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第四章 幸せは思い出に
第41話 崩壊
しおりを挟むこの街に根ざし、祖父の代からおよそ100年あまり続いてきた“草野医院”はものの数時間で燃え尽き、灰になってしまった。
英嗣は淡々と手続きを済ませると、悲しむ様子もなく街をあとにする。
「全焼……」
「はい、ですが有害物質の汚染を理由に原因の特定がされないまま残骸は回収されてしまいました」
「警察の調書は。英嗣に事情聴取しているでしょう」
「読みましたが極めて形式的で。建物の老朽化による漏電だと決めつけられています」
「英嗣の仕業では、なさそうですね」
「むしろ計画通りなのでは? 」
水野は疑いの眼差しを向け、気づいた捜査員は気まずそうにそらす。ここに水野の味方はいない、それは彼女もよく理解している。
「英嗣の身柄は」
「警察にあるはずです」
その時、薄闇に光がさして誰かが入ってきた。
「大変です! 海斗が……」
水野の視線に入ってきた捜査員はたじろぎ、何かを言いかけてやめる。
「遥と接触したのでしょう」
想像は出来ていると呆れたように言う水野。でもその予想は珍しく外れている。
「海斗の死亡届が出ました。遺体も回収済みです」
水野の隣、一応彼女の側近とも言える女性捜査員は驚きの表情を見せる。水野の表情に変化は見られない。
「死亡って、海斗が!? 水野さんどうしましょう」
「解剖結果は出ましたか」
「はい、草野海斗本人だと……もちろん部品や装置の類は残っておらず、人体だという判定です」
草野海斗は死んだ──そうなればもう公的な捜査は行えない。真偽はどうあれ、間違いなく水野にとって不利な情報だ。
「遺体の火葬は。英嗣はどこにいるのです」
「火葬はまだです。法的にあと20時間は猶予があるかと」
「わかりました。少し出てきます」
言うやいなや、身を翻し部屋を出る。水野率いる捜査班は今まで、建前上の捜査権だけを与えられながら頭を押さえつけられているようで、自由に身動きが出来ないできた。
「必ず潰します……羽島、あなたを」
その呟きには今までにないほどの力が含まれている。
その後、水野は指示を出し、海斗の行きそうな場所全てにロイド捜査員を配置させた。
火災の事すら知らぬ遥の周辺にも既に……部屋の明かりがよく見える場所を、捜査員が陣取っている。
「特に注意深く見張ってください。必ず会いに来るはずです」
車内に響く水野の指令。
最大級の警戒も、部屋で誰かと話す遥には届いていない。
「夢瑠どうしてるか知ってる? 連絡したんだけど繋がらなくて……」
「あぁ、最近また書き始めたの。それて部屋に籠もってるんだ。食事届けに行ったけど集中してて何にも返事がないの」
「そう……」
通話先の樹梨亜にも伝わるくらい、遥は元気がなかった。夢瑠と海斗、いつも遥を癒やしてくれる二人からの連絡がない事は、彼女の心に大きな影響をもたらしている。
寂しそうな遥、でも樹梨亜からすれば遥自身もどこか別の場所に行ってしまいそうな気配を、匂わせていた。
「遥だって忙しそうでさ、ふたりとも全然相手してくれないんだから」
「ごめんごめん。ちょっと勉強をね、タマを自分で直すって決めたの」
「直すって、遥が!? 」
「うん」
「本当に!? すごいよ、直せるの!? 」
「入試でも直せる訳ないって言われたけど……やってみようと思って」
「そっか……大変だとは思うけど応援する。私もさ、煌雅のこと世間から色々言われたけど、遥と夢瑠が受け入れてくれて、すごく嬉しかったんだ。だから今度は私の番」
「ありがと……樹梨亜」
樹梨亜の優しさに、遥は苦しそうに胸を抑える。友人を騙している罪悪感は無視できないくらいに膨らんでいた。
「大丈夫……だよね」
遥は通話を終えて呟く。海斗がロイドじゃなければいい。
そうすれば何も問題はない。
海斗と家族と友達とタマ……遥が心から願うのはみんなと穏やかに暮らす未来。
しかしそれは、叶いそうにない。
翌朝、リビングで朝食をとる遥に驚くようなニュースが飛び込んできた。
「限りなく人に近いロイド“BR”を発表した科学者、草野英嗣博士が都内のホテルで会見を行なっています」
パンをつまらせ、むせる遥。画面を注視するとあの白衣の医師が記者の質問に答えている。家族が慌ただしく動くリビングで、遥だけは画面をじっと見つめている。
生物学、医学、ロイド工学を研究し尽くして産み出されたというそのロイドは、充電もいらず食事からエネルギーを摂取する。髪も肌も何もかもが人と変わらない、その試作品は海斗によく似ていた。
「それでは人との判別はどうするのでしょう、ロイドが禁止されている場所に入り込む可能性は? 」
「外見での判別は不可能ですが、指先と手の甲にチップが埋め込まれており、現在流通している判別機ではロイドであると認定されます。それに、極めて高性能ですが中身は所詮EQセンサーなので、意思や心を持つことはありません」
遥の表情が凍りつく。
必死に忘れようとしてきたあの悪夢を、再び思い出したのかもしれない。
「どうしたの? 」
「え……あ、もうこんな時間、行かなきゃ! 」
異変に気づいた家族をごまかし、リビングを出て行く背中。まるで見ているかのように、草野医師の言葉が追い打ちをかける。
「ロイド開発のリーディングカンパニーであるRAISE社と提携、今後は拠点を海外に移し生産を本格化させていく予定です」
海外に拠点……その言葉は遥にもしっかり聞こえてしまっている。
「大丈夫、大丈夫だよね」
階段を駆け上がり、必死に唱えて不安を消す。外に出た遥を待っていたのは、非情にも吹きつける冷たい風だった。
結局、約束の時間を過ぎても海斗は来なかった。もちろん連絡もない。
海外、ロイド……朝、聞いてしまった不穏な言葉が頭をよぎる。あれがもし海斗だったら……むりやりお父さんに連れて行かれたのだとしたら……そんな訳ないのに恐ろしい妄想が不安を掻き立てる。
“日曜、会えないかな”
誘ってくれたのは海斗で、どこかに行ってしまうならそんな約束するはずがなくて……でも会いたいと言ってくれた夜、どこか何かを決意しているような気配がしたかもしれない。
今、思えば。
考えれば考えるほど不安になる。
もうすぐ12時、まだ待ち合わせから1時間……もしかしたら海斗は家にいるかもしれない、遅刻しただけかも。根拠のない推測をあてに歩き出す。
坂を登り、海斗の家へ進む道は二人で何度も歩いた道。ふと、再会した日の事を思い出す。
あの日、ぎこちないままさよならしていたら今の未来はなかったかもしれない。この不安も罪悪感も、会えなくなる恐怖も。
また冷たい風が吹く。
でも、きっともう遅い。
この先にどんな今日が待っていて悪い予感のどれかが当たってしまっても、海斗のいない未来は……もう選べない。
出逢った公園を横切り、草野医院の前まで来て。
「え……」
驚きのあまり道端で立ち止まる。
草野医院の看板もあの古い建物も車も……あったはずの全てがなくなっていた。土がむき出しになった地面だけがロープで四角く区切られている。
「どういう……こと? 」
想像した、そのどれとも違う景色は悪い夢を見ているようで。
「海斗……」
心が、声がどうしても呼んでしまうのに姿が見えない。端末を取り出して眺める……もう何度も連絡して、眺めたり願掛けしたりして。
他に方法はなく、私にはただ電話を掛ける事しかできない。
プツッ……。
今まで何回か掛けた中で初めての反応。
通話中でもなく、呼び出し音も鳴らない。海斗に繋がる全てが断ち切られた……まるでそう言われているような音。
「海斗……」
取り残された子供みたい、為す術もなくて、ただ会いたいと願い続ける事しか出来ないなんて。
あれからどれくらい経っただろう。
いつもより賑やかな公園、人目を避け裏手に車を止めて、ただぐったりと身を潜める。
遠くで子供達のはしゃぐ声、今日は何日……何曜日だろう。
「遥……」
この公園で遥に出逢い、すぐ惹かれていった。その名を呼べば力が湧いてきて何でも出来るような気がした。
遥に会いたい、その為にあの炎の中から必死で、這い出てきたのに……こんな姿で会えるわけがない。
黒く焦げ落ちたカーディガン、血も出ない不気味な傷。
ざくざくと砂利を踏む人の足音で、とっさに屈み身を隠す。
人の目が、気配がするだけで見つからないかとビクビクする。
もう二度と……誰にも会えない。
笑い通り過ぎていく人達、俺も少し前まであんな風に笑っていたんだ。
遥や仕事の人達と……同じ人間だと思って。
俺はこれからどうすればいいだろう。病院に行くわけにも、誰かに会いに行く事も出来ない。外に出て不用意にこの傷が見つかれば、捕まってしまう。
頭が重い。
当然だろうな、これも作り物、俺の頭は何かの金属で出来ているのだから。
海斗は知ってしまった……己の身が遥や街を歩く人達とは違うことを。
そんな海斗の元に今、足音が近づいてくる。
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