あなたはだあれ?~Second season~

織本 紗綾

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第一章 思い出は霞む

第4話 残り香

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「はるちゃん、今日もお仕事行っちゃうの? たまにはお休みしてお家でゆっくりしない? 」
「う~ん……でも行かなきゃ」

 休みたい、でも。重い身体を引きずって起き上がり、ふらつきながら着替える。

「はるちゃん……ちょっとお疲れじゃない? 頑張りすぎると倒れちゃうよ」
「タマごめんね、行ってくるね……今日も遅くなるかな」

 タマの声を聞きながら部屋を出る。少しでも寝たい気持ちからいつの間にか自動運転車で出勤し、10分ほどの道程みちのりも寝てしまうようになっていた。

 “到着です”

 寝ぼけた頭で車を降りる。

 昨日も樹梨亜に会った後、夕食中に呼び出されて会社に戻らなきゃいけなかった。日付が変わる頃、帰ってきて……でも眠れないまま、気付いたら起きる時間になっていた。

 ビルに入り、エレベーターでオフィスに向かう。

「おはようございます」

 ガラリとしたオフィスに一応声を掛けて入る。薄暗い……今日も私が最初。

 “笹山さん、おはようございます”

 聞こえた気がして振り返る。

 そんなわけない、どうかしてる……昨日から。あんなふうに幻を見たり、声が聴こえてきたり。

 やっぱり疲れてるのかも。

 デスクに荷物を置くと掃除を始める。新しい社長はロイドどころかロボも嫌いらしく、お掃除ロボさんも契約を切られてしまった。

 増える負担や方針への反発でたくさんの人が辞めていった。新たに入ってきた若いメンバーで何とか回しているけれど、普通ならロボやロイドのする仕事を私達がやる必要ないと、雑務を避ける人は多い。

 草野君がいてくれたら……何度もそう思った。いいかげん忘れなきゃいけない……デスクを拭きながら、思う。

『おはようございまーす! 』

 次に出勤してきたのは同じチームのたまきちゃんと橋本君。いつも一緒に出勤してくる二人は、少し前から付き合っているらしい。

「遥さん、聞いてくださいよ~、だいったら連絡くれるって言うから寝ないで待ってたのに、忘れて寝てたんですよ~」
「ごめんって……今度埋め合わせするから」

 こんな話をしながら一緒に雑務を手伝ってくれる二人を見ていると、楽しそうで……ちょっとうらやましい。

 私達にもあんな未来が待ってると、思ってたな、あの頃。

「あ、ちょっと管理課行ってきます」
「じゃあ、たまきちゃんも一緒に行く? 」
「え? でも……」
「その代わり、これも提出してきてほしいな」
「はい! 」

 嬉しそうに出ていく二人の背中を眺めていると、なぜか胸が苦しかった。






 始業前の雑務を終えると、早速モニターに向かう。いくつもの画面を見ながら一斉に始まる講義の確認。その後、担当のたまきちゃんと生徒からの質問や意見への対応、マンツーマン講義の進捗確認……やることは山積み。

「笹山さん、社長からすぐ来るようにとメッセージ来てます」
「今!? ちょっと忙しいんだけど」
「社長、遥さんのこと大好きですもんね」
「そういうんじゃなくて……」

 社長室、今の私にとっては行く度に仕事が増える憂鬱な場所。たぶん、各部署のリーダーの中で一番歳もキャリアも下な私に、無理難題を押し付けやすいだけ。

「ごめん、今は無理。早くて30分後」
「わかりました、返事しておきます」

本当は自分でしなきゃいけない連絡を橋本君に任せるほど、手が回らない。坂野さんの仕事振りには程遠い自分が、情けなくて腹立たしい。

「この半分は私が対応しておくね」
「え、大丈夫ですか? 遥さんすごく忙しいのに」
「大丈夫! たまきちゃんも動画の撮影忙しいでしょ? 3科目も頼んじゃってるしね」

 少しでもみんなの負担を減らしたい。昨年、巻さんも辞めてしまい、私達のチームは私と橋本君、たまきちゃん、短時間勤務の反町さんの4人になった。昔より3倍は増えた仕事量を、より少ない人数で回している。

「よし! じゃあ、社長室行ってきます」

 この後も仕事が山積み、帰りは何時になるだろう。疲れたけれど、気合を入れ直して社長室に向かう。

 社長室は一つ上の階、新しい社長はいつもそこにいて、たくさんのモニターとにらめっこしながら社員を監視している……そういう人。

「すみません、遅くなりました」
「いいんだ、生徒への対応も大事な仕事だからね。もう少し無駄な会話がなくなるといいんだが」
「申し訳ありません」

 見てるなら邪魔しないでほしい……そう言いたいけど言えない。カッコいいと女子社員に評判の社長、人と話している時もモニターから目を離さないこの人が、私は嫌い。

「忙しいようだね」
「はい……以前から申請はしていますが、出来ればもう一人スタッフを増やしていただけないでしょうか。もう限界です」
「いいよ、一人と言わず何人でも」
「え!? 」

 思わず大声を出すと、モニターから視線がそれて初めて社長がこっちを見た。

「すみません……驚いたもので」

 社長はふっと笑うと立ち上がり、珍しく私をソファーに座るよう促す。

「実は支社を統合することになった。県内に3ある支社を1つに、ここに全てまとめる。来月にはスタッフが補充されるから楽になるはずだ」
「そうなんですか? よかったです」
「休みも溜まってるだろうからまとめて取るといい」
「はい! 」

 久々のうれしい知らせ、長期休暇なんて何しよう、とりあえずゆっくり休んで、樹梨亜とも遊んで。

「ありがとうございます。みんなも喜ぶと思います、では……」
「うん、それと今夜、予定空けておけ。20時に迎えに行く」
「え……それはどういう……」
「社長命令だ、君に拒否権はない」
「でも仕事が……」
「私と出掛けられるのだから何としてでも済ませるべきだろう。無理ならまたオフィスに戻ってくるだけだ」

 社長命令……やっぱり社長と関わると厄介事が増える。うんざりしながらオフィスに戻る。

「それって、デートのお誘いじゃないですか!? ちょっと遥さん、どうしましょ、社長って照れ屋さんなんですね」

 興奮するたまきちゃん、憂鬱な私。社長の事なんて考える余裕もない仕事量に潰されながら、いつか楽になるその日がとにかく待ち遠しかった。






「お疲れ様です、自宅に向かいます」

 騒ぐ頭に聴こえてくる声、自宅……に帰っても眠れそうにない。次の出勤時刻まで5時間、帰って寝ないといけない葛藤が更に脳内に湧いてくる。

「待って、公園に向かってほしいの」
「公園ですね、了解しました」

 少しだけなら……かすみのような記憶と共に向かう。

 今はどうしてもあの場所に行きたい。

 早朝5時、まだ日が昇り始めたばかりの街は肌寒く、新鮮な空気が頬を刺す。しょぼしょぼした目のせいかおぼつかない足取り。でも何とか辿り着いて東屋あずまやに守られたあのベンチに座った。

「海斗……」

 呟いてみる、懐かしいその名。

 あの日から、どんなに忙しくても毎日ここに通ってきた。

 “もしかしたら会えるかもしれない”

 最初のうちはそんな馬鹿な期待をしてみたりもした。ここに来ると海斗と話しているような、優しく抱きしめてもらえているような気持ちになれた。

 でも最近は、途絶えてしまった。ここに来ても感じられない……海斗を。

 思わず出るため息。

 もう忘れろと言われている気がする。

 どうして……社長に付いていったりしたんだろう。社長命令と言われたらどこにでも付いていくのかな、私。

 とめどなく出てくる、自分を責める言葉達。

 “ロイドは有害だ”

 社長に連れていかれたのは……反ロイド集会だった。

 “認可ロイドさえも諜報活動をしている事例がある。事実、我社でも不審な情報漏洩があり確認したところ何体か盗聴や情報が悪用された形跡があった”

 知りたくなかった事実。

 そこで批判されていたのは、ロイドだけじゃなくてタマみたいな人工知能を持つロボも含まれている。

 助けられている、間違いなく仕事よりは私の心を癒やしてくれる存在なのに……タマも海斗も。

 集会に行っただけで、キャリア社員というだけで名を連ねる事になってしまった。

「海斗……」

 もう一度、その名を呼んでみる。

 海斗は何で、ロイドが禁止されている教育業界に来たんだろう。何で、人に紛れて暮らしていたんだろう。

 この間見た、海斗に似た人がもし海斗だったら……作り変えられてまた誰かに微笑んで、何かの目的を果たそうとしているのかな。

 一緒にいる頃はなかった疑いが、頭をもたげる。信じたい、やましい理由じゃないって……でも。

 恋愛ごっこ……海斗は、何かの目的を達成するために私に取り入っていた、ロイドだから意思も心もない、恋愛じゃない。

 鳥のさえずりが聴こえる。

 池に降り立ったのは二羽の鳥。

 私は……ロイドに利用されていただけなのかもしれない。

「そろそろ……お別れかもね」

 ロイドの事はもう考えたくない。立ち上がると毎日見てきた景色に、背を向ける。

 さよなら……海斗。

 とても口に出しては言えそうにない。でもこれ以上嫌な考えが浮かぶのなら、いっそ忘れたい。

 どことなく甘い朝の空気が身体中に広がる。

 ここで出逢った優しい人との時間は、胸にしまって歩き出す。仕事が楽になったら……少し休んで私を取り戻そう。

 そう思いながら車に乗り込み、また慌ただしい日常へ戻った。

 
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