あなたはだあれ?~Second season~

織本 紗綾

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第二章 思い出を辿りながら

第22話 曇り空の下で

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 眠れない夜……海斗といた余韻が冷めなくて、ぼんやりと天井を眺めていた。

 また海斗が隣で微笑んでくれる、それだけで嬉しくて胸の奥がずっと暖かい。

 “全部……遥とがいい”

 そんな言葉が聞けるなんて思っていなかった。知り合って、話すようになってランチに行って、花火も見に行った。あの頃のようにこれからも、また一緒にいられるなんて。

 “まだたくさん行きたい所あるんだ”

 きっとどこに行っても、きらきらと瞳を輝かせて嬉しそうに笑うんだろうな。想像するだけで、心が満たされていく。

 やっぱり、海斗といる時が一番、幸せ。

 いつまでも浸っていたい……ずっと一緒に笑っていたい、でも。

 海斗がもし本当に違法ロイドだったら。

 喜びと同じくらい膨らんでいく不安。あんなふうに友達と、会ってしまってよかったのかわからない。

 あの温もり、柔らかな笑み、瞳の輝き……今まで会った誰より澄んでいて温かかった、ロイドだなんて思いたくない。

 でも忘れられない。

 背中から見えた金属、海斗から聞こえた別人の声。

 海斗がロイドだなんて……。

「はるちゃん、眠れない? 」

 穏やかなピアノの音色、眠れるようにタマが流してくれる。

「ありがとう」

 タマになら、話せるかな。

「タマ……海斗がね、前に図書館行った時の事忘れてたんだよ。プラネタリウムだって、前話したのにどんな物かも覚えてなくてさ」

 でも少しのの後、返ってきたのは予想外の言葉。

「前にって、海斗君は新しいお友達でしょ? 」
「え? タマも憶えてないの? 」
「海斗君を登録したのは先月だよ、それより前の記録は、えっと……」

 どんなに検索しても、なぜか前の海斗のデータは残っていなかった。

「はるちゃん、ごめんね……」
「ううん……いいの」

 私を好きだと言ってくれた、あの頃の海斗は消えてしまった。

 幻のように。

「はるちゃん、そろそろ寝よう。明日お仕事でしょ」
「うん……おやすみ」

 さっきより更に揺れる心。

 さらさら揺れる緑の葉、時折挿す木漏れ陽の記憶、私を見つけて微笑んでくれる、優しいくりっとした瞳。

 “遥……”

 そっと、身体を包み込んでくれる。

 あったかい。

「海斗……」

 いつか醒めてしまうかもしれない。

 でももう少しだけ……今はもう少しだけ……包まれていたい。

 この優しい夢に。


 遥は眠りに落ちた。

 甘く、美しい夢の中に二人を狙う黒い影はない。寄る辺のない現実、遥の海斗への想いは、今にも消えそうなろうそくの炎のように、頼りなく揺れている。






 そして日が昇り、迎えた朝。

「行ってきます!! 」

 出掛けていく遥の背中に迷いはない。

「今日からタイムスケジュールの通り配信をお願いします」
「はい」
「あと朝の配信と会議が済んだらみんなと面談したいんだけど……」

 チームの主力だった橋本が退職、環は長期休暇中、頑張れるのは自分しかいない。今までの遅れを取り戻すかのように働き、休憩時間になると小走りでテラスに向かった。

「すみません、水野さん……」

 遥は水野に謝る。

 仕事が忙しくなり、しばらくロイドショップには行けない。だからパートナーロイドの事は保留に……それが、海斗といることを決めた遥なりのけじめ。

 通話を終えた遥は、深呼吸をして仕事に戻る。

 そして。

「笹山さん、社長がお呼びです。すぐ社長室に来るようにと」
「社長が……? 」

 懐かしい、前にも聞いたような言葉。

 呼ばれる心当たりがない、考えながら階段を駆け上がると、あの大きな扉の前に立つ。

「大丈夫ですよ、丸山社長は穏やかな御方ですから」

 深呼吸をする遥に秘書の女性が微笑みかける。

「ありがとうございます」

 この女性はいつも、前の社長に怯えながらも立ち向かう遥を静かに、あくまで関わりを持たずに見守ってきた。

 ほとんど初めて、言葉を交わす二人。

「失礼します」

 意を決して社長の元へ進む遥、運命の巡りは今、密やかに……遥の進むべき道を指し示し始めた。

「君に育ててもらいたい人材がいてね」

 息を呑む遥。

 今度は扉の内側から、入ってくる人物を見守った。






「まだ深い仲ではないようです」

 一方、遥との通話を終えた水野は例の執事ロイドから、調査結果の報告を受けていた。

「なぜ家まで尾行しなかったのです」
「邪魔が入りました」
「邪魔……」
「ピンクの髪の女です。こちらに気付き妨害を」

 ピンクの髪……水野には心当たりが二人いた。篠田夢瑠と橋本醍哉、どちらもロイドの尾行に気付く可能性があり、裏の世界を知っている人間。

 橋本の方が可能性は高い、でも体格が良く、髪を結んでいても女性には見えづらいだろう。

「女性……見間違いでは」
「性別はデータで確認しました、間違いありません」

 ピンクの髪の女、しかも遥達を助けそうな……となれば篠田夢瑠、この街に戻ってきたのだろうか。

「それにしても人間にまかれるとは……調整が必要かもしれませんね」
「お、お許しください。それだけは」
「遥と海斗の調査から外れなさい、あなたには別の任務を」
「別の任務……ですか」
「英嗣の尾行です。街から出るかもしれません」
「はっ!! 」

 執事ロイドは瞬時に姿を消した。

 暗闇の中、画面がいくつか移り変わり照らし出すのは遥のデータ。

 深い仲でなければいいと済む問題ではない。あの日……私が日本を離れた後、何があったのか突き止めなければ。

 滅多に外出しない英嗣の気になる動き……車を洗う……遥……そして何も知らない海斗。

 “パートナーロイドのこと、一旦保留にしたいんです。しばらく仕事が忙しくて”

 遥の声のトーンは、いつになく明るかった。海斗の影響だろう。

「やはり、潰しておくべきでした」

 珍しく、無口な水野が独り言を発する。暗闇に溶けていく声の穏やかさとは裏腹に、瞳は深海の闇のように暗い。






 水野が尾行をつけた英嗣は、車で何処かへと向かっていた。

「はい、えぇ……」

 運転しながら時折、相槌を打つ。耳元のイヤフォンで誰かと会話しているようだ。

「今の海斗はただのバカだ、必要ない」

 嘲笑うような声が車内に響き渡る。

「尾行か。余程、俺にご執心のようだ」

 英嗣の車はスピードを上げ、水野の予想通り街の境界を越えていった。






「ちょっと、ずっとヘラヘラしてて気持ち悪いんだけど」

 そして、父親にただのバカ呼ばわりされた海斗は、葵にイラつかれてもなお嬉しそうにヘラヘラしている。

「すみません」
「昨日のデートでキスでもした? 」
「キス……? デートかはわからないんだ。遥はそうじゃないって言うし」

 海斗のヘラヘラの理由は、もちろん遥だ。また会える、そう考えただけで心が躍る。今度はどこに行こう、この間のお礼もしたいし、彼女が喜んでくれる場所に二人で出掛けたい……そんな事ばかり考えていた。

「へぇ~、じゃあ彼女は海斗のこと好きじゃないんだ」
「えっ……」

 海斗はまだ、葵の言う事の意味がよく分からないでいる。好きとか、彼女とか……キスという単語も、初めて聞く言葉、そう思っている。

 でも遥が自分を好きじゃないと言われるとショックだった。

「私にもまだチャンスあるんだ」

 いたずらっぽく笑い掛ける葵。そのまま海斗の腕を掴む。

「しよっか、キス」

 訳の分からない海斗、葵は腕を引き寄せる。

「……!! 」

 海斗の唇に葵の唇が触れる。

 一瞬の出来事。

 走り去る葵に海斗は何が起きたのか、理解出来ないでいた。






「樹梨ちゃんでしょ、ハルちゃんにロイドさん紹介したの」

 樹梨亜と話しているのは夢瑠。

「そうだけど、何で知ってるの? 」
「だって今日、図書館で会ったから」
「え? 今日会ってたのはロイドじゃないって」
「え!? カイ君、ロイドじゃなかったの!? 」

 恥ずかしさと驚きが夢瑠を襲う。

 穏やかな、自我のなさそうな笑顔が樹梨亜のパートナーロイドの煌雅と重なって見えた……とは言えなかった。

 固まる夢瑠に樹梨亜は追い打ちをかける。

「そういえば、夢瑠はなんで図書館にいたの? 」
「あっ……!! 」
「ねぇ、なんで? 」
「ちょっと用事で、ワープを……」
「そんな事できるわけないでしょ、物語の世界じゃないんだから。さぁ、ごまかさないで答えて! 」

 遥の事を聞くつもりが追及される立場になった夢瑠、そして遥にも夢瑠にも相談してもらえなかった樹梨亜。二人の通話はまだまだ終わりそうにない。

 
 梅雨の曇り空の下、すれ違う想い。不安や疑念は、それぞれの心に暗い影を落とし、やがて嵐を呼ぶ。

 今にも雨が降りそうだ。

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