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第三章 運命の曲がり角
第十二話
しおりを挟む「おつかれー!!」
「おつかれさまー」
二日間、続いた学祭は大成功。部誌も完売して皆でたくさん盛り上がって、先生とも一緒にいられて。
夕方……私達は一般の人達が帰った学校で部室の片付けをしていた。
「あ~ぁ、終わっちゃった」
「そうだな……」
皆で付けた飾りを外す。お祭りが終わったこの時間が一番さみしいし、三年生はこれで正式に引退となる。
「まだ終わってないだろ」
「終わったじゃない……片づけ終わったらもうやることないんだから」
佐藤元副部長と吉永元部長のやりとりすら、名残惜しく感じる。一応、日を改めて三年生の送別会を計画しているけれどそれはまだ内緒だし、もうこんなやり取りを部室で聞くことも出来なくなる。
「終わったらこれ、やるぞ」
佐藤先輩が出したのは花火セット。
「花火だ!! 」
「先輩、それどうしたんですか? 」
一気にざわめき立つ部室。みんなさっきの寂しさが嘘のように顔が輝いて楽しそう。
「おつかれー、片付け進んでる? 」
仕事を済ませて様子を見に来た先生にも話したら予想以上に場が盛り上がり、私達は簡単な打ち上げをする事になった。
秋の夕暮れは、鈴虫の鳴き声と涼しい風が心地よかった。夏休みが終わってから2ヶ月近く、この学祭の為に話し合ってたくさんの準備をしてきた。
それももう終わり……うっすらとした寂しさを抱えながらみんなで学校の裏手にある土手まで歩く。
「すごーい、こんなとこがあるんだ」
「隠れスポットなんだよ、花火するにはちょうどいいだろ」
彼女の梨奈ちゃん情報だと、佐藤先輩はこの日の為にこっそり打ち上げを計画していたらしい。寂しいんだと思うよって笑う梨奈ちゃんに、心から通い合っているんだって感じる。
まだ日が暮れたばかりの藍色の空に包まれた私達の元に、遅れて合流した先生が駆けてきた。
「お待たせ」
「ジュースだ!」
「やったー! 先生のおごり? 」
「佐藤が払うのかと思った」
「なんでだよ」
「まぁ、いいや。今日は特別な」
みんな喜んでジュースを選ぶのを見ていると、なんだか嬉しくなってくる。一時期は部員が減ってどうなるのか不安だったけど、無事に学祭を終えることが出来てよかった。
「はい」
「ありがとうございます」
先生が私にくれたのはピーチティー。先生も同じのを持っている。嬉しくてこっそり頬が緩んでしまう。
「あとこれも」
「あれ? 私の……持ってきてくれたんですか? 」
「冷えるから」
「ありがとうございます」
受け取って目を見ると、そこには私と先生しか居ないような気持ちになる……でもそんなはずはなくて。
「やだぁ、先生と史織ちゃんが見つめ合ってる」
「ほら、だからベストカップルだって言ったじゃないですか」
「マジかよ……何してんだよ先生」
「たまたま部室に置いてあったの目に入っただけだってば。ほら、もう秋なんだから冷えるだろ? 」
「先生、私達のは? 史織ちゃんのだけですか? 」
「いや、ほら……吉永達は彼氏にしてもらえ」
後ろから聞こえる声に動揺しながら返す先生、どんな気持ちでも、たまたま気づいた事だったとしても嬉しくて、それだけで心が暖かくなる。
「ほら、花火やるんだろ」
先生が話題をそらしてくれて、みんなで手持ち花火を選んで順番に火を点けると、サァーッという音と共に金色の火花が滝のように流れ始める。
「きれい……」
思わず呟いてしまうほど、藍色の空に金色の花火が輝いている。
「そうだな」
隣で微笑み返してくれる先生。
吉永先輩も佐藤先輩も……子供みたいに花火を楽しむ。手持ち花火にロケット花火、ねずみ花火……暗闇の中で輝く光にはしゃぎながら終わりゆく夏を、終わりゆく青春を見送った。
「よぉーし!! 次はこれだ、誰がつけにいく? 」
「打ち上げ花火もあるのか」
「それはやっぱり佐藤だろ」
「なんで俺なんだよ……よし! じゃんけんしよう、じゃんけん! 」
手持ち花火もほとんど終わって落ち着いた頃、打ち上げ花火を誰が点けに行くのか、男性陣がじゃんけんし始めた。
「なんかさぁ、子供だよねぇ」
「うん、おんなじ年とは思えないぐらい」
吉永さんも梨奈ちゃんも、視線の先はそれぞれの大切な人を見ている。
私の視線の先は……先生。
だめだってわかってる。先生と生徒として出逢ったし、私はまだ成人していないし。でもひっそり胸の奥で想っているだけなら……ゆるしてもらえないかな。
「ねぇ、先生ってさ、ああしてると生徒みたいだよね」
「うん、一緒になってはしゃいでるし」
先生、本当に楽しそう。春に出逢ってから今までで一番楽しそうな表情してる……本当に、先生が生徒だったら……いいのに。
「そういえば史織ちゃん」
「はい」
「さっき先生言ってくれた? 似合ってるとか、きれいだとか」
「びっくりしてました、いきなり目の前に私がいたから」
「そうなの? じゃあ、言ってくれなかったんだ。女心がわかってないんだから」
男性陣の知らない所で繰り広げられる女の子の会話。先生はじゃんけんで勝ったらしく、ガッツポーズをしている。
「ほら、ガッツポーズしてる」
「ほんとだ、笑えるね」
その様子が面白くて、私もつい笑ってしまう。
「先輩、あの事言わなくていいんですか? 」
「あぁ、そうだった」
「何ですか? 」
「さっきね、先生嫌がったでしょ? 史織ちゃんのドレス姿をSNSに載せるの」
「嫌だったんですか? 時間が気になってたんだと思ってました」
「あれね……誰にも見られたくなかったんだって、史織ちゃんのウェディングドレス姿」
さらりと秋の夜風が吹く。
「今は無理でもさ、卒業したらいいんじゃない? こんな近くにお似合いの人いるのにもったいないよ」
「お似合いだなんて私じゃ……先生に釣り合わないですよ」
「ふふっ。まぁ……今はいっか。先生には口止めされてるから知らない事にしてね」
「はい」
もしも……もしも、この気持ちが先生と一緒だったら、どんなに嬉しいんだろう。今までずっと真面目に生きてきて、だめだよって言われる事はした事がない。でも、もし先生と同じ気持ちでいられるのなら……大人とか子供とか、常識とか考えられなくなるかもしれない。
順番が決まったのか、男性陣が帰ってきてそれぞれ彼女の隣に座る。
先生は……私の隣。
「じゃんけんは佐藤と平田が弱いな」
そう言って笑いながら。
“ウェディングドレス姿、誰にも見られたくなかったんだって”
隣に先生の温もりを感じながら、ブランケットにくるまってさっきの言葉を思い出す。
そんな風に、思っていてくれたんだ。
先生の横顔、眼差し、一つ一つが好き……期待、ちょっとだけしてもいいのかな。これからたくさんの時間を過ごして、私が大人になって……卒業する、いつか迎えるはずのその日にもし……お互い同じ気持ちだったら。
「どうした? 」
「いえ、なんでもないです」
「見てないとあがっちゃうよ、花火」
「はい」
そう言われて正面を見つめると、ちょうど一発目の打ち上げ花火が上がる。小さなピンクの打ち上げは一瞬、輪になって輝いてハラハラと散っていく。
「儚いもんだな……」
「そうですね」
小さな打ち上げ花火は本当に一瞬だけ咲いて、その命を終える。
「よし! 今度はナイアガラだ! 」
遠くから聞こえる佐藤先輩の声。
「あのさ……」
「なんですか? 」
「…………」
ザァーッと雨のような花火の音、今……今、先生が何か言ったはずなのに、聞こえなかった。
花火が静まり、消えていく。
「さて、次は俺の番」
何を言ったのか聞こうと思った。でも私が口を開くより早く、先生は立ち上がる。
「先生? 」
声を掛けたけど、その背中はもう振り返ってくれなかった。
目を開けるといつの間にか空は白み始めていて、レースのカーテンから薄明かりが漏れていた。
寝ちゃった……。
スマホは先生とのページを開いたまま、メッセージが表示されている。思い出せば思い出すほどいまさら……言える言葉なんて何もない。私は先生を傷つけて、そのまま離れるしかない運命。
夢はいつか醒める。
先生が何を言おうとしていたか、それは分からないままだけどなんでいつも隣にいてくれたのか……冷静に考えればわかる気がする。
みんなと違って私はいつも一人でいたから。
私に、恋愛感情があるわけじゃない。
あの日見た花火のように、私の小さな恋は散った。
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