あなたはだあれ?~Second season~

織本 紗綾

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第二章 思い出を辿りながら

第18話 ランチデート

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 海斗と、図書館に行く約束をした。

 あくまで海斗の記憶を取り戻すため……そして、私の疑問を解消するため。

 今度は絶対に、好きにならない。

「遥さん? 」
「あ、ごめん。どうかした? 」
「もう! 新しい機材の使い方教えてくれるって言ったじゃないですか~」

 仕事中なのに、つい物思いに耽っていたせいで約束を忘れてしまっていた。むくれる環ちゃん、でも、落ち込んでいる様子は感じられない。

「早く行きましょ! 」
「うん……」

 橋本君の事、気になるけど聞けない。

 胸に何かが引っかかったような気持ちを抱えたまま、環ちゃんとオフィスを出た。

 向かうはあの機材室。

 仕事の内容が変わってから、あそこに行く事はあまりなくなった。

「新しい機材だと何が良くなるんですか? 」
「えっと、まずは組み立てが楽かな。今までは画質にこだわってあの機材を使ってたけど、軽くて小さくて、面倒な組み立てもなく高画質の映像が撮れるの」
「へ~、すごい! 私、機材の組み立て苦手だから助かります」

 新しい機材がもっと早く導入されていたら、あんな事故は起こらなくて……海斗が怪我をする事もなかった。

 それにしてもあの日、辞めたはずの海斗はどうしてあそこにいたんだろう。

 どうして、いきなり機材が倒れてきたんだろう。

 未だに何一つわからないまま、再会した海斗は記憶を失くしていて聞くわけにもいかない。

「遥さん、そっち壁です、壁!! 」

 ゴンッ!! 

「ぶっ……」

 気付いた時には遅かった。

 鈍い音と潰れた変な声……思いっきり顔面を壁に強打し、目の前は暗転。

「ちょっと遥さん、大丈夫ですか!? 」

 うずくまる私に、環ちゃんもしゃがんで顔を覗き込む……気がする。何となく気配を感じる事しか出来ないくらい、まだぐわんぐわん揺れる頭と恥ずかしさで顔を上げられない。

「遥さん、生きてます? 」
「うん……生きてる」

 おでこと鼻が痛い。

「起き上がれます? 」
「うん……」
「えっ……人……誰か呼んできます。待っててくださいね! 」

 海斗の事ばっかり考えていたせいだ……走っていく環ちゃんの足音を聴きながら、心の底から反省した。






「はるちゃん、どう? まだ痛む? 」
「もう大丈夫……ごめんね、心配かけて」

 ふらつく私を見て心配した環ちゃんが、予定を変更して早退させてくれた。復帰したばかりで、環ちゃんの負担を減らさなきゃいけない立場なのに、壁に顔面を強打して早退だなんて……情けなさ過ぎて、溜息も出ない。

 鏡にはおでこにたんこぶが出来た恥ずかしい姿。

 バカすぎて笑いにもできない。

「本当に大丈夫? まだクラクラする? 」
「大丈夫、ドクターチェアで脳は診てもらったし、おでこと鼻も腫れさえ引けば問題ないって」
「よかったぁ、頭打ったら大変なことになるんだからね、気をつけてね」

 いつもと違う、ちょっと強めなタマの言葉。

「ごめんなさい……」

 浮足立っていたのかもしれない。

 忘れると決めた……それなのに、海斗と約束なんかしたりして。

「とりあえず今日は安静にして……ってはるちゃん、何してるの!? 」
「仕事する」
「だめだよ、安静にしてないと」
「明日も休みだし、出来ることはやっておかないと。オフィスと繋げてくれる? 顔は映さないでほしいけど」
「はるちゃん……」

 おでこを冷やしながらモニターを開く。明日はロイドショップに行く約束がある。

 海斗とはいられない、私は私の決めた道を行くしかない。






 次の日は、雨予報が嘘のように良い天気。おでこの腫れもなんとか引いて、赤みをメイクで誤魔化した私は、樹梨亜と一緒にロイドショップにやってきた。

「緊張する~」
「なんで樹梨亜が緊張してんの」
「だって、遥の未来のパートナーに出会えるかもしれないんだよ、緊張するの当たり前でしょ」

 未来のパートナーを選ぶって、こんな日常の中にあるのか……大人になってみれば運命の出逢いなんて物語の中だけ、なのかもしれない。

 舞い上がってすぐ散るよりも、穏やかにずっといられる方がいい……今なら少しだけ、樹梨亜の言葉の意味が理解できる。

「お待たせしてすみません」

 いつも通り、控えめな微笑みで現れる水野さん。もう後戻りできない……そんな気がする。
 
「遥さん、お久しぶりです。タマさんはお元気ですか? 」
「はい、本当はタマの買い替えも考えなきゃいけないんですけど……」
「タマさんは大丈夫ですよ、それにパートナーロイドも今では維持費を抑えられますから、費用面は心配いりません」
「そうなんですね……」

 自分から勧められに来たんだから仕方ないけど、水野さんの笑顔が恐ろしく感じる。なんだか1時間後には決められていそう。

「水野さん、遥に合いそうなパートナーロイドってどんな感じですか? 」
「ちょ、急にそんな……」
「相変わらず直球ですね、樹梨亜さんは」

 そういえば、樹梨亜は初めて来た日から周りには目もくれず、オーダーにすると決めて煌雅さんと出逢った。

 笑い合う水野さんと樹梨亜、私もここでパートナーを見つけて……ゆくゆくは樹梨亜みたいになるのかな。

「ゆっくり、一緒に探していきましょう。それにまずはロイドと過ごす時間に慣れて頂かないと」

 ロイドと過ごす時間……心がギクリと反応する。

「遥さん? 」
「あ……すみません、緊張していて」
「そうですよね、最初はみんなそうですよ、樹梨亜さんの場合が稀なのです」

 優しく微笑んでくれる水野さんに、なぜか悪いような気がした。

「まずは色々、お伺いしていきますね」

 テーブルが光り、画面が映し出される。

「以前、行なったロイドメーカーを覚えていますか? 」
「はい……」
「あの時もいくつか質問をさせていただきましたが、今回はより具体的になっています。少し疲れますが、ご回答ください」

 説明を受けながら質問事項に答えていくだけ、でも意外とそれが難しい。最初は自分の暮らしについて……休みの過ごし方とか仕事。次に家族との関係や自分の内面について。

 パートナー選びというより、自分を見つめ直しているみたい。

「難しいですね……」
「すみません、他のカウンセラーではあまりこういう事はしないのですが、実際、自分に合うパートナーというのは自分の中に答えがあるものだと思うので」

 本質を、どこか見抜かれているような瞳から目をそらせない。

 結局、私はいつも自分の事がよくわからないまま生きているから。

「お疲れ様でした。この回答から遥さんの好みに近いロイドを導き出し、ランチデートということに致しましょう」

 水野さんの笑顔で我に返る。

「対面の場がここでは殺風景ですから、先に併設のレストランへご案内しますね」

 一歩ずつ、踏み出す度に緊張が増していく。私に合うパートナー、どんな人だろう……リュウみたいな人かな、それとも……海斗に、似てるのかな。

「ここでお待ちください。樹梨亜さんはこちらへ」
「えっ、行っちゃうの? 」
「ごめんね、後で煌雅と来るから」

 最初から決まっていたみたいに、樹梨亜と水野さんは行ってしまった。

 庭園の真ん中で置き去りにされる。

 白いバラとグリーンがロマンチックで、前に海斗と行ったカフェみたい。

「笹山……遥さんですか? 」

 背後から声。

 喉がキュッと閉まるのを感じながら、ゆっくりと振り返った。






「うまく……いきますか? 」
「相手に不足はありません。後は、彼女自身の問題です」

 心配そうに友人を見つめる樹梨亜、自分の為に遥にパートナーロイドを勧めた事、今さら罪悪感を持ち始めたのだろう。

 遥が心から欲しているのは……今でも草野海斗ただ一人だと、回答が示していた。でも、気づかせるわけにはいかない。

 海斗とは違う、二番手を敢えて用意した。

 今の所、遥と海斗の繋がりを示す情報はない。もう二度と会えない相手に身を焦がすよりは……現実的に心の支えとなるパートナーと共に生きる方がいい。

 それが本当の幸福かはわからない。

 でも、そのうち忘れるだろう。隣に他の男がいて、自分だけを見てくれているのだから。

「お待たせしてすみません」

 煌雅が到着し、樹梨亜と熱い視線を交わす。

「では、お二人の出番ですね。緊張をほぐしてさしあげてください」

「行こうか」
「うん」

 この二人の熱には利用価値がある、やはり樹梨亜を手懐けたのは正解だった。まだ緊張で表情の固い遥の元に寄り添い歩く煌雅と樹梨亜の背に、微笑みを向けた。

 遥は……精神力が弱く、周囲の環境に流されやすい特性がある。加えて情に脆く、ロイドを人間と同一視している。

 迫られたら断れない。

 聴こえ始める笑い声を背に、店へ戻ることにした。
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