あなたはだあれ?~Second season~

織本 紗綾

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第三章 思い出を超えて

第32話 夜に動く

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「夢瑠、これでいいのかな? 」
「うん、すっごいきれいに直ってる」

 本を受け取り棚に戻す夢瑠の仕草がとても美しくて、思わずじっと見つめてしまう。

「どうしたの? 」
「夢瑠、すごいなって」
「えへ、ハルちゃんに褒められるのうれしいな」

 夢瑠は小説家を辞めてこの街に戻ってきた。そんな大事な話を知ったのはつい最近のこと。

 “私にはここが一番合ってるから”

 夢を叶えたと思った友達は、元の暮らしを選んで前と同じように図書館で働いている。

「ハルちゃん、そろそろ時間だからあがろっか」
「うん」

 BPとして図書館の仕事をもらった私は、担当の夢瑠に付きっきりで仕事を教えてもらっている。見ていると誰に何を聞かれても慌てる様子もなくすらすらと答えて、みんなが夢瑠にありがとうと頭を下げていく。

 必要な知識は膨大なはずなのに……夢瑠の頭の中には、どれだけ広大な世界が広がっているんだろう。

「どーお? 図書館の仕事はハルちゃんの夢になりそう? 」

 私の顔を覗きこんで、にこっと笑う夢瑠。私にはとても出来そうにない。

「夢瑠と仕事できてうれしいよ。なんだか懐かしいね」

 こうして一緒に帰っていると学生の頃を思い出す。

「夢瑠はほんとすごいね、学生の頃から夢を見つけて叶えて。私……何やってきたんだろう」

 学生の頃なんて毎日楽しければそれでよかっただけの、しょうもない私。

「ハルちゃん」

 夢瑠が急に真顔になる。

「うん……」

 足を止めて、私をまっすぐ見る夢瑠になんだか緊張する。

「夢は、お仕事だけじゃないかもよ」
「え? 」
「夢瑠ね……思うの。誰かの側にずっといたいって、そんな夢もあるんじゃないかなって」
「誰かの……側に? 」
「うん、樹梨ちゃんの夢だって好きな人と子供に囲まれた幸せな家庭でしょ? ハルちゃんの夢も、本当はすぐ近くにあるんじゃないかなぁ」
「すぐ近くに……」
「うん、そう!! よし! じゃあ樹梨ちゃんまでかけっこで競争ね! 」

 いきなり走り出す夢瑠。

「え、ちょっと待ってよ、夢瑠! 」

 慌てて追いかけるけれど、何だか昔より速くて追いつけない。ダッシュしながら頭の中には、海斗の笑顔が浮かんでいた。






「結局、ロイド断ったんだ」
「うん……ごめんね、樹梨亜行きにくくなるよね」
「大丈夫だって、水野さんもデートロイドと二回会ったぐらいで期待しないでしょ。で、海斗君と付き合ってんの? 」

 樹梨亜の目がいたずらっぽく光る。

「ううん、違うの」

 あれから数日、海斗からの連絡はない。学校のみんなと楽しく過ごしているのかな。

「なによ、ニヤけちゃって。違うとか言いつつ、いい雰囲気になっちゃってるんでしょ」
「そ、そんな事ないよ。私は好きだけどもう連絡来ないかも、仕事忙しいみたいだし」
「そういえば仕事何してんの? 」

 小学校で英語とサッカー教えてる、そう言うと樹梨亜は嬉しそうに目を輝かせる。

「なんだ、同業者ね。てっきり仕事もせずにふらふらしてるんだと思ってた」
「海斗君ね、うちによく来るんだぁ」
「は!? なにそれ、二人で会ってるって事? 」

 一瞬、ドキリとする。

 まさか……ね。

「ん? 図書館だよ~。この間もね、遥は家にいるよねって夢瑠に聞くんだよ。面白いよね」
「なんだ、誤解を招くようなこと言わないでよ。遥真っ青になってるじゃない」
「あ、ごめんね、ハルちゃん」

 海斗が誰か他の人と……そう思うと胸がチクリと痛む。私の知らない世界にいるんだからいつかそういう事だってあるかもしれない。

「まぁ、とにかく! 人間の男なんて何考えてるかわかんないんだから。浮気したり暴力振るったり、そういうの子供できてからわかったって遅いんだからね。彼が優しいからって最後まで許しちゃだめだよ」
「そ、そんな事しないって……付き合ってもないのに」

 樹梨亜の現実的な忠告に心が痛い。

 そういう心配がないのは片想いで、女性として見られていないからだって……現実を突きつけられている気がする。

「大丈夫だよ、ハルちゃんは王子様と結婚してきれいなお城で暮らすんだもん。結婚式には真っ白のキラキラしたドレス着るんだよ、それでね、みんなにお祝いされながら誓いのキスをするの。やだぁ~! 」
「何で夢瑠が照れてんの」

 結婚、子供……あの事が事実なら、海斗への想いの先にそんな未来は待っていない。ロイドだとしたら、子供どころかキスだって……あの日、唇に感じた温もりも作られた物だったのかも。

 結局、何もわからないまま終わってしまうのかもしれない。

 きれいに掃除されて柔らかい明かりが灯る部屋、テーブルに並んだたくさんの料理に美味しそうな匂い。そして、結婚して更に美しくなった大人の女性。

 好きな人の側で生きる夢を叶えられるのはきっとこんな女性だけ。

 私は結局、ずっと一人かもな……樹梨亜を眺め、そんな事を思う。

「そういえば樹梨ちゃんは? 煌雅さんとそういう事するの? 」
「ん? 」
「だって赤ちゃんほしいんでしょ? 」
「夢瑠ったら、いきなりどうしたの? そんな訳ないじゃん、ねぇ樹梨亜」

 突然の爆弾発言、慌ててフォローに入る。笑って流してくれたら……そう思って見た樹梨亜の表情は真っ赤で明らかに挙動が不審。

 私達の夜はまだ始まったばかりみたい。






 遥達が楽しい夜を過ごす頃、海斗も葵、田原と長くなりそうな夜を過ごしていた。

「ねぇ、何で海斗呑まないのよ。ちょっとくらい平気だって言ってるのに」
「ごめん……具合悪くなるから呑めないんだ」

 海斗の弱点を知った葵は、さっきから海斗を酔わせようとあの手この手で酒を勧め、困らせている。

「まぁまぁ葵さん、あんまり無理強いすると嫌われちゃいますよ」
「うっさい田原! 生意気言ってないで早くついでよ、ほら! 」
「はいはい、わかりましたよ……」
「じゃあ、僕はそろそろ……」

 酔ってくだを巻く葵を田原に押し付け席を立とうとする海斗。それを田原はある話題で引き止める。

「ちょっと、先輩も付き合ってくださいよ。それとも例の彼女さんが家で待ってるとかですか? 」
「そ、そんなんじゃないよ」

 動揺する海斗を葵がギロリと睨む。

「ちょっと!! 私を置いて彼女のとこ行こうだなんて酷いじゃない! 私と彼女どっちが大事なのよ! 」
「それはもちろん遥のほうが……」
「はぁ!! 遥っていうんだ、その女。何よ、付き合ってもないのにいじいじしちゃって。好きならさっさとモノにしちゃいなさいよ」
「ちょっと葵さん、言ってる事がおかしいですよ」

 今にも突っかかりそうな勢いの葵をなだめる田原、しかしその視線は海斗の動揺をしっかり捉えていた。



「で……何をそんなに悩んでるんですか。付き合うのに何か障害でも? 」

 絡むだけ絡んで醜態をさらしたあげく眠ってしまった葵の隣で、田原は海斗の心に潜り込む。

「いや……そういうわけじゃないんだ。どうしたらいいか、よく分からなくて」

 人を疑うことを知らない海斗は、田原に胸の内を明かす。

「触れたく……なるんだ。映画で見たみたいに抱き寄せて、キスしたくなる。でもきっとそれはいけないことで、一生懸命自分を抑えてるけど……いつか歯止めがきかなくなりそうで怖くて」

 田原は何も言わない。

「いや、ごめん、変な事言って。気持ち悪いよね」
「いえ、当たり前ですよ……俺も同じですから」

 海斗の下手なフォローに苦笑しながら、田原は隣で眠る葵を見つめる。

「え……まさか田原君、葵先生のこと」
「かわいいじゃないですか。先輩に振り向いてもらおうと一生懸命で……」
「それは……でも、この間まで嫌がってなかった? 」
「俺が一番驚いてます」

 男同士の秘密です、笑う後輩に海斗も姿勢を崩し親しげに笑う。

「我慢しなくて、いいと思います。大切な人にはそう言うべきだし、男と女なら触れ合うのは自然な事……キスから先にだって進めばいいんですよ」
「キスから……先……? 」

 意味がわからないという海斗、田原は思わせぶりに笑う。

「夜遅いですけど、今からでも連絡してみたらどうですか? 会いたい、そう言えばいいんです。彼女は……俺に任せてください」

 田原の言動を好意と受け取った海斗は丁寧に礼を言い、店を出ていく。

「ごめん、夜遅くに……」
「どうしたの? こんな時間に」

 耳元で聴こえる遥の声に頬を緩める。

「声、聴きたくて……」

 そして控えめに、せいいっぱいの愛を伝えた。






 この夜、動いた想いはそれぞれの運命を大きく揺さぶる。

「はるちゃん、朝からごきげんだね! 」
「タマ、夢じゃないんだよね」
「そう、夢じゃないよ! 海斗君が会いたいって連絡くれて、デートするんだよね! 」

 嬉しそうに部屋ではしゃぐ遥とタマ。



「おはようございます! 」

 出勤した海斗も機嫌が良さそうだ。

「あれ? 今日、二人とも休みですか? 」
「そうなんだよ、全く困っちゃうよなぁ」

 葵と田原……隣り合う二人のデスクに目をやる海斗。男女の仲というものを知らない海斗に、二人がどうしているかなど想像もつかない。



「うそ……」

 目覚めた葵は甘い夢から覚め青ざめる。

「目、覚めました? 」

 背後から聴こえた声に振り返るも間に合わず、背後から抱きすくめられた。

 触れ合う素肌。

「どういう事……ここ、どこなの? 」

 震える声に微笑み答える声は田原。

「もう忘れた? 昨夜ゆうべのこと」

 情けない奴と油断していた男の強い力に抗えず身を委ねてしまった。混乱する葵にいつもの威勢の良さはない。

「大切にします」

 耳元をくすぐる甘い囁き。

 やがて、葵も観念したように唇を重ね合わせた。



 その後、葵を帰し一人になった部屋で田原は誰かに連絡を取る。

「DNAサンプルと音声データを送ります。えぇ、全てボスのご指示通りに。女も……容易いものでした。いざという時に使います」

 その声は、葵に甘く囁く彼とは別人のようだ。

「あの女……水野沙奈を引きずり降ろせば、何でも望みを聞いてやろう」
「その言葉、お忘れなきようお願い致します」

 低く響く不気味で下劣な笑い声は葵、海斗、遥、そして水野の運命にまで災いをもたらそうとしている。
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