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第二章 思い出を辿りながら
第21話 偶然の再会
しおりを挟む久しぶりに来た図書館は、思ったより人が多くて混雑していた。
「すごいな、ここ全部図書館? 」
「うん、二階はプラネタリウムとシアタールームがあるんだけど、一階は全部本なの」
「プラネタリウム? 」
「うん、すごくきれいなんだよ。星空を眺めながらリラックス出来るの」
「すごいね、昼間でも星空見られるの? 」
「もちろん。流星群とか月食とかの珍しい現象も体験できるんだよ」
見てみたいなと瞳を輝かせる海斗。確か前は、プラネタリウムが何か知っていたはず。
「もしかして、プラネタリウムも来たことあった? 」
「ううん、前は改装してたから……」
曇った表情を察知して、海斗が私を覗き込む。海斗の記憶は思った以上に、消されているのかもしれない……あの事故のせい、私のせいかもしれない。
「今度は絶対見よう、一緒に」
また手が包まれる。
「うん」
優しい笑顔に、理性が負けそう。
「でも海斗、本探してるんでしょ? まずは本から見よっか」
「うん、本見てからプラネタリウム行って、最後に映画も見よう! 」
「ぜんぶ今日見るの? 」
「うん、ほら行こ! 」
今度は海斗が私の手を引っ張って本棚の方へと連れて行く。子供みたいにはしゃぐ姿をつい見つめてしまう。
あれ……?
視線の先に、懐かしいピンクのツインテールを見つけた。でもここにいるはずは……。
「ハルちゃん!! 」
「夢瑠!? 」
夢瑠が振り返ってほぼ同時に目がバチッと合った。
「夢瑠、何でここにいるの? 」
「ハルちゃん……えっと……」
いたずらがバレたようにきょろきょろ挙動不審な夢瑠。
「知り合い? 」
海斗は私と夢瑠を代わる代わる不思議そうに見ているし、夢瑠もじーっと海斗を観察している。
「学生の頃からの友達なの」
「こんにちは、篠田夢瑠です。ハルちゃん、この人は? 」
「えっと、職場の知り合いでね……」
「草野海斗です、初めまして」
私が紹介するより先に頭を下げる海斗。こんな事今までなかった……とにかくこの場をやり過ごさないと。
「初めまして。ごめんなさい、デートの邪魔しちゃって」
にっこり微笑む夢瑠は、私を無視してなぜか初対面の海斗に話し掛ける。
「デートじゃないって、図書館案内してほしいって頼まれたの」
「手、繋いでるのに? 」
「あ……」
今さら離しても遅い、恥ずかしさでまた顔が火照ってくる。
「それより夢瑠、何でここにいるの? 」
「ん? ちょっと用事でね、ワープしてきたの」
冗談とも本気ともとれるような返答、ワープだって夢瑠ならやりかねないし。
「俺、その辺見てるよ。ゆっくり座って話したら? 」
「でも……」
「俺なら大丈夫、ここ面白そうだし」
「ごめんね……海斗」
話している間も、夢瑠の視線が気になる。後の事を考えると、にこにこ笑顔がより怖い。
「じゃあ……」
「せっかくだから三人でお茶しません? 草野さんも一緒に」
夢瑠の口から予想外の言葉。
人見知りで、固まっちゃう夢瑠が初対面の人と普通に話して……しかも、お茶に誘うなんて。
「俺も? でも邪魔しちゃ悪いし……」
「大丈夫だよ、ねぇハルちゃん」
頷くしかなかった。ここで働いていた事もある夢瑠に案内してもらいながら、カフェスペースに進む。
「すごいな、お茶も出来るんだ」
嬉しそうな海斗、でも私は気が重い。海斗がもし本当に違法ロイドなら……友達まで巻き込む事になる。
「ハルちゃんはレモンティーでいいよね、草野さんは? 」
「あ、じゃあ俺もそれで」
なぜか私抜きで進んでいく会話、予想外の展開に胃が縮まるような気がした。
運命のいたずらか、引き寄せの力か……その頃、もう一つのあり得ない再会が水野の前にもたらされた。
「まさか外で会うとは。久々の外界は眩しいでしょう」
「また尾行か、懲りない女だ」
「私用です」
互いに無口な二人、長らく海斗を間に挟み追い追われる立場の英嗣と水野。本来、会ってはいけない相手……それが偶然にも車のメンテナンスという理由で立ち寄ったスタンドで、鉢合わせてしまった。
「何を企んでいるのです」
水野の問いを無視して車内の掃除を続ける英嗣、その行動すら彼女には怪しく写る。
「素人を巻き込む事は許しません」
車のドアが閉まる。
古めかしい電気自動車に乗って英嗣は走り去る。何も言わず、水野の言葉も無視したまま。
でも水野は見逃さなかった。
車に乗る時ほんの一瞬、英嗣の口端がニヤリと大きく上がったのを。
感じたことのない、邪悪な胸騒ぎ。
大それた事が出来る男ではない、不安を打ち消して車に乗り込んだ。
「へ~ぇ、海外にいたんだぁ」
「うん、まだ引っ越してきたばかりだから、案内をお願いしたんだ」
目の前にいるのは本当に夢瑠かと疑うくらい、自然に海斗と話している。
海斗も普通……というか、記憶がないのに私とどんな風に出会ったのか、どんな関係か、わかっていることだけを上手につなぎあわせて話しているから、夢瑠も全く疑ってないみたい。
「ね、ハルちゃん」
「うん、そうだね」
急に求められた同意に慌てて反応する。
まるで最初から知り合いだったかのように、穏やかな雰囲気のまま流れる時間。
「ねぇ、夢瑠いつまでこっちにいられるの? 」
「ん? すぐ帰るよ、ピューってね」
「そうなんだ……樹梨亜は知ってるの? 会っていけばいいのに」
「じゃあ、樹梨ちゃんも呼ぶ? 」
「え! それはやめて」
「樹梨ちゃんもハルちゃんの彼に会いたいと思うよ」
「だから彼じゃないってば……」
いくら否定しても彼氏だって決めつけている夢瑠。海斗も否定しないのがまた恥ずかしい。
「そういえばカイ君、プラネタリウムは行った? 」
「いや、まだ……」
「ここのは本物の星空だからおすすめだよ、マロンチックなムードになっちゃうかも、キャー! 」
「夢瑠、それを言うならロマンチックだよ」
なぜか興奮しだす夢瑠と、間違いに気づいてなさそうな海斗……もしかして二人とも天然、なのかな。
「とにかくオススメだよ! 」
「ありがとう、夢瑠ちゃん。遥と行ってみるよ」
「うん! 仲良く手を繋いでかなきゃだめだよ、そういう決まりなの」
「そうなんだ、わかった、そうする」
「ちょっと、そんな決まりないでしょ。海斗も真に受けないで」
夢瑠と海斗が揃うと、ツッコミが追いつかない。でもさっそくカイ君と夢瑠ちゃんなんて呼び合って、相性は良さそう。
「じゃあ、そろそろ行かなきゃ。ワープの時間なの」
やっと三人の空気に馴れたところで、夢瑠は席を立つ。
「もう行っちゃうの? ワープに時間なんてないでしょ」
「ハルちゃんにはカイ君がいるでしょ、カイ君、ハルちゃんの事よろしくねぇ」
呆気にとられる海斗を残して夢瑠はさっさと行ってしまった。
「ごめんね。夢瑠、ちょっと変わってるでしょ」
「うん、楽しい子だね」
話しながらカフェスペースを出て二人で本を探す。
会ってしまって良かったのかな。ざわっと不安の風が胸に吹く。
「今日はありがとう、楽しかった」
「うん、私も」
帰り道、笑顔で言う海斗に頷く。もうすぐ……この坂をあと少し降りたら、家に着いてしまう。
どうしても思い出してしまう、あの日……図書館の後、公園に寄った帰り道、幸せに浸っていたのに、海斗とはそれきりになってしまった。
いつまで引きずってるんだろうと思う気持ちと、また同じようにいなくなっちゃうんじゃないかという気持ちが混ざる……だって海斗はアンドロイドかサイボーグか……正体がばれてはいけない存在。
それが変わったわけじゃない。
さっき離してから繋がれることのない手。
横顔も見られないまま、黙ったままの静かな時間を、歩く私達。
「また行こう」
「え……」
「また一緒に行って……今度はプラネタリウム観よう、ふたりで」
海斗が私の顔を覗き込む。
視線を交わすと優しい微笑み。
言葉が……見つからない。
「それにさ、まだたくさん行きたい所あるんだ。全部……」
言いかけて声が止まった。
真剣な瞳、何を伝えたいんだろう。
「全部……遥とがいい」
目をそらしてボソッと呟いて……顔を背けた海斗の表情が見えなくなる。
こんな海斗、初めて。
立ち止まって、二人で向き合ってるのに、恥ずかしくて。
「また、連絡していい? 」
「うん……」
記憶が戻るまで、それまでならいいよね……海斗といても。
「よかったぁ」
ほっとしたような声に、心が躍るのを抑えられなかった。
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