あなたはだあれ?~Second season~

織本 紗綾

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第二章 思い出を辿りながら

第15話 夢瑠の誕生日

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「夢瑠、誕生日おめでとう! 」
「おめでとう! 」

 鳴り響くクラッカー、弾け飛ぶ光線が流れ星のように暗い部屋を輝かせ消えていく。

「きゃー! ありがとー! 」

 子供みたいにはしゃぐ夢瑠がろうそくの火を吹き消すと、部屋が明るくなる。にぎやかに飾り付けられたリビングで、夢瑠のためのパーティーが始まった。

「夢瑠さん、おめでとうございます」
「おめでとう、はい、プレゼント」
「わぁ~い! ありがとう」
「夢瑠、ごきげんだね」
「うん! 」
「よかったね夢瑠、遥がペガサス乗って迎えに来てくれたんだもんね」
「うん、ずっと夢だったの~♡ 」
「もう、何度もそれ言わないでよ。恥ずかしかったんだから……」

 隣に座る夢瑠、もっと疲れた姿を想像していたけど楽しそうで嬉しそうで、ほっとする。

「ハルちゃん、だ~いすき♡ 」

 この笑顔を見られてよかった。腕にしがみついてくる夢瑠が妹みたいで可愛くて、ついよしよしと頭を撫でてしまう。

「私も準備がんばったのになぁ」
「樹梨ちゃんの唐揚げにも会いたかったよ~」
「いいですよ~だ、どうせ夢瑠は私じゃなくて唐揚げ目当てなんだから」

 わかりやすくいじける樹梨亜に優しい眼差しを向ける煌雅さん。

「樹梨亜の頑張りは、私が一番知っていますから」

 急によしよしと樹梨亜の頭を撫でると、樹梨亜の顔がみるみる赤くなっていく。

「ちょ、ちょっと煌、やめてってば」
「樹梨亜は可愛いですね」
「恥ずかしいってば……」

 煌雅さんはやめるどころか、笑顔で樹梨亜を覗き込んで……こっちまで恥ずかしくなる。

「ハルちゃん、樹梨ちゃん湯気出ちゃってるね」
「ね、なんかキスとかしちゃいそう」

 夢瑠と小声で囁き合う。いつもなら恥ずかしがって怒り出す樹梨亜が今日はされるがまま……煌雅さんとの距離は、さらに縮まっている気がする。

「すみません、今日の主役は夢瑠さんなのに。樹梨亜、続きはまた今度」

 近いなと思っていた煌雅さんと樹梨亜の距離がもっと近づいて、樹梨亜のほっぺにさり気なくキス。

「あ~ぁ、樹梨ちゃんぜちゃった」

 夢瑠の言う通り、まるで頭からボンッと噴火したみたいに樹梨亜は真っ赤。固まったまま、動く気配もない。

「お~い、樹梨ちゃん。大丈夫? 」
「お~い、キスぐらい照れることじゃないでしょ。夫婦なんだから」

「え……キス……!? 」

 呟いた樹梨亜は我に返ると、急いでキッチンに逃げていってしまった。

「煌雅さん、樹梨亜の反応見て喜んでない? 」
「いえ、樹梨亜はいつも可愛いのでつい……すみません、ちょっと待っててください」

 キッチンに向かう煌雅さんの背中が、なぜか海斗に重なる。

 笑顔だけを覚えておくはずだった、それなのに浮かんでくるのは最後の悲しそうな顔だけ。

 怒らせた。

 せっかくもらった連絡先も衝動的に捨てて……私は再会を台無しにしてしまった。

「幸せ、なのかな……二人でいるって」
「ハルちゃん……? 」

 あの時、海斗の背中に刺さった物が今、私に刺さっているみたいで苦しい。

「ごめんね、さっきの……忘れてくれる? 」

 キッチンからひょっこり顔を出す樹梨亜は、まだ恥ずかしそう。

「いいよ、早く食べよ」
「そうだよ、樹梨ちゃん。ご飯冷めちゃうよ」

 みんなで囲む食卓に、まだ恥ずかしそうな樹梨亜も煌雅さんも笑顔。私も、今は笑っていなきゃ。

「樹梨亜、ラザニア美味しい!! 」
「樹梨ちゃん! 何これ美味しい! 」
「樹梨亜の料理はとっても美味しいんですね。喜んでもらえてよかったね」

 まるで自分が褒められたように喜ぶ煌雅さんと、微笑み合って嬉しそうな樹梨亜。幸せそうな二人……私にもいつか、こんなふうに誰かと微笑み合う日が、やって来るのかな。

 海斗にこれからがあるように、私にもこれからがあって……無理にでも進んでしまえばきっと忘れられる、のかもしれない。


 辛い心情とは裏腹に、賑やかな夜を過ごす遥。一方の海斗もまた、思いのほか賑やかな夜を過ごしていた。


「どうしたのよ、さっきから浮かない顔して溜め息ばっかり。せっかく海斗の歓迎会やってあげてるのに」
「すみません……」

 賑やかな店内、町外れの料亭で酒を飲んで騒ぐ大人達。その中で一人、海斗だけが周りに合わせることもなく、グラスを片手に溜め息をついている。

「レモン……」
「え? レモン? 食べたいの? 」

 海斗は、話しかけて来た葵のグラスにレモンを見つけて、遥を思い浮かべた。

「なに、もしかして恋の悩みとか? 」
「恋……? 」

 海斗は記憶を失くしてから初めて“恋”という単語を耳にした。

「気になる女でもいるのかって事! もう、そんな事まで忘れちゃうの? 」

 酒に強いのか、葵は全く酔っていなさそうだ。

「遥……記憶を失くす前に、知り合った女性がいたんです。その人の事だけは憶えていて、どうしても忘れられなくて……」

 押し寄せる感情にまとまらない言葉。海斗は胸にこみ上げる感情の正体がわからない。言い終えると、グラスの中身をぐっと飲み干した。

「なぁんだ、狙ってたのに彼女いるんだ」
「でももう二度と会えないんだ……」
「だったら忘れて私と付き合う? 」

 海斗は葵の言葉に苛立ちを覚えた。握るグラスは氷だけがカラカラと鳴る。

「嫌なんでしょ、だったら答え出てるじゃない、バカ海斗」

 なぜ罵られるのかわからない。酔いが回ってきたのか熱くなる頭、葵が席を立つのがわかった。

「おい、主役~! 飲んでるか? 女たらし込んでないでこっちに来い」

 紅茶好きの校長も今日は手に焼酎を持って大騒ぎしている。絡まれるように連れて行かれた海斗は、アルコールが苦手だという事も知らずに飲まされ続けた。

 狂乱の夜、男も女もないどんちゃん騒ぎの中で、海斗の心だけは遥の名を呼び続けている。


 そして夜は更けていく。

 遥達はリビングに敷いたウォーターベッドの上で枕投げを終えて、疲れた身体を横たえていた。

 見つめる天井に浮かぶのは、仲睦まじい樹梨亜と煌雅。

 今までとは違う、心の隅にすきま風が吹くような寂しさを感じた。樹梨亜を遠い存在に感じるからか、それとも……羨ましいと、思っているのか。

「まだ、起きてる? 」

 右隣から樹梨亜の声。

「うん……」
「よかった」

 それだけ言って、黙る樹梨亜に遥の方から話し掛ける。

「樹梨亜が幸せそうで……よかった」
「うん……幸せ」

 声だけで幸せに満ち溢れているのがわかる。

「結婚したら……幸せになれるのかな」

 遥から出た問いに、樹梨亜はそっと微笑む。お互い天井を見つめたまま、表情を確認することはないけれど、樹梨亜は優しく呟くように答える。

「誰より信じられて、自分を理解してくれてる……ずっとどこかに感じてた寂しさを、煌雅が埋めてくれたの」
「そっか……」
「ロイドだから……かもしれないけどね」
「ロイドだから? 」
「うん……ロイドだから裏切らない安心感があるの。自分が得するために嘘ついたりもしないしね」

 ロイドだからこその安心感……遥は暗闇で何を思うのか黙ってしまう。

「仕事して自由な暮らしも良かったけど……結婚して家庭を持つ暮らしも、いいと思うよ」

 樹梨亜はおやすみと言って眠ってしまった。

 幸せ……結婚……暗闇の中、一人考える遥。私にもそんなことを考える時期が来たのかもしれない。

 “生涯、俺に服従すると誓うのなら許してやる”

 もちろん、そんな相手との間に幸せは待っていない。断り、関係を断つために仕事も辞めた。

 私を従わせようとした社長は、暴行容疑で指名手配され逃げているらしい。

 ロイドだからこその安心感。

 初めて樹梨亜の言葉が腑に落ちた気がする。

 社長も、理玖も……人間だから思惑があって、相手を自分の思い通りにしたくなる。

 私が好きだった人は、いつも優しく微笑んでくれたあの人はロイドだから……狙いがあって私に近づいた、だとしても、私を自分の思い通りにしようとはしなかった。

 心地よさそうに眠る樹梨亜と夢瑠に挟まれて、私だけいつまでも眠れなかった。


 翌朝、早くに帰らないといけない夢瑠を見送って解散した。寝不足でぼんやりする頭、早く帰って寝ないと痛みに変わる……それなのにバスに乗ってある場所に向かう。


 早朝の公園は静かで、朝露の匂い。

「ロイドショップ、行ってみようかな」

 別れ際、樹梨亜に言った事をまだ迷いながら歩いて、あの場所へと辿り着いた。

 石段を上がる足をふと止めた。

 誰か……いる。

 引き返そうとしたその時、その人も私に気付いて振り向いた。

「え……」

 言葉が見つからない、身体が動いてくれない。その人は、固まる私に一歩ずつ近付いてくる。
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