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第四章 霞む未来

第32話 海斗のいた場所

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『梨理ちゃん、お誕生日おめでとう! 』
「きゃー! 」

 みんなにお祝いしてもらって、嬉しそうな梨理ちゃん。

「さぁ、梨理、ケーキにロウソクをさすよ、見ててごらん」

 煌雅さんは梨理ちゃんを抱き寄せ膝に座らせると、蝋燭を慎重にケーキに刺した。ママが火を灯すと梨理ちゃんは感嘆の声を上げる。

「うわぁ……」
「きれいでしょ? 」
「うん……きえい」
「お誕生日の人はね、ロウソクの火をふーって消すの、ママとふーってするよ」

 樹梨亜と梨理ちゃんがふーっとして揺らめく炎は消えた。

「おめでとう、梨理ちゃん」
「おめでとう~! 」

 小さなお手手をパチパチと叩く梨理ちゃんは、照れながらもとってもうれしそう。

「梨理は何歳になったの? 」

 隣にいるパパの問い掛けに指を折って数えようとする梨理ちゃんを、ママもパパも微笑ましそうに見つめている。

「えーっとねぇ、いち、にぃ、しゃんしゃい! 」
「惜しいなぁ」

 早くお姉さんになりたい梨理ちゃんの“しゃんしゃい”が可愛くて笑いが起こる。

「梨理は2歳ね」
「にしゃい? にしゃいはおねえしゃん? 」
「そうだよ、一個お姉さんになったんだ」

 梨理ちゃんに教える煌雅パパを樹梨亜が優しい表情で見つめている。

 パートナーロイド……か。

 わかっている、パートナーがロイドでも暖かい家庭は築けるんだって。今、私の目の前で樹梨亜や煌雅さんが証明してくれている。

 でもそれは……煌雅さんが最初からパートナーロイドだったから。

「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう」

 樹梨亜がケーキを取り分けてくれて我に返る。明らかにぼんやりしていたのに、理由を聞かないでいてくれる気遣いがうれしい。

「このケーキ、美味しい! 」
「でしょー、頑張って作っちゃったんだ」

 樹梨亜が作ったケーキの話で盛り上がっていると……梨理ちゃんがじ~っとこっちを見ている。

「梨理ちゃん、どうかした? 」
「かいちょはー? 」
「え? 」

 さっきまで和やかだった部屋の空気が一瞬にして凍りつく。

「梨理、かいちょのお仕事はね、いつ終わるかわかんないの、だから遥と一緒に頑張って待とうねってお約束したでしょ? 」

 慌てて樹梨亜が話してくれるけれど、梨理ちゃんはまだ不満げにしている。

「ごめん、遥……」
「ううん、いいの。こっちこそ気を遣わせちゃってごめんね」
「梨理、ケーキ食べたらパパと遊ぼうか」
「あちょばない! 」

 さっきまではしゃいでいた梨理ちゃんのテンションは急降下、大人達にごまかされている、この子の目はそう言っている気がした。

「かいちょは……りりのこときらいなの? 」

 この子、みんなと楽しくしている間も……たった数回会っただけの顔もおぼろげな海斗の事を考えていてくれたんだ。

「梨理ちゃん、海斗は梨理ちゃんが大好きだよ、今日は連れて来られなくてごめんね」

 梨理ちゃんは相変わらず私の目をじっと見ている。

「海斗はね、ちょっと大変なお仕事に行ってて……遠い所にいるんだけど、いつ帰ってこられるか私もわからないの」
「……しょうなの? 」
「うん……」
「パパよりたいへん? 」
「え? う~んと……」

 ちゃんと話すつもりだったけど、そう聞かれるとなんて答えたらいいか……うんなんて言ったら、煌雅さんに失礼な気がするし……。

「そうだよ梨理、海斗はパパよりずーっと大変なお仕事をしているんだ」

 煌雅さんが助け舟を出してくれた。

「梨理ちゃんはカイ君のこと好きなんだね」
「うん! 梨理はね、パパもママもかいちょも、はゆかも、めゆも、みーんなだいすちなの! 」

 夢瑠も梨理ちゃんに話し掛けてくれて、梨理ちゃんのご機嫌は少しずつ戻っていった。






「では、僕もそろそろ休みます。後はごゆっくり」

 あの後、割とすぐに眠ってしまった梨理ちゃんを抱きかかえると煌雅さんは2階へと上がっていった。

 この間、行けなかった旅行の代わりに今日は樹梨亜の家に泊まる。私と夢瑠がリビングでくつろいでいると、キッチンから樹梨亜がボトルとグラスを3つ持って来る。

「ここからは大人の時間ということで、ちょっと飲まない? 」
「うん、そうだね」

 グラスにワインを注いでもらう。

「夢瑠のはぶどうジュースね」
「ありがと~」

「今日は梨理の為にありがとう、乾杯」
「乾杯」

 静かにグラスを合わせる私達は騒ぎ明かしていたあの頃よりも、だいぶ大人になった気がする。

「梨理ちゃんがもう2歳かぁ~……早いねぇ」
「ね、毎日必死だったなぁ……」
「やっぱり子育てって大変? 」
「う~ん、オムツ替えとかご飯とかはピンクちゃんもいるし、成長も見られるから大変とは思わないんだけど……やっぱり目が離せないし、最近は親のやることも見てるから責任重大だなぁとは思うよ。夢瑠は? 子供考えてるの? 」
「えっ? いや……うちはまだ……」

 夢瑠からうちっていう言葉が出てくるのはなんか新鮮。兄貴と家族になった、奥さんの夢瑠。

「でもさぁ、夢瑠のとこに子供できたら……遥の甥か姪って事になるでしょ? 遥、おばさんじゃん」
「おばさんかぁ……なんかそう言われると急に歳取った感じする。夢瑠、まだいいからね! 」
「うん、まだまだずーっと先だよ、この間結婚したばっかりだもん。ただね……」
「ただ? 」
「たくさんいたら楽しいだろうなって言うの……それはそうかもしれないけど大変かなぁって……」
「それ、兄貴が言ったの? 」

 うんと頷く夢瑠に私は驚いた。

「なんか意外……」
「うん……兄貴が子供好きなんて全然知らなかった」
「まぁ~、多い方が賑やかで楽しいかなぁとは思うよ、うちも4人くらいは欲しいねって話してるし」
「すごい、たくさんだね! 」
「うん、大変かもだけど、きょうだいは多い方が楽しそうじゃない? 」
「そういえば……樹梨亜この間二人目って言ってたもんね……お酒飲んで大丈夫なの? 」
「そんな事、言ったっけ? 」
「うん、お店で……」
「笹山さん、それは守秘義務違反ですよ? 」

 樹梨亜はふざけて水野さん風に言うけど、似てなくて笑える。

「そっか……仕事上の秘密でした」
「まぁいいや。まだ妊娠はしてないけど、そろそろ二人目をと思ってるんだよね、上手く行けば来年くらいに」
「へぇ~、二人目かぁ……」
「樹梨亜、すっかりお母さんだもんね」
「そんな事ないけど……梨理も大きくなってきたしね」
「いや、すごいよ、樹梨亜は煌雅さんと協力してさ……」
「まぁ、煌雅は私のこと尊重してくれるからね。私が夢瑠みたいに人間と結婚してたら毎日喧嘩ばっかだよ、きっと」

 樹梨亜の横顔からは……それがどこまでの意味を持つのか……今でも他の誰かとの叶わなかった未来を想像しているのか、知る事はできない。

 つらかった……だろうな……。

「そうだ、私も遥に聞きたい事あったんだけど! 」
「何? 」

 樹梨亜は手酌でワインを並々注ぐと、くいっと飲んでから真顔で私を見つめる……その表情はさっきの梨理ちゃんによく似ている。

「内藤さん……だっけ? あの修理センターの人。いつの間にあんなに仲良くなったの? 」
「誰それ? 」

 夢瑠はちょっと怪訝そうな顔……目が、何かを疑っている。

「いや、別に仲良くなんかないって」
「でもあの人……すっごい無口で無表情で怖いって有名だったのに、この間ね、遥と普通に話してたんだよ? それも笑顔まで見せて……」
「なにそれー……ハルちゃん、何やってんの? 」
「だから違うってば!! 内藤さんは海斗とタマの事直してくれてるの! タマは新しく復元出来そうだけど海斗は……」

 そこまで言って言葉に詰まる。

 その言い方じゃ……まるで海斗が直らないみたい。

「海斗は、構造も……眠ってる原因もまだ分からなくて色んな事調べなきゃいけなかったから、私も内藤さんに教えてもらいながら勉強したり、海斗の特徴を伝えたりしてたの」

 そこまで一気に話すとグラスに残っていたワインをぐっと飲み干した。

 言ってしまった……秘密にしておかないと、危ないのは内藤さんなのに……樹梨亜や夢瑠は言わないって信じてるけど。

「ごめん、黙ってて。今度はそれが漏れたら内藤さんが仕事できなくなるから……」
「絶対言わない。それに今なら煌雅も聞いてない、大丈夫」
「私も黙ってる、お兄ちゃんにも言わない……ごめんね、変な事考えて」
「ごめん、樹梨……もう一杯」
「う、うん……大丈夫? 」

 樹梨がいれてくれたワインを一気飲みすると、頭がぐらーんとし始める、酔いが回ってきたのかもしれない。

 もう、色々どうでもいい……心の中のぐちゃぐちゃが溢れ出してくるみたい。

「何しても目覚めないの、出来る事は全部やったし慣れない専門書をたくさん読んだ……ロイドだったら……機械なら直るはずなのに。それなのに海斗ったら何話しかけても眠ってるだけなの!

大体……内藤さんも伯父さんも直るって言ってくれてるのに、なんで水野さんあんなこと言うの? 」
「ハルちゃん……? 」
「水野さんに何言われたの? 」
「海斗の中身を全部入れ替えてパートナーロイドにしたらどうかって。そんなの嫌だって思う私と、気になってしょうがない私がいるの。大体、海斗も……なんで私のいない所で改造の相談なんてするの? パートナーロイドになんて、そんな大事なこと、言ってもくれなかった……結婚して家族になるのに、そんな事も相談してもらえないの? 」
「ねぇ、遥……つらいよね、分かるよ……でもね、ちょっとだけ落ち着いて、私達に分かるように教えてくれる? 」
「ハルちゃん、はい……とりあえずお水飲もう」

 空になったグラスを置いて水を飲むと、冷たい物がすーっと体を流れていく。

 荒い息が……落ち着いていく。

「まず、海斗君は今も眠ったままなのね」
「うん」
「それを、内藤さんと遥で直してたの? 」
「前はそうだったの、色々調べて原因を探してた」
「今は誰か海斗君のそばにいるの? 」
「伯父さんがいる。水野さんが島から連れてきてくれたの」
「伯父さんってもしかしてあの……? 」
「うん」
「そっか……夢瑠は会った事あるのね」
「今までみんなして海斗はロイドだって言ってたのに、なんで直らないのか分からないの。人間より、直しやすいはずでしょ? 」
「そうだね……」
「カイ君は、パートナーロイドに出来るの? 」
「わからない……でも水野さんに考えておくように言われたの、どうして作り変えなきゃいけないのか分からない。どうしても……海斗が海斗じゃなくなるような気がするの」
「パートナーロイドか……海斗君は……煌雅と全然違う。正直、私まだ海斗君がロイドだなんて信じられない。どう見ても私達と同じ人間に……見えるの。海斗君をパートナーロイドにしたら遥は、正直戸惑うかもしれない。

一緒にいたい、海斗君じゃなくなるかもしれない」

 樹梨亜の言葉が、重い。

「でも……カイ君が相談したってどういう事? もしかして、前から体調悪かったの? 」
「わかんない……海斗から言い出したらしいの、パートナーロイドに改造してほしいって。その時は水野さんが断ったらしいけど……私を自由にできて、一緒にいられる方法だと思ったって……そんな事、私……何にも知らなかった」

 そうだ、海斗をパートナーロイドにするかどうかじゃない……海斗が内緒でそんな事を考えていて……隣にいた私は、それに気付けなかった。

 それが……苦しいんだ。

 急に、海斗の意向だなんて言われても。




「寝ちゃったね……」
「うん、初めてだね。遥がこんなになるの」
「うん……」

 しばらくして気づくと、机に突っ伏して眠ってしまっていた。頭が痛くて起き上がれそうもない。

「……好きだと思う……もしそうなっても責めないであげてね」
「うん……」
「遥がどんな決断をしても、私達はずっと味方でいよう」
「そうだね」

 はっきり聞こえた樹梨亜の力強い言葉に、目頭が熱くなる。

 私……こんないい友達に何してるんだろう。

 お酒飲んで八つ当たりして……おまけに秘密を、言ってしまった。樹梨亜は煌雅さんに、夢瑠は兄貴に……隠し事をする事になる。

 どうしていつも……こうなるんだろう。

 私はただ……海斗といたいだけなのに。
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