桜の時に思い出して

織本 紗綾

文字の大きさ
上 下
2 / 15
第一章 出逢い

第一話

しおりを挟む

 今年もまた桜が咲いて二年になった。

 始業式を終えた後、にぎやかな生徒の群れを避けて図書館にこもっていた。少しの間、本を読みながら静かになった頃を見計らって外に出てくる。

 咲き誇る桜並木に見とれながら、ゆっくりと歩く。

 わざわざ遠くに観《み》に行かなくても、日常のこんな所にもある絵画のような景色は、私だけの宝物を見つけた気がして嬉しい。

 思いっきり息を吸い込んで、すぅーっと吐き出すと気持ちいい。縮こまっていた身体がふわっと開放されたような感覚に心おどらせていた。

 そんな、珍しく浮かれた気持ちの日に出逢ったのがあの人だった。

 本の続きを読もうと図書館から部室に向かっていた。誰も寄り付かない、あの静かな部屋なら家にいるよりも集中できる。そう思って部室に行ったのが、思えば間違っていたのかもしれない。

 案の定、誰もいない部室に入って窓を開けると、心地良い春風が埃《ほこり》臭《くさ》さを消してくれる。ちょうど良く陽が入る席を選んで座ると、本を開いてさっきの続きを読み始めた。






 パチン!!

 次の瞬間、パッと周りが明るくなった。

 驚いて顔を上げると、見知らぬ男性が立っている。この人が電気をつけたんだ……スイッチに手を掛けたままのその人は、私を見てニコニコと微笑んでいる。

「部員さん……かな? 」

 読書を邪魔されたからかもしれない、なぜか私は、その人の好《よ》さそうな笑顔に苛立《いらだ》ってしまう。

「はい、そうですけど……」

 少し考えれば聞いていた新任の先生だという事はわかったはずなのに、つい不審者を見るような目を向けてしまったのを、今もよく覚えている。

「新しく顧問になった澤田さわだです。よろしく」
「よろしくお願いします」

 生徒にするとは思えないほど丁寧な挨拶に、私も慌てて挨拶をした。でもなんだかいい気がしない、人と関わるのが苦手だからクラスメイトとか先生とか、やむを得ない場合にはしっかり心の準備をしたい。それなのにこんな不意打ち……心臓がずっとバクバクと音を立てている。

「他の部員さんは? 」
「他は……あまりここには来ません、どこかに入部しなければならないので籍だけ置いてるんです」
「それは幽霊部員ってこと? 」
「そうですね」
「そうなんだ。で、えっと……君が部長さん? 」
「いえ、部長は三年の吉永さんという方で、塾があるので部室に来るのは週に一度です、月曜に来ると思います」
「月曜かぁ、月曜は会議とかで来られるか分からないんだけど……でも会っておかないとね」

 私の冷たい態度にも笑顔を崩さない先生は、私の事をどう思っていたんだろう。

 本の続きが気になっていた私に、先生はまだ話し掛けようとする。

「名前……聞いてもいいかな? 」
「あ、えっと、神崎かんざきです、神崎史織かんざきしおり

 つい慌てた。しっかり話せていると思ったのに名乗るのをすっかり忘れていたなんて。

神崎かんざきさんね、よくここに来るの? 」
「はい、本を読みたくて……」

 恥ずかしさで顔が上気してる、早くここから逃げたい、帰ってくれたらいいのに。

「そうなんだ、邪魔しちゃってごめんね」
「いえ……」
「でも時間だいじょうぶ? 暗くなってきてるよ? 」
「いま何時ですか? 」
「5時になったかな」

 時間を聞いた私は更に慌てた。没頭していたとしても一時間くらいだと思ったのに、三時間もここで本を読んでいたなんて……またやっちゃった。

「帰らなきゃ。すみません、失礼します」

 慌てて本をかばんに押し込めて上着を羽織る。

「気をつけてね」

 先生の横をすり抜けて走り出した私の背後から大きな声が聞こえたけど、返事はもうしなかった。






 息を切らして外に出ると、夕陽のオレンジが押し込められて空は藍色に染まり始めていた。駐輪場にぽつんと残された自転車を見つけ、駆け寄る。

 鍵を取り出そうとかばんを開けると、変えたばかりのピンクのスマホが光っている。

[今日、帰り遅いの? 13:47]
[何時頃になりそう? 15:08]
[遅くなるのはいいけど大丈夫なの? 連絡くらいしなさい 16:46]

 お母さんからだった。今日は始業式だったから、普通なら昼過ぎには帰れていた。連絡しなかったし、全然気づかなかったから怒られても仕方ない。

[ごめんなさい、本読んでて。すぐ帰るね 17:12]

 返信してから急いで自転車に乗り、桜並木を瞬速で通り過ぎる。今度は景色を眺める余裕もないまま門を出て坂を駆け下りていく私は、自由になりたい、そう思っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

シチュボ(女性向け)

身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。 アドリブ、改変、なんでもOKです。 他人を害することだけはお止め下さい。 使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。 Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...