……失礼します」

 涙も出ない、こんな気持ちがある事を私は知らなかった。気持ちを話し始めたら崩れて立ち上がれなくなりそうで、早足にショップを出た。


「タマ……見える? 今日はすごくいい天気だよ。気温は……わかんないけど、心地いい風が吹いてるの。いい匂いのする……秋の風だね」

 夏より少し遠くなった秋の空は雲がなくて、どこまでも水色で、寂しくて。タマがしてくれたように話し掛ける。

 朝が苦手な私を、タマはいつも起こしてくれた。

 カーテンを開けて、いい天気だよって教えてくれた。雨が降っても濡れて風邪を引かないように色々考えてくれて、今日も一日頑張ってって送り出してくれて……生活の全部にタマがいたのに、突然お別れだなんて言われても……どうしていいかわからない。

 バスに乗って家の前の坂道を歩いて、足は部屋へと急いでいる。帰りたくないはずなのに、早くタマを連れ帰りたい私もいる。

 なにかの間違いだったらいい、部屋に帰っておかえりって言ってくれたならそれで。

「ただいま……タマ、着いたよ」

 薄暗い部屋のカーテンを自分で開けて陽を入れる。

 やっぱりタマは、抜け殻のまま。

「これからは、しっかりしなきゃね」

 でも力が入らない。

 タマを抱きしめたまま、ベッドに潜り込んだ。






 無事に、帰っただろうか。

 ショップに現れた遥は憔悴しきっていた。ふらふらと生気なく歩く姿は亡霊のよう、タマを失った喪失感があそこまで大きいとは思っていなかった。

「どうかされましたか? 」
「いえ……」
「笹山様、タマちゃんの代わりはお決まりに? 」
「まだ心の整理がつかないようです」
「心の整理、ですか? 」
「えぇ」
「情がうつっちゃったんですか。たまにいるんですよねぇ~、そういう人。諦めて次の子お迎えしちゃった方が楽なのに」

 情がうつった、そんな言葉で済まされるだろうか……遥の感情は。

「あ、次のお客様! 私行きますね」

 闇など知らぬに越したことはない、入ってきた女性客の元へ駆けていく背中に思う。

 ショップスタッフでさえも、ほとんどの人間が知らずに過ごしているロイド社会の闇に、遥は入り込んでしまった。今後、さらにのめり込んでいくだろう。

「あの、流星はもう出してもいいでしょうか。希望されているお客様が……」
「構いません」

 遥が選ばなかったロイドはデータを全て消去し、瞳の色を変え、ショップに出した。そのうち誰かのパートナーとして買われていくだろう。

 国で定められた造りならばデータ消去も容易で、万一の時には制御できる。

 人間の皮を被った化け物よりかはよほど安全だ。

 時間がない。

 タマは海斗に壊された、操るのは英嗣。そしてその後ろには……いつもの頭痛が、嵐の到来を教えている。






「大丈夫? 」
「うん……いつもありがとう」

 遥と最後に会ってから、もう一週間になる。

 仕事帰り、図書館に向かう長い道のり……昨夜のつらそうな様子が気になって今日もまた、連絡していた。

 泣いていたのかもしれない……遥の声が、いつもより疲れているようで心配になる。

 子供達の話、サッカーの話、先生達の話……頼まれてもいない、くだらない話を続けるしかない情けない自分。

 でも、遥はちゃんと聞いてくれる。

 笑おうとしてくれる。

「海斗、ごめんね。心配かけちゃって……もう、大丈夫だから」

 心とうらはらな言葉に胸がぐっと掴まれる。今すぐ会いに行って抱きしめたい……そんな衝動を最近は抑えるのに必死だ。

「無理しないで、何でも言ってほしい。楽しい事もうれしい事も……たまにあるちょっと嫌な事とか、今みたいに心がつらい時もね。いつも側にいて、全部知りたいんだ……力になりたい」

「海斗……」

 呟く声が消えていく。

 訪れた沈黙の時に、何を思い、どんな表情をしているんだろう。遥がどうかなってしまいそうで、また胸がしめつけられる。

「遥……」

 返事はない。

「気分転換しない? 」

 わざと明るく声を掛けてみた。いつか遥がしてくれたみたいに……俺も、遥を元気にしたい。

「気分転換? 」

 場を壊すような声に不思議そうな声が返ってくる。

 いつかまた、笑顔を見たい。

「うん、遥と行きたい所があるんだ」

 次の日曜日、そう約束をして通話を切ると、ちょうど車が停まる。

 夕暮れの図書館……木々や建物が朱色に染められて美しい。こんな景色や日常を教えてくれたのは遥だと、歩きながら思う。

 タマという遥を支えてきたロボの事、突然壊れてしまいもう直る可能性がない事……それが泣いていた理由だと教えてもらった。その日から毎日ここに来て、本や論文を読み漁っている。

 今日も読む予定だった何冊かを抱えて隅の席に座った。





「あれぇ、カイ君、今日もいるの? 」

 三冊目を読み終えた頃、背後から聴こえるゆったりとした高い声に、集中が途切れた。

「夢瑠ちゃん、偶然だね」
「うん、ここがお家みたいになっちゃってね」
「え? 」
「あ、お仕事してから本読んで帰ってるの。だからずっといるって意味」
「そうなんだ」

 個性的な言い回しにまだついていけない。遥がいない時に話すのは、初めてかもしれなかった。

「あ! 樹梨ちゃんに頼まれたんだった。カイくん、ちょっといい? 」
「え? 何? 」
「いこいこ! 」

 訳がわからないまま、強引に背中を押されてカフェスペースへ。いつの間にか目の前には温かいコーヒーが用意されている。

「それでね、カイ君……」

 何故か急にひそひそ声、まるで悪い事でもするみたいだ。

「ハルちゃんのお誕生日なんだけど、何するか決めた? 」
「誕生日……? 遥、誕生日なの? 」
「白馬に乗った王子様なのに聞いてないの? 」
「白馬? 」
「そう! カイ君はハルちゃんにとって王子様なんだからね! 例えば……空から愛を叫ぶとか、星をプレゼントするとか! 」
「空から……? 星のプレゼントってどうやってするの? 」
「ん? それはわかんない」

 あっけらかんと笑う夢瑠ちゃんは、訳がわからないけど何だか面白い。

「夢瑠ちゃん達は何か決めてるの? 」
「そう! それでね、樹梨ちゃんがパーティーするから誘ってほしいんだって! 」
「遥を? 」
「違うよ! カイ君を! 」
「俺? 」
「だって、ハルちゃんに内緒でパーティー会場に連れてこなきゃいけないんだよ、カイ君じゃなきゃ出来ないよ」
「そうなの? 」
「そう! とりあえず、明日作戦会議するから夜、夢瑠の家に集合ね! 樹梨ちゃん達も来るから! 」

 勢いにされて明日、夢瑠ちゃんの家に行く事になってしまった。

「ハルちゃんには絶対、内緒だからね! 」

 黙っていられるかな……帰っていく夢瑠ちゃんの背中を眺めながら思う。誕生日は月末らしい。

「プレゼント……か」

 遥は何が好きなんだろう、喜んでくれるかな。早く、あの笑顔を見たいと思った。






 その夜……。

「ねぇねぇ聞いて! 夢瑠、ちゃんと出来たんだよ!! 」
「うん、頑張ったね。愛する遥の為とはいえ、すごいと思うよ」
「だって、夢瑠が誘っても樹梨ちゃんが誘ってもだめなんて初めてなんだもん……他にどうしたらいいかもうわかんないよ」

 嬉しそうだった夢瑠は急にため息をつくと、唐揚げを掴もうとしていた箸を止める。

「そうだね……遥にとってタマはなくてはならない相棒だから、そうなるのも無理はないよ」

 一人暮らしになった夢瑠は、樹梨亜の家で夕食を摂ることが増えた。今日も図書館から樹梨亜の家に行き、海斗に話せた事を報告している。

「海斗君は遥と会ってるの? 」
「会ってはないみたいだけど……毎日話してるって」
「毎日!? それもう彼氏じゃん……何なんだろうね、あの二人。何で付き合ってるってはっきりさせないのかな」

 落ち込む夢瑠に煌雅さんが唐揚げを差し出すと、すごい勢いで口に放り込む。

「樹梨亜、お手柔らかに。おつらいのは夢瑠さんも同じです」

 柔らかな物腰の忠告、でも今日の樹梨亜はちゃんと話すと決めている。

「夢瑠、遥といる為に書くの辞めて帰ってきたんでしょ」
「それは……」
「ちゃんと伝えなくていいの? 本当の気持ち」

 俯く夢瑠に樹梨亜は続ける。

「遥の気持ちを大事にしたいのはわかるよ、でも夢瑠の気持ちは? 書くのだって本当は好きなんだよね? やめちゃっていいの? 」

 遥が知らない夢瑠の本心を樹梨亜は知っている。

「お母さんね、本社に交渉に行ってるの。夢瑠がフリーで活動できるよう頼んでくれるって。私は、遥だけじゃなく夢瑠も……幸せ見つけてほしいと思ってる」

 夢瑠を想う、樹梨亜なりの優しさだった。
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