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ChapterⅣ 終結

51.誰が為に 〜for whom〜

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 瞼にうっすら日が射して朝の到来を告げる。

 今、何時だ……いや、もう時など何の意味も為さないか。

 そして記憶も……意味がないだろう。

 恨み憎もうにも世が変わってしまった。俺に嫌がらせをした奴等はとうに死に、施設も組織も既に存在しない。

 報われない。あんなにも苦しめられた日々は、脳内で創り上げた妄想と変わりなくなってしまった。

 確かなのは、今ここに自分がいて、隣には遥が眠っているという事だけだ。

「俺と……生きるか」

 白い頰を撫で囁く、眠る遥には聞こえていないだろう。溜め息と共にベッドから降りる。

 もうじき、海斗が子供達を連れて帰ってくる。

 痩せた肩に布団を掛け、部屋を出た。

「え~、こんなちっちゃいの、ほんとにつのぉ~」
「ちっちゃくても男は男でしょ」
「触っちゃえ。キャー、なんか出た! 」
「感じちゃったんだ、かわいー」
「ねぇ、れちゃおっか」

「バラされたくなかったら舐めなよ、便
「言いつけるよ、あんたにレイプされたって。証拠だってあるんだからね! 」

「殴られたんです…奏翔君に……殺すぞって脅されてむりやり……」

 脳裏には今も、あの“声”が張り付いている。



 遥が次に目覚めた時、傍らにいたのは海斗だった。

「おかえりなさい……」
「ただいま」
「蓮と美蕾は……」
「下で遊んでるよ。だいぶ大きくなって、手が掛からなくなったな」

 感慨深げな表情を浮かべる海斗、しかし遥は直視できずうつむいてしまう。

「ごめんなさい……」
「どうしたの? いきなり。あ、子供達の事なら気にしなくても……今までずっと任せっきりだったんだ」
「そうじゃないの……」

「伯父さんのこと。ごめんなさい、私のせいで……」
「遥……どうしてそれを」
「覚えてる。撃たれたと思った瞬間、伯父さんが覆い被さって守ってくれたの。銃さえあれば……たまさえ入ってれば反撃できたのに」

 遥は自分から告げて謝罪する。もう元には戻れないと覚悟を決めて。海斗は表情ひとつ変えず、穏やかに遥の言葉を聞いてから、ゆっくりと口を開いた。

「いいんだ。あの人が、遥に生きてほしいと願ってした事だから……残りわずかな命を懸けて」

 洋司は余命わずかだった、海斗は初めて遥に告げる。 

「わかっていたんだ、医師だから……自分があとどれくらいの命か。肺に病気があって治療法も、もうなくて。あの攻撃がなくても、きっと今日を生きられなかった」
「私……何も知らずに……」
「遥が、無事ならそれだけでいい」

 変わらない態度で海斗は愛を表した。

「それより、その血は? 」
「え? 」

 遥の袖口についた血を見つけて、それ以降、海斗が洋司について話す事はなかった。



 その血が内藤のものだと気付いた遥は、海斗が部屋を出た後でこっそり内藤の部屋を訪れる。

 既に夜のとばりが降りはじめ、闇に包まれた部屋。小さな蝋燭を一つだけ灯し、眠る内藤の傍らに立つ。

 思った通り、右肩には血が滲んでいた。

 自分のせいで……また一つ、自責の念が重い石となり心に置かれる。

 そっと触れるが、起きる気配はない。

 血が固まってしまう前に……遥はそっと袖口のボタンを外す。

 その時、強烈な光に襲われた。

 爆発──目が眩むほど激しいオレンジの光。腕で覆いながらも、うっすら目を開け光の先を見る。堕ちて燃えている。赤らむ空、まだ終わってなどいない。

 その光を、固まったまま眺める遥。

 後ろから、開くドアの音にも気付かない。

「ここで何してるの」
「今の光……」
「光? 」

 海斗は、光に気づかなかったようだ。窓の方へ歩み寄り外を確認すると何でもないみたいと、遥に微笑む。

「そう……」
「それよりさ……」

 暗がりの中、海斗は遥に歩み寄り、その潤んだ瞳をまっすぐ見つめる。

「よく来てるの? 俺がいない時」

 それは海斗が初めて見せた独占欲。

「そんな事……怪我、してるみたいだから」
「俺がやるよ」

 内藤へと伸びる細い腕を海斗は掴む。

「でも……」
「触れられたくないんだ。例え怪我が理由でも」

 離すと背を向けて血の固まる肩を診る。

「明かりを」
「はい……」

 険しい声色、遥は震える手で蝋燭の火を点ける。それは夫や双子の父親という立場から不器用になってしまった海斗の、新しい愛情表現。

 しかし遥には、伝わっていない。

「ごめんなさい……」

 絞り出すような声を置いて遥は部屋へ戻ってしまった。その後ろ姿を海斗は見送るしかない。

 部屋へ戻ると、遥は密かに支度を整えた。



 その日の夕食は、いつにもましてうるさかった。

「あ~ん、ほら早く」
「はい……」

「自分で食べてください。箸くらい持てるでしょう」
「持てねぇよ、ほらな」

 内藤はおおげさに持った箸をわざと落として見せ、遥に食べさせるようねだる。海斗や子供達が見ている前で、遥は気まずそうにしながらも内藤の口元へ箸を運ぶ。

「おじちゃん、おケガいたいの? 」
「だいじょうぶ? 」
「あぁ……パパと違って優しいなぁ、お前らは」

 無垢な心で心配そうに見つめる蓮と美蕾。

「俺がやりますから」
「気色悪いだろ、遥、次はこれ」
「うん……」

 愛おしそうに遥を見つめ、甘える姿に海斗は苛立ちを隠せず、遥はためらいながらもまた一口、内藤の口元へと運ぶ。

「お前ら、ちゃんと食べたか? 」
「うん! 」
「じゃあ、いい子はねんねの時間だな。パパにお話でも聞かせてもらえ」
「勝手に決めないでもらえますか。まだ早すぎます。まだ遥だって食べ終わって」
「俺がそばにいる」

 我を忘れ、睨み合う二人。

「ねぇ、パパ……ミライねむくなってきちゃった」
「じゃあ、ママと一緒に」
「パパがいいなぁ……」

 とろんとした美蕾の目にパパとして、海斗は争いから退くしかなかった。

「わかったよ……」

 溜め息をついて立ち上がり、寝てしまいそうな美蕾を抱え、蓮と手を繋ぎ寝室へ。

「二人きり……だな」

 姿が見えなくなった後、内藤は遥を甘く見つめる。

「私も食べなきゃ……」

 熱い視線を避けようと机に向き直した遥の腕を、掴んでぐっと抱き寄せる。

「奏翔さん……やめ」
「お前のせいじゃない」

 沈んだ表情を、抱きしめ心ごと慰める。

「前から悪かったんだ、右肩の具合が。それはあいつも知ってる」
「でも……」
「お前は悪くない。だから気にするな」

 離れていく身体、内藤は愛おしそうに眼差しを下ろし、左手で頰を包み込む。

「でもあの時、私が」
「言うな」

 唇で唇を塞ぎ、言葉を止めた。

 海斗と子供達がすぐ隣の部屋にいるリビングで、深い口づけを交わす二人。

 遥はされるがまま──深く入ってくる熱を受け入れている。


「ごめんな、気付いてやれなくて」

 よほど眠かったのか、珍しく布団に入ってすぐ眠ってしまった子供達の願いを見つめ、海斗は呟く。

「おやすみ」

 遥を気にするあまり、子供達を見ていなかったと反省しながら、そっと立ち上がる。片付けが済んだら今夜は子供達の隣で休もう、そこに遥もいてくれたならどれだけ幸せだろうなどと考えて戻ったリビング、既に遥も内藤もいなかった。


「ねぇ……ミラちゃん、どうしてこんなことするの? ぼく、ママとおじちゃんがなかよくするのいやだよ」

 薄目を開けて、パパがいなくなった事を確かめてから、蓮はこそこそ美蕾に耳打ち。

「だってレンがいったんでしょ? あとちょっとだからって」
「そうだけど……まだわかんないよ。かわることだってあるんだもん……それに、おじちゃんだってじゅりちゃんだって、みえてたのにしんじゃったんだよ? 」
「いいの、もしこのままレンのいうとおりになったら……そんなのかわいそうすぎるよ」

 こそこそと、二人は何を話しているのだろうか。それは大人にはわからない、子供だけの不思議な世界。二人はかわいそうな誰かの為に、眠たくなったふりをしていた。


 そして月の満ちた夜。

 タイトなスーツにその身を包み、窓から外の世界へと。走り去る背にはマシンガン、愛し愛されてきた日々を捨て、遥は戦場に戻っていく。

 見てしまった光は、まさに近くで戦闘が行われている証。近くといっても地上ではなく遙か空の上、高度100kmはあるだろうオゾン層を抜けた先、空と宇宙の境目で、人類と地球の存亡を懸けた熾烈な戦いが繰り広げられている。

「発射! 」

 深く、幾重にも黒を重ねたような濃い闇をく宇宙船。漂う星の欠片も間近で見れば進路を阻むただの岩石、人々が憧れた宇宙空間に夢などなかった。

 あるのは過酷な環境と争いと、果てのない闇。

 戦うしかない。

 情も言葉も通じぬ相手と交える容赦ない攻撃、救いも交渉の余地もない本当の戦争が行われていた。

「揺れますから気をつけて」
「ありがとうございます」

 再び戦地へと向かった水野は何故かこの船の中にいた。

「他の機体は」
「わかりません。攻撃を受けて散り散りになり、通信も途絶えていますから。もう闘っているのは……我等だけかもしれません」

 無念を滲ませるのはこの機体の船長、水野は彼等が地上で戦闘している所に巻き込まれ、危うく殺されかけたのだが、偶然、機長がかつての水野を知っていた事から戦闘員として同乗する事を許されたのだ。

「そうですか……」
「ですが、宇宙連合や侵略に反対する星々が戦ってくれています」

 諦めと、言ってしまうにはあまりにも複雑な感情が船内に充満していた。

 勝てるわけがない──自分達より遙かに優れた文明を持ち、戦闘に慣れているあのの容赦ない大佐には。

 しかし、諦めてしまえばこの地球ほしなどひとたまりもなく握りつぶされてしまうだろう。

「今までも、この地球ほしを狙う侵略者はいました。ですが奴等はそれとは違う……滅ぼしに来ているのです」

 水野は船内にいる者の顔を眺めた。凛々しい眼差しに決死の覚悟、国やどこかの組織に忠誠を誓ったわけでもない彼等が何故……考えている内に、過去、ロイドを滅ぼすため共に戦ってきた仲間達の面差しと重なる。

 宇宙という、ただ未知の世界に憧れを抱き、争いとは無縁の場所で生きてきた──理想郷と信じてきた宇宙と敵対しなければならない、ロイドを滅ぼすしかなかった自分達と、どこか重なるのかもしれない。

「ロイドでも、どこかに生き残っていてくれたら互角に戦えるんでしょうけど」

 場の雰囲気を和らげるように冗談めかして笑う船長。確かに、ロイドなら宇宙空間でも環境に左右されず戦う事が出来るかもしれない。あの軍用高機能ロイド達なら互角どころか……しかし。

「いたとて、人間の為になど戦ってはくれぬでしょう」
「ロイドも宇宙も……我等人間には手に負えぬものだったのかもしれませんね」

 何もかも、手からこぼれ落ちていく。

 そんな感覚に陥ったその時、機体が大きくバランスを崩した。

「制御不能!! 墜落します! 」

 運命は、滅びに向かっているのかもしれない。
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