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ChapterⅣ 終結
49.闇にのまれて 〜swallowed by darkness〜
しおりを挟む突如現れた飛行物体は瞬く間に街を焼け野原に変え、消えていった。燻る炎、煙立ち上る静かな屋上で、洋司と遥は折り重なるように倒れている。共に動く気配はない。
洋司は遥をかばって光線を浴び、息絶えた。
「伯父さん!! 」
二人の元に海斗が駆けつける。
「どうして……屋上になんて」
声を掛けながら身体を起こし、絶句する。
持ち上げた洋司の遺体は炭のように黒く変色し、脆く崩れ落ちてしまう。震える手、凍りついた顔、その視線が洋司の下にいたもう一人を捉える。
遥……もう呼ぶ声すら出ない。
不安を抑え髪に触れると、さらりと指に炭がついた。
「後を頼みます。戻るのは夜中になるかもしれません」
海斗は家に戻り、言葉少なに告げると肩を落とし、洋司の亡骸を抱え出ていった。背中を見つめる水野、予想もできない事態に掛ける言葉も見つからない。
遥は一命を取り留めた。
洋司が上から覆い被さって守ったおかげで遥は光線を浴びることなく、髪の先が少し焼けただけで済んだ。今はベッドで安らかに寝息を立てている。
「残党か? 」
「いえ、違います。これは……」
水野の脳裏、白く強烈な光に襲われた記憶が蘇る。
「心当たりあんのか」
「いえ……」
疑いの眼差しを向ける内藤に水野は何も言わない。確証がないからか、それとも。
「調べなければなりませんね」
「目覚めるまではいてやれよ」
「当たり前です。なぜ銃を持っていたのか聞かなければなりませんし、何か知っていると言う事も」
「やめてくれ」
内藤は遥の前髪をそっと撫でる。焼け焦げて落ちてしまった不揃いな髪にあの日、目の前で髪を切った彼女が思い起こされて、懐かしささえ込み上げる。
「男がされるのとは違うんだ……この髪も、遥がされた事も」
そして、崖から飛び降りようとした背中も。
「あんたしかいない、わかってやれるのは……俺でも海斗でもだめだ。女が身一つで戦場に投げ出されたらどうなるか知ってる……あんたでないと」
「何を言っているのです」
内藤は遥が強く握って離さない銃に視線を移す。彼女が銃を欲する理由に心当たりがある。それは自分達を裏切るような秘密などではなく、自らを傷つけ消し去りたいという願望。
あの時も遥は銃を欲しがった。
「あんたにまで疑われたら遥は……生きていけない」
水野なら察してくれるだろう、内藤は立ち上がる。
「側にいたいのではないですか、遥の」
「こいつが望んでるのは俺じゃない」
水野に一縷の望みを託し、内藤は部屋を出ていった。ため息をついて遥を眺める水野、内藤の言う通り遥の最も信頼する彼女になら、壊れた心を修復する事が出来るかもしれない。しかし、夜が更けて海斗が帰ってくるまで、遥が目覚める事はなかった。
そして深夜、海斗がひっそりと帰宅する。
「すみません、遅くなって」
「いえ、大変でしたね」
二言三言、言葉を交わし水野は子供達の寝室へ。水を飲もうと瓶に手を伸ばした所で上の階から大きな音が。何かがぶつかり割れるような音、急いで階段を駆け上がり寝室に。
「遥!! 」
いつ目覚めたのかベッドに座り込む遥は焦った様子で辺りを探る。
「遥、何してるんだ」
「銃が……銃がないの。どこ? 私の銃はどこ、あれがないと」
「落ち着いて、遥」
「来ないで!! 」
「遥、待って」
「いやぁぁぁぁ!! 来ないで、離して、いやぁっっ!! 」
「大丈夫、触ってないよ」
近寄る海斗に明らかな拒絶を示し、手当たり次第に物を投げる遥。
「どうした」
激しい物音に気づき内藤も起きてきた。暴れる遥を目の当たりにする二人、海斗は部屋を出ていこうとする。
「どこ行くんだ」
「鎮静剤を」
「そんなもんいらない」
物を投げ暴れ続ける遥、その姿に内藤は一歩ずつ近付いていく。
「いやぁぁぁぁ! 来ないで!! 」
海斗の時と同じく叫び拒絶する遥。投げた物が当たり殴られても、それでも内藤はまっすぐに近付いていく。
そしてベッドに上がると。
「もう大丈夫だ」
ぎゅっと遥を抱きしめた。
「離して!! いやっ、やめてっっ!! 」
「大丈夫だ、ここにはお前の敵はいない」
「やめて!! 銃がないの…銃を返して!! 来ないでぇっっ!! 」
「お前を助けに来た、笹山遥……いや、今は草野遥か」
「誰……あなた……誰なんですか? 離して……」
「もう俺の事、忘れたのか」
抱きしめて背中をさすると少しずつ、荒れていた息が収まってくる。
「もう大丈夫だ。ゆっくり息を吸って吐け……そうだ……」
「もしかして……内藤さん…? 」
「やっと思い出したか」
遥が頷いたのを胸の中で確認して、応えるように髪を撫でる。
「ここは安全だ。俺が側にいる、もう怖くないから……少し休め。何日も寝てないんだろ? 」
もう、暴れる気配はなかった。
「もう大丈夫だ」
抱きしめて髪を撫で優しい声で……それは内藤が遥だけに見せる奏翔としての素顔。ゆっくりと時間をかけて眠りについたのを確かめると、遥をベッドに横たわらせて離れた。
「側にいてやれ、目覚めたら全部忘れてる」
一部始終を見ていた、立ち尽くす海斗に告げてすれ違う。
「内藤さん……」
「あいつに必要なのは、薬じゃない」
呼び止めた海斗にそれだけ言って、内藤は部屋に戻った。
そして眩い朝、目覚めた遥の傍らに海斗が座っている。
「おはよう」
「おはよう……」
遥は不思議そうに海斗を見つめると呟く。
「海斗……だったの? 」
「うん……」
恥ずかしそうにうつむく遥を海斗はそっと抱きしめる。一瞬、遥の瞳が哀しそうに揺れる。
「うれしい……」
囁くと、海斗の肩に頬を寄せる。
海斗は嘘をつき、遥は気付いている。
洋司の死と遥の錯乱、そして新たな攻撃は三人の関係性に微妙な変化をもたらした。海斗は内藤にある提案をし、再びシェルターの診療所に医師として通い始めた。海斗は変わらずいい父親、いい夫であり続け、遥も控えめながら笑みを返した。しかし、あの爆撃で戦場での記憶を鮮明に取り戻した遥は度々錯乱を起こし、なだめられては死んだように眠るという日々を繰り返した。子供達とも会える状況になく遥は部屋で一人過ごす事が増えた。
つけられた傷、再生される記憶は何度でも遥を傷つけ苦しめる。
そうして幾日か経った。
「遅くなってすみませんでした」
「いえ、面倒を頼んですみません」
朝食後のキッチンで水野は海斗から黒い袋を受け取っていた。
「大切な物なので洋司に頼んで預かってもらっていたのです」
「知りませんでした」
「少し遥を借りても? 」
「もちろんです、先程ベッドに戻った所ですから」
階段を上って寝室へ──遥は今日も窓の外を眺めていた。
「涼しくなりましたね」
頷く遥の肩には白いカーディガンが掛けられている。
「少し、付き合ってもらえませんか」
肩からそっとカーディガンを外すと、黒い袋の中からケープを取り出して羽織らせる。
「水野さん……? 」
「練習台になってもらいたいのです」
いたずらそうに微笑むと水野は遥の髪に櫛を入れた。
「何でも出来るんですね」
「昔、勉強していたのです。あの事がなければこの道に進む予定でした」
二人だけの部屋、水野は優しく遥の髪を掬ってはハサミを入れて不揃いな部分を整えていく。
「それにしても、どうしたらこんな不揃いになるのですか」
「切ったんです、戦場に行くと決めた時。戦うのに長い髪なんて邪魔だと思って」
「まとめる方が邪魔になりません。戦っていても、己を失くす必要はないのです」
返ってくる言葉の一つ一つ、再会してから見てきた表情、あの男に抱かれた理由までも、ようやく水野の中の遥が一つになった。
水野は奥底から湧き上がる想いを笑みに込める。
「相変わらずですね、この髪質。あの時もどうまとめればよいか途中で崩れたりしないかと……苦心しました」
わずかに困惑を見せる遥、構わず水野は言葉を続ける。
「“この方が……お二人らしいかもしれませんね”」
「え……あの時の。でもどうして」
「あなたの晴れ姿をどうしても見たくなってしまい、あのプランナーに化けたのです。当日あなたのそばにいた彼女は、私です」
「化けたって……背格好だって全然違うのに、顔も」
「変装が特技なのです。今回も、あなたと再会する前はロイド軍の衛兵として海斗の側にいました。海斗に見破られ、あなたを守るよう命を受けたのです」
驚きのあまり言葉が出ない遥に、水野は本当に伝えたい言葉を口にする。
「綺麗でしたよ、あの日のあなたは。そして今も変わっていません……優しく脆く純粋で不器用で、とても素直です」
「死んだんです、あの頃の私は」
遥はそれより先を言えず俯いた。
水野はハサミを置いて髪を撫でる。
「汚れてなどいません、あなたがされた事もしてしまった事も……全て戦争が引き起こした事。あなたの罪ではありません」
洋司の死を知ってしまえば、遥は海斗の側にいられなくなるだろう。変わらず愛しているのに離れる道を選ばなければならない、なぜ遥だけがいつも……激しく感情が揺さぶられる水野に対し、遥は驚くほど無表情に一点を見つめている。
「ここにいればいいのです……海斗の側に」
切り揃えた髪を櫛で整え、水野は囁く。
「自分の気持ちに素直でいてください」
「またどこかへ……行ってしまうんですね」
「すぐには……でももしいなくなっていたとしても忘れないで、必ず戻ってきます。それまで内藤とこれを預かっておいてください」
焼け切れて不揃いになっていた髪は水野によってきれいに整えられた。遥は柔らかい雰囲気を纏い、ひさしぶりに会った子供達にかわいいと言われて困った表情を浮かべる。
海斗と子供達に囲まれる遥を見て微笑みを浮かべ、翌朝、水野は旅立っていった。
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