上 下
57 / 59
ChapterⅣ 終結

54.欲情 〜lust〜

しおりを挟む

 それから数日、攻撃は収まったのか街は静かになり、患者の数も減っていった。腕を切断せざるを得なかったあの患者も義手が手に入り、治療の目処が立った。苦難を乗り越えた海斗、今は一刻も早く……はやる心は既に遥の元へ向かっている。

「海斗君。どうかね、この後、ひさしぶりに家で食べて行かんか。たいした物は出せんが」
「すみません……家に帰らないと」
「そうか。それは残念だ」

 隣で白衣を脱ぐ老医師は野太い眉を不機嫌そうに歪める。由茉の父親だ。平和な頃からよく若い医者を家に呼んでは酒の相手をさせる困った年寄りで、海斗もよく相手をさせられては家に帰れず、でも嫌われたら医師としてやっていけないと我慢してきた。

「すみません……」
「パパ怒らないであげて。海斗先生はとっても勉強熱心でね、治療法の検討をしたいだけなの、ね? 海斗先生」
「あ、あぁ……そうなんだ」

 謝る海斗に由茉が助け舟を出す。にっこりと笑顔を向ける彼女の方が実は一枚上手うわてだ。

「そうだったのか、それは殊勝な事だ。ちょうど私もそれについて話したかったんだ。親父さんの為に草野総合病院も再建せんといかんしな。さぁ、行こう。あの子達も待っている事だ」
「え……? どうして」
「夢瑠さん、仕事が忙しいからって私に蓮君と美蕾ちゃん預けに来たんです」
「そんなはず……」
「さ、行きましょ、海斗先生♡ 」
「でも……」

 子供達を人質に取られ、海斗は強く拒絶する事が出来なかった。

「もっと私達に頼ってください。義手の用意も病院の再建も、一人ではできない事です。遥さんの為にも……ね? 」

 微笑む由茉、海斗はついていくしかない。シェルターを出て由茉と歩き始めた背中は家から遠ざかっていく。



 その頃、遥は怒涛の勢いで家事をこなしていた。

 冬服と夏服を入れ替え、洗える物はできる限り洗った。そして家中をくまなく掃除すると、干しておいた冬用の毛布やラグを入れて冬支度を整える。

 そして、子供達の寝室から大きな箱を出してくると小さくなった服達をしまう。遥は子供達の着られなくなった洋服を専用の箱に入れて大切に保管していた。初めて買った新生児用の肌着やロンパース、初めての靴や帽子も……そうして子供達が大きくなる度にこの箱を開けて、手にとっては想い出に浸るのがささやかな楽しみだった。

 今年もまた……手にとって懐かしそうにそれを撫でる。

 頬を、涙が一筋流れていく。

 蓮と美蕾、そして海斗を、遥は心から愛している。

 しかしもう、やるべき事は全て終えてしまった。今夜も帰ってはこないだろう。もしかしたらこのままもう二度と、帰ってくることはないかもしれない。

 それでいい、由茉さんと新しい暮らしを……立ち上がり箱を片付ける。

 遥は誰にも言わず、今夜家を出るつもりでいる。


 そして生気のない瞳で道具を用意して二階に上がると、内藤の部屋へ。静かに足を踏み入れると、ゴソゴソと起き上がる音がする。

「もうそんな時間か」
「どう? 具合は」

 気だるそうに起き上がる内藤に悟られないよう笑顔を作る。このところ遥は毎日決まった時間に、傷の手当てに来ていた。

「毎日毎日、何動き回ってんだ」
「ごめんね、うるさかった? 」
「そういう問題じゃねぇ」
「寒くなってきたから冬物に入れ替えないと。奏翔さんも寒くなってきたでしょ。後で持ってくるから」

 話しながらも慣れた様子で包帯を解いてガーゼを外す。

「あいつら何やってんだ」
「よかった……やっと乾いてきたみたい」

 答えず話をそらすように傷口を見つめる遥。

「もういいと思うけど、海斗が帰ってきたら一度診てもらって」

 新しいガーゼを当てて丁寧に包帯を巻く仕草。すべてがいつもと同じ、何も変わらない……しかし。

「お前……」
「なに? 」

 何かはっとした表情、でも言葉は出ない。

「ごめん、痛かった? 」
「いや……」

 内藤は黙り込んだまま俯く。いつになく丁寧に包帯を巻き、結び終えた遥が立ち上がる。

「もう終わったか」
「うん……あ、お腹空いたでしょ。何か」

 内藤は突然手を掴み、華奢な身体をぐっと抱き寄せた。

「奏翔さん……やめて、苦しい……」

 離したくない、想いは強まり力がこもる。あまりに強く抱きしめ過ぎて胸の中から声が。

「最近してないんだ、いいだろ? 」

 そっと、腕の力を解くと強い眼差しで遥を見つめて唇を奪う。一度、離すとまた見つめて頬を撫でる。

「いつもみたいにして」

 甘い囁き、諦めた遥は唇を寄せて言われた通り舌を絡ませる。

「んっ……」

 絡み合う熱、深く交わり漏れる甘い声。静かな部屋に響く水音が欲情を誘う。

 何もかも忘れ、溺れていく。


 カシャーン!!


 けたたましい金属音。

「海斗……」

 驚いて振り返った遥から声が漏れる。

 どうしてここにいるのか、熱く求め合う姿を見てしまった海斗は茫然と立ち尽くしている。

 足元に散る、シルバーのバットや包帯達。


「遥……」

 海斗の存在を無視するよう甘く囁き、見つめる内藤。こっちを見てと言うように頬を撫でると引き寄せてまた唇を奪う。

 浅く深く、見せつけるように唇を濡らし、抱きしめる手は腰元に回る。

 深い仲を思わせる触れ合い、海斗の見ているその前で遥の唇は内藤に抱かれる。

「遥は俺のだ」

 その言葉は遥に、海斗に、どう響いたのか。睨みつけ威嚇する内藤、止めもせず海斗は部屋を出ていった。

 悲しみに暮れ、呆然とする遥。

 耳元に口づけをされながら、海斗が去った後を眺めている。



 長い間、均衡を保っていた三人の関係は壊れた。

 子供達を連れて帰ってきた海斗は調べ物があると言って書斎に籠もり、内藤も降りてくる様子はない。

 寝室で、子供達の寝顔を眺める遥。

 ふとリビングの方から物音が聞こえて部屋を出る。


「海斗……? 」

「ん? 」

 間の抜けた声、ひとつだけ灯る蝋燭の明かりはゆらゆらと揺れている。

 むせ上がるような、強烈なアルコールの匂い。

「海斗、どうしてお酒なんか……」

 気まずさも忘れ駆け寄る遥。ダイニングテーブルには洋司がコレクションしていたブランデーの瓶が。空いていなかったはず、それなのに既に半分ほど飲まれている。

 完全に酔っている、とろんとした瞳。

 ここに座ってというようにトントンと自分の隣を叩く海斗、遥がおとなしく従うと覗き込むようにその瞳を見つめる。

「抱かれてるのかと思った」
「昼間はごめんなさい……でもお酒はやめて、ね? ちゃんと休まないと」
「どこまでされたの? 」

 鋭い問いが遥の胸を貫く。

 探るような瞳を交わすと海斗は遥の腕を掴んで、引き寄せてキスを。ひさしぶりの触れ合い、覆い被さるように押し倒すと、海斗の唇が首筋をなぞる。

「ぃや……」

 泣きそうな表情、怯えるように震えながら遥は小さな抵抗を見せる。それでも止める事のない海斗、いつもと違って強引に服をはだけさせると、痩せた胸元にキスをする。

「やめて……海斗お願い、こんなのいや」
「あいつにはおとなしくされてたくせに」

 その言葉に動けなくなる遥。抵抗をやめ、震えながら目を閉じる。

 重く、胸元に体重がかかった。

「海斗……? 」

 はだけた肌に髪の感触、ずっしりとした重みがのしかかる。

「ねぇ、海斗……」


 遥が少し顔を上げてみると酒が回ったのか、海斗は眠ってしまっていた。

 目を閉じ、そっと髪を撫でる。

 こんなふうに触れ合うのもきっと、今夜が最後。

 ふわふわの柔らかい髪、相変わらずお酒に弱い疲れた身体。ロイドだった過去を乗り越えて、生きる道を見つけて、毎日必死に頑張って、これからもこの街の人達を救い続ける。

 髪を撫でるとまた涙がこぼれおちる。


「何してんだ」

 低い声に気づき、遥は慌てる。

 見られてしまった、起き上がろうとしても重くて起き上がる事ができない。遥の前まで来た内藤は、遥の胸で眠る海斗を引き剥がすと、はだけた胸元に動きを止めた。

 とっさに隠す遥。

「違うの……」

 はだけた服を手で抑え、子供達の寝室がある方へ。

 しかし内藤は、それを許さなかった。

「やっ、離して……」

 細い腕が折れてしまいそうなほど強い力で掴むと、引っ張ってむりやり二階へと連れていく。

 そして強引に部屋に連れ込むと、扉に鍵をかけ壁に押し付けるように迫り強引にキスをする。

「どこまでされた? 熱いキスでもしてもらったか」

 怒っている、内藤は激しい独占欲をあらわに何度も唇を重ねる。誰のものか教え込むように熱いキスを。自由を奪い、ボタンに手を掛けワンピースを脱がすと白い柔肌を舌でなぞる。

「あっ…やぁ……やめ……はぁ……」

 弱い抵抗、拒絶する声が甘い吐息に変わっていく。何度もこの男に抱かれ、弱い所を知られている。

 遥は非力だった。

 押し倒されてベッドに、もつれるように倒れ込むと下着を剥ぎ取られ一糸まとわぬ姿に。

 そして……。

「だめ……あっ……あんっ、やぁ……」
 
 乳首を舐められ激しく吸われ、思わず漏れ出る甘い声。波のように襲う快楽、我慢しようと悶える身体を眺めて焦らす。

「あいつに、されたかったか」

 哀しみの混じる声、大事な所に唇が触れる。

「あぁんっ……」

 ぐちゅぐちゅと中をまさぐられ、一段と大きな声が響く。


「あいつに、抱かれるなんて許さない」


 悶絶しながら頷く遥、何度も何度も押し寄せる波に理性を奪われ、やがて堕ちていく。



 そして──。

 眠っていた海斗が目覚め、立ち上がった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

男友達を家に入れたら催眠術とおもちゃで責められ調教されちゃう話

mian
恋愛
気づいたら両手両足を固定されている。 クリトリスにはローター、膣には20センチ弱はある薄ピンクの鉤型が入っている。 友達だと思ってたのに、催眠術をかけられ体が敏感になって容赦なく何度もイかされる。気づけば彼なしではイけない体に作り変えられる。SM調教物語。

r18短編集

ノノ
恋愛
R18系の短編集 過激なのもあるので読む際はご注意ください

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

【R18 大人女性向け】会社の飲み会帰りに年下イケメンにお持ち帰りされちゃいました

utsugi
恋愛
職場のイケメン後輩に飲み会帰りにお持ち帰りされちゃうお話です。 がっつりR18です。18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。

処理中です...