桜の時に思い出して

織本 紗綾

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第三章 運命の曲がり角

第十一話

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 泣き疲れた私は、ベッドの上で抜け殻みたいにぼーっとしていた。なんであんな事言っちゃったんだろう……ぐるぐるとずっと考えていた。

 色んな事があった。頭を悩ませたり、いらついたり、胸をときめかせたり……でもどの時間も隣には先生がいて視線を交わすだけで心強くて幸せだった。

 ありがとうって、最後は笑って終わらせたかったのに。

 先生の事が大好きだった、今もその気持ちは変わらない。でも辞めないといけない。両親が学校に苦情を言って、部活を辞める事も卒業まで部活動をしない事も……勝手に決められてしまった。

「史織の体調を心配しての事だよ、部活なんかやっているとどうしても帰りが遅くなるだろう」

 心配……そう言われてしまったらどうしようもない。反発なんかしたら両親はもっと学校に強く言っていく気がする。事を荒立てて、先生や部の皆を振り回したくない。

 嫌われる前に、全部壊してしまう前に。

 幸せだった……頭に浮かぶのはどうしても先生の笑顔ばかり。

「またあしたね」

 目を閉じると浮かんでくる、あの場所とあの笑顔。毎日毎日、重ねてきたのにもう、明日から明日は来ない。

 孤独だった、殻に閉じこもっていた私にそっと寄り添ってくれた。

 先生……どう思っただろう。

 最後に見た先生は傷ついていたかもしれない。

 やっぱり……スマホを取り出してメッセージを送ろうとする。今からでも謝ろうか……先生の名前をタップする。

 出てくる今までのメッセージ、特に学祭の準備をしている間はたくさんやり取りしたなぁ……目を閉じた私は、幸せな気持ちを思い出したくて先生と過ごした時間へ向かった。






 二学期は、体育祭や学祭の準備で慌ただしく賑やかに過ぎていく。校内の雰囲気もふわふわして遊園地にいるみたいな感覚だった。

 文芸部は毎年、部誌を作って販売している。今年は発行部数も作品数も多くて大変で、みんな出来るだけ遅くまで残って作業をし、先生も編集作業を手伝ってくれた。

 先生と話す事は減ったけどこの頃は少し気持ちも落ち着いてきて、みんなに混じって部室で過ごせるだけでいい、そう思えるようになっていた。

 そうして迎えた学祭当日。

 私達は部室をきれいに飾り付け、交代で部誌を販売した。

「いらっしゃいませー! 」
「こんにちは~、よかったら見ていってください」

 廊下を歩くお客さん達に呼び掛けしたり、接客したり……バイトみたいで忙しいけど楽しい。

「交代するよ、色々あるから回ってきたら? 」

 お昼前に先生が交代してくれて、吉永さんや矢口さんとはしゃぎながら外に出る。

「すご~いっ!! 私、この学祭やりたくてここに決めたんですよ~! 」

 初めての矢口さんは、建ち並ぶ屋台やイベントに大はしゃぎしている。

「うち、学祭だけは派手だからね~」
「今年は特に賑やかいですよね」

「いらっしゃ~い、美味しいたこ焼きいかがですか~」
「クレープ、美味しいですよー」

 三人で話している間も美味しそうな匂いとたくさんの呼びかけが聞こえてきてお祭りに来ているみたい、並木道の人通りも多くて私でも楽しい気分。

「あっ!! 史織せんぱーい! 」
はなちゃん、ひさしぶり」

 脚本を書いたことがきっかけで知り合った華ちゃんは、人懐っこくてたまにこうして声をかけてきてくれる。イベントだからか今日は妖精のコスチューム。

「おひさしぶりです」
「今日は妖精さん? かわいいね」
「ありがとうございます♡ あ! もしよかったら先輩達もどうですか? コスプレ撮影会やってるんです。本格的なヘアメイクで奇跡の一枚撮れますよ♡」
「先輩! やりましょやりましょ」
「え!? あ、私達はいいから矢口さんやっておいでよ」
「何言ってるんですか、先輩達も道連れですよ!! 」

 若くて元気なはなちゃんと矢口さんのパワーに負けて、吉永さんと私も仕方なく付いていくことに。

「うわ~!! いろんなのがあるんですねぇ!! 」

 最新アニメの着ぐるみ、着物、甲冑、ロボット……広い室内をぐるりと取り囲むように並べられた衣装の数々に、ちょっとびっくりする。歩いていると、この間のジュリエットの衣装を見つけた。綺麗にトルソーに着せられている。

 これだったら……着てみたいかも。

「史織先輩!! ちょっとちょっと!! 」
「なぁに? 」
「はい! ここ入ってください! 」
「え!? なに? ちょっと……」

 矢口さんに呼ばれて振り向くと、急に押し込められて四角い衣装部屋に入れられてしまった。

「じゃあ、先輩の事お願いしま~す! 」
「任せといてください、とびっきり綺麗にしますね」

 外で聞こえる声にソワソワする……何されるんだろう。嫌な予感。

「先輩! ちょっと待っててくださいね」

 華《はな》ちゃんが一瞬、カーテンから顔を出したかと思ったら、またすぐいなくなってしまった。

「よろしくおねがいしまーす」

 え……!?

 入ってきた人が持っていたのは、ウェディングドレス。驚いて戸惑う内に手際よく着替えさせられ、いつの間にか本当に本格的なヘアメイクまで終わっていた。

「せんぱーい! 開けますね」

 はなちゃんの声でカーテンが開かれる。

「えっ!! ヤバ……」

 固まる華《はな》ちゃんの顔で不安になる。鏡に映っているのは私の顔だけで、自分では似合っているかどうか分からない……でもこの反応。

「あ、に、似合わないよね、こういうのは華《はな》ちゃんとか吉永さんの方が……」
「似合ってますよ、すっごく!! ちょっと!! 矢口さん! 吉永先輩も早く! 」

 華ちゃんは私に返事もせずに慌てた様子で二人を呼ぶ。

「史織ちゃん……」

 吉永さんの顔も固まっている。なんだか恥ずかしいから、もう早く脱ぎたい。

「そうだ!! せ、先輩、私、ちょっと行ってきます!! 脱がないでくださいね! 写真、写真先に撮っててください! 」
「え……? 」

 私を置いて矢口さんはどこかへ駆けていってしまう。

「史織先輩、じゃあ、写真撮りましょ」

 華ちゃんに誘われて、言われるがままに動いて撮影してもらう。なんかバタバタ慌ただしくて……さっきまで部誌売ってたのに変な感じ。

「背筋伸ばしてくださいね、そう、あと目線は少し遠くを見るような感じで」
「はい」

 それにしても綺麗……こんな素敵なドレス、いつか本当の意味で、着られる日が来るのかな。

「史織ちゃん」
「はい……え? 」

 吉永さんに呼ばれて振り向くと、そこにいたのは吉永さんじゃなくて……先生だった。

「先生? どうしたんですか? 」
「あ、えっと……その、矢口達になんか連れてこられたんだけど……そういう事か」
「そういう事? 」
「着せられちゃったの? 」
「あ……はい。矢口さん達は? 」
「あ、なんか外で待ってるって」
「呼びます? 」
「あぁ、そうだな」

 ぎこちない会話。

 しばらく忙しくてこんな事もなかったのに、矢口さんのいたずらでまた先生に気まずい思いをさせちゃった。外を見る先生の背中を見つめる。

 先生は……どんな人と結婚するんだろう。きっと聡明で優しくて清楚で……ちょっとだけうらやましく思う。

「あのさ……」

 背中に語り掛けていると先生が急に振り返って、初めて目が合った。

「ごめんね、先に言わなきゃいけなかった」
「何がですか? 」

 先生と二人きりは久しぶりでドキドキする。ヒールのせいで先生の顔がいつもより近いからかもしれない。

「綺麗だよ、よく似合ってる」

 そんなふうに目を見て言われたら……顔から火が出そうで、結局、顔が見られない。

「なんか雰囲気違うし、恥ずかしいな」
「そうですね」

 矢口さん達を呼ぶと言ったはずの先生が一歩ずつ、近付いてくる。

「先生? 」
「ん……ひさしぶりだからさ、ちょっといいかな」
「はい」

 先生が、すぐ近くまで来てる……胸の高鳴りが部屋中に響きそう。

「せんせー、まだー? 開けますよ」

カーテンが開いて、明るい陽と共に華《はな》ちゃんや矢口さん、吉永さんが入ってくる。

「な、お前らいきなり入ってくるなよ! 」
「え~、何度も呼びましたよ? 先生が史織ちゃんとイチャイチャしてるから聞こえなかったんでしょ」
「イチャイチャなんかしてないって」

 賑やかな矢口さんや華《はな》ちゃんに言い負かされている先生がちょっと面白くて笑ってしまうけど、馴れないメイクでそれすらもぎこちなくなっているような気がする。

「でも、本当に綺麗よ、史織ちゃん。そのまま花嫁さんになれそうなくらい」
「ありがとうございます」
「史織先輩、このまま脱ぐのもったいないから少し外を歩きませんか? イベントの宣伝にもなるし……そうだ! SNSにも上げちゃいません? 」
「それはだめ」
「え? 先生、まだいたんですか? 」
「まだって……吉永さん達が呼んだんでしょ、とにかくSNSも外を歩くのもだめ、忙しいんだからなるべく早く戻ってきてね」

 それだけ言って先生はいなくなってしまった。もう少し……二人で話したかったな。そう思いながら背中を見送る。

「こんなに綺麗なのに……変なの」
「忙しいもんね、お昼買って部室に戻ろう」
「そうね、残念だけど時間がね」

 華ちゃんにお礼を言って元の制服に着替える。普段しないメイクのせいでまだ変な感じだけど、魔法が解けたような気持ちで昼食を買って、部室にいるはずの先生の元に戻った。

 シンデレラみたいに魔法をかけてもらった束の間の時……似合ってる、そう先生に言ってもらえたことが嬉しくて久しぶりに胸が高鳴る。最後、ちょっとだけ機嫌が悪そうだったけど大丈夫かな。心配しながら部室に入ったけど、先生はもう仕事でいなくなっていた。
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