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第二章 幸せだけを

第15話 長い夜

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「異常ありません」

 いつも通り無表情の水野さんから出る機械みたいな言葉。

「本当に……何ともないんですか? 」
「はい。くまなく調べましたが、どこにも異常はありません」
「そうですか……」

 異常がないのはいい事だけど、そうなればまた週明けからハードな勤務が待つ事になる。

「異常がないのはいいけどまた過酷な労働をさせられる、そう思っていますね」
「お、思っていません。見透かさないでください」
「こんなの見透かす内にも入りません」

 今日は海斗の点検に来たのだけれど、店内にお客様と同じように通されたという事は、本当に何にもないのかな。

「海斗がロイドである以上、甘やかす訳にいきません。通常は24時間年中無休です」
「年中無休……」
「はい、ただ……」

 もったいぶらすように間を開け、黙る水野さん。

「あの、何ですか? 」
「いえ……何でもありません」
「言いかけたのならちゃんと言ってください、気になるじゃないですか」
「本当に、あなたは何も知らないのですね? 」
「え……? 」
「海斗の構造です」
「海斗の身体がどうなっているのかなんて私には分かりません。島にいる間も伯父さんが診てくれていたので」
「そうですか。引き続き調べるしかないようですね」
「お願いします」

 ずっと気になっていた海斗の身体の事。でも今日は約束がある……もっと聞きたい気持ちを抑えて、海斗の元へ急いだ。



「お待たせ」
「俺も今着いたとこ、急がないとね」

 海斗とエッグが出迎えてくれる。乗るだけで身体がふわっと浮いて走り出し、あっという間に樹梨亜の家に着いた。

「もうみんないるかな? 」
「きっと待ってるよ」

 今日はロイドショップで点検を済ませた後、樹梨亜の家に呼ばれている。きっと夢瑠の結婚の話。

「着いたね」

 エッグがゆっくり着地して、私達は降りる。ありがとうとお礼を言うとライトをチカチカ点滅させて浮き上がり、またどこかへ走っていった。

「エッグは自分で元の場所へ戻っていくんだって」
「自分で帰れるなんて賢いんだね」
「うん、賢いよね」

 エッグを見送って玄関へと歩き出す。さり気なく手を握ると、海斗がどうしたのという目で私を見る。

「ちょっとだけ……だめ? 」
「いいよ、ずっとこのままでも」
「それはだめ、恥ずかしいよ」
「鍵開いてるからそのまま入って来てー、もうみんな揃ってるんだからね」

 どこからか樹梨亜の声が聞こえる。

「これ、もしかして見られてるの? 」

 恥ずかしくなって手をほどいて、玄関のドアを開けた。

「樹梨亜? 夢瑠? 」

 静かで、薄暗い廊下。

 パンパァッーン!!

「わっ! 」
「遥、海斗君、おかえりなさーい!! 」
『おかえりー! 』

 華やかに飾り付けられたリビングに入った瞬間、弾け飛んだのは大量の……クラッカー。

「なに? どうしたの? 」
「ハルちゃんとカイ君のおかえりパーティー、まだやってなかったでしょ? 」
「え……? 」
「遥が元気になったらやろうって言ってたんだよね。びっくりした? 」
「びっくり……した」
「遥にはびっくりさせられたからね、そのお返し」

 隣の海斗は、まだ状況が掴めていなくてポカンとしている。おかえりって……言ってもらえるなんて。

「いい友達持ったことを感謝しろよな」
「あ、兄貴までいるの!? 」
「いたら悪いか」

 隣で夢瑠が微笑んでいる……そっか……そうだよね。

「さ、座って座って。遥はお兄さんの隣ね」
「かいちょはーりりのとなりねー! 」

 相変わらず梨理ちゃんは海斗がお気に入りみたいで、海斗の手をグイグイ引っ張って席まで連れて行く。なんか二人ともかわいいなと思いながら、仕方なく兄貴の隣に座る。

「なんで兄貴の隣に……」
「俺だって好きでお前の隣なんじゃない」
「ほらほら、ケンカしないで、今日はハルちゃんの日なんだからね」

 いつも通り兄貴の態度をたしなめてくれる夢瑠。そうしていると、樹梨亜と煌雅さんが飲み物を持ってきてくれた。

「さあ、みんな揃ったし乾杯しよっか。夢瑠、お願いね」

 樹梨亜の合図でみんなグラスを手にする。

「では改めてハルちゃんとカイ君のおかえりパーティーを始めます、カンパーイ!! 」
『カンパーイ!! 』

 リビングに置かれた大きなテーブルには、色とりどりの料理が並び、みんな賑やかにお喋りしている。

 飾り付けられた広いリビング、よく3人で集まっていたっけ……昔は大きなソファーやテレビがあってゲームしたりして、今とは雰囲気が違ったけどやっぱり懐かしい。そういえば海斗を初めて会わせたのもここだったな。

「みんなで飾り付けしてくれたの? すごいね」
「これ? 本物に見えるでしょ」
「本物じゃないの? 」
「映像なの。さっきのクラッカーだってゴミ出てないでしょ? 」
「そういえば……」
「最近は何でも映像で映し出せますから便利ですよ。モノが少なくて済みますし、すごくリアルでしょう? 」

 煌雅さんが教えてくれる。

「確かに、すごくリアル……なんか2年ですごく進んだんですね」
「これからだと思いますよ。一般家庭にまで普及してきたのはつい最近です」

 微笑む煌雅さんだけど……話している間も梨理ちゃんに耳を引っ張られたり、髪の毛で遊ばれたり……なんだかおかしい。

「島にいた頃はアナログだったから……ねぇ、夢瑠」

 唯一、私達の暮らしを知っている夢瑠に話を振る。

「楽しそうだったねぇ。でも、ハルちゃんが帰ってきてくれてほんとによかったなぁ」
「夢瑠……」

 満面の笑みで嬉しい事を言ってくれる夢瑠に、心がじわっと温かくなる。こんなふうに迎えてもらえるなんて……やっぱり嬉しい。

「あの、みんな……ありがとう」

 それぞれ喋っていたみんながこっちを見る。泣かないように、そう思うのに声が震える。

「何も言わずにいなくなってごめんなさい、心配かけたよね……探してくれたって、聞いた」
「びっくりしたよ、ほんとに……でも、こうして遥は目の前にいるんだし……それだけでいいじゃない」
「うん、夢瑠もそう思ってる。それにハルちゃんとカイ君が一緒にいられる事も、もっと良かったよね」

 樹梨亜も夢瑠も、それぞれの優しさで私を包んでくれる。

「まぁ、いいけどさ。大変だったんだからな……警察にも何度も行ったし、探しても手掛かりもなくて」
「ごめん」
「だから……そういう運命を持ったのと一緒になるならお前も少しは考えろ。その……何かメモの一枚残しておくとかさ、手掛かりがないとどうにもならないだろ」

 兄貴の言葉に、初めて気付いた。悩んでばかりでそんな発想……全くなかった。

「もう、そういう恐れはないのか? 今は」
「うん……一応、海斗はロイドショップの点検受けてるし、大丈夫だと思う。みんなとも、会ったりしていいって言われてるから迷惑がかかる事もないはず」
「そうか」
「俺からも……いいですか? 」

 今まで黙っていた海斗が口を開く。

「皆さんに、すごく迷惑を掛けてしまって、すみませんでした。それから、ロイドだという事実を知っても受け入れてくれてありがとうございます。すごく……嬉しいです」
「海斗君だって好きでロイドになったわけじゃないでしょ。ちょっと……まだ信じられない気持ちはあるけどね」
「ハルちゃんとカイ君は、私達のキューピーだもんね」
「ん? 」
「それ……キューピッドだろ」
「あ、そうそう。チューペットね」
「なにそれ? 」

 相変わらずの夢瑠の言い間違いが場を和ませて、笑いが起きる。

「そういえばさ……夢瑠達はいつからそういう仲だったの? 」
「え!? あ、今日はハルちゃんの日だからそういう話はいいんじゃないかなぁ」

 急に挙動不審になる夢瑠は面白くてかわいい。

「私も聞きたいな。帰ってきて一番驚いたんだから」
「ショックで寝込んじゃったからね」
「そ、そういうんじゃないって。ほら、馴れ初めもだけど、結婚するって事はプロポーズとかもしてもらったんでしょ? 」
「ん!? 」

 私の言葉に、先に聞こえてきたのは夢瑠じゃなくて樹梨亜の声。

「なに? プロポーズって。え! ちょっと待って、えーっと、プロポーズって事は……は!? 結婚する? 聞いてない、私、何にも聞いてないよ! 」
「うそ、夢瑠まだ話してなかったの? ごめん」
「ハルちゃんの日が終わったら話すつもりだったの……」
「ねぇ、ちょっと!! いくら何でも水臭すぎない? なんで二人とも私に事後報告なのよ!! 何年の付き合いだと思ってるの! 」
「樹梨ちゃん、ごめんね。ハルちゃんはご両親に挨拶した時にいたから……和君の妹さんとして、ね」
「そうそう、ねぇ、夢瑠」
「あーもういい!! 仲間はずれにするなら飲んじゃうもんね。ビール持ってこよ」
「え? 樹梨亜お酒飲むの? 」
「飲むよ! 飲みますよ、こんなの飲まなきゃやってらんないんだから。遥! 夢瑠! 」
『は、はい!! 』
「戻ったら詳しく聞くからね! 」

 樹梨亜がキッチンに消えていく……まさか知らないなんて思わなくて本人より先に言っちゃうなんて……とんでもない爆弾を落とした気がする。

「遥さん、夢瑠さんすみません。樹梨亜がああなると長くなりそうです」
「いえいえ、悪いのは私なんで……」
「お前なぁ、タイミングって物があるだろ……根掘り葉掘り聞かれたらどうするんだよ」
「だからごめんって。聞かれたらちゃんと答えるしかないよ」

 こうなったら飲ませて気分良くなった頃に話題変えるしかない。頭の中で作戦を練る。

「で? 夢瑠の結婚はいつ決まったのかな? 」

 ビールをグイッと飲んだ樹梨亜はいつもと迫力が違う。顔色一つ変わらない樹梨亜……酔わなかったら、どうしよう。

「えっと……10日くらい前かな、ほんとごめんね、今日ちゃんと言うつもりだったの」

 夢瑠の言葉には答えずにまたグビッと飲む樹梨亜。空になった缶が軽い音を立てる。

「煌、もう一本ほしい」
「もう少しゆっくり飲んだほうが」
「欲しいの! お願い」

 煌雅さんが立ち上がってキッチンへ。その間も樹梨亜の怒りは収まりそうにない。

「おい、どうすんだよ」

 小声で兄貴が私をつつく。

「どうしよ、だってこんな樹梨亜見たことないもん」
「そこの兄妹!!  」
『は、はい! 』
「何こそこそ喋ってるのかなぁ~? 」

 その笑顔に思わず背筋が寒くなる……すごく……怒ってる時の樹梨亜だ。

「それで? うちの夢瑠どうやってたぶらかしたのかなぁ~」

 樹梨亜が兄貴に絡み始めた所で煌雅さんがお酒を持って戻って来る。大きいボトルを兄貴の目の前に置く樹梨亜の目が据わっている。

 夜はまだまだ続きそう。

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