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ChapterⅣ 終結
47.企み 〜scheme〜
しおりを挟むそれから何日も、太陽と月が入れ替わった。
時を刻む術がなくなり、どこから始めればいいかもわからない人間は考えるのをやめ、空と共に生きた。日の出と共に起き、日没と共に眠り、雨の日は一日夜のようにひっそりと過ごし。灯りのない世界は健全な者には夜がなく、眠れない者にとってはひたすらに長かった。
海斗は病院に行かず、すべての時を遥の世話や家の事に費やした。
薬草を摘んで薬を作り、幹部を水で丁寧に拭いてから湿布のように塗り包み込む。できる限りの栄養を詰め込んだ食事にマッサージも加わった献身的な看病によって、遥の足は回復していった。
「1.2.3.4.5……すご~い! ママ歩けた!! 」
「やったぁやったぁ! 」
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ子供達の側で恥ずかしそうにはにかむ遥、海斗の目にはうっすら涙さえ溜まっている。太陽が三十回は昇っただろうという頃、遥は一人で歩けるまでに回復した。
「そうだ! お庭でひなたぼっこしようよ! 」
「うん! ひなたぼっこしよう! 」
早く早くと急かされて蓮と美蕾に連れて行かれる遥と海斗。
秋の陽が射す庭先に子供達は駆け出していく。遥は海斗に手を引かれて共に縁側に座ると、さらさらと風が流れる音を聞きながら子供達を眺めた。
「ごめんね、迷惑かけて」
「迷惑なんかじゃない。当たり前だよ、家族なんだから」
海斗は愛の込もった眼差しを遥に向ける。
見つめ合う二人……遥の首元には結婚を誓った指輪が、今もネックレスのように掛けられている。
あの日、遥が見せられた仲睦まじい家族の風景とほとんど同じ。しかしそこにいるのはロイドのカイトでも由茉でもなく遥と海斗自身だ。底なし沼のような絶望を経て再び、愛する夫と共に子供達の成長を優しく見守る幸せな日々に、遥は戻って来る事が出来た。
「伯父さん、元気にしてるかな」
呟く遥に海斗は視線をそらす。
「変わらないよ。どうせ、ぶつぶつ言いながら消毒用の酒を勝手に呑んだりしてるさ」
「そう? 由茉さんにも謝らなくちゃ」
「遥が謝る事ないよ」
「みんなの海斗先生をこんなにも長い間、独り占めしたんだから……そろそろ海斗も病院に戻らないとね」
「いいよ、戻らなくて。優秀な医者なら他にもたくさんいる、それにもう平和になったんだ。仕事なら医者以外にも」
「ねぇ、パパとママはなんのおはなししてるの? 」
気付けば目の前に蓮と美蕾の顔が。
「ミラちゃんがね、パパとママがちゅーするかもっていうからみてたんだよ」
「あとちょっとだったのになぁ~」
「しないよ、少なくとも蓮と美蕾が見てるときにはね」
「えー」
「ねぇ、すくなくともってなぁに? 」
子供達の声にかき消されて夫婦の会話は中断される。
「そろそろご飯の支度するよ。二人とも手伝って」
立ち上がる海斗。続いていれば海斗は将来について話し、子供達の言う通り優しくキスをしていただろう。
「どこでそんなこと覚えたんだよ……」
子供達に聞こえないよう呟いたひとりごとに遥がふふっと小さく笑う。密かに微笑みを交わす二人、夫婦の絆も少しずつ戻りかけているのかもしれない。
しかし、間もなく何もかも壊れる。
蓮と美蕾に止められた言葉、海斗がその先を話していたら、この先の未来は変わったかもしれない。
「皆の意見を伺いたい。滅ぼすか、否かを」
宇宙に轟く荘厳な声が命運を分けようとしている。
「戦などもってのほか。宇宙連携法にある惑星間における不可侵、不干渉という大原則を破り、争いを持ち込んだ大佐を罰するべきだ」
「そうだそうだ! 」
「しかし、相手はあの地球ですぞ。想念で連携できぬからと言って散々、月や火星に土足で踏み込み生態系を壊したのは周知の通り。まるで宇宙は我が物というようにゴミを撒き散らしている」
「大佐の星は人間にやられた」
「我等が母星も乗っ取られた」
「静まれ、静まるのだ皆の者」
荒れ始めた空気を再び荘厳な声が支配する。
「我等は大佐に連帯を表明し参戦する」
そして声の一つが参戦を表明した事で後に続く者は増え、皆、地球は滅ぼすべきという意見でまとまった。
「我等が宇宙連合は連携法25条において議決を採り、太陽系に所属する地球を掌握、人類を滅ぼす事を決する」
湧き上がる歓声。白服を纏った荘厳な声の主も、それに控える者達も誰ひとり、もうこの流れを止める事は出来ない。
「戦乱の時代の始まり、ですな」
静まり返った球体のシャトル、その中で白い布を全身に纏った蛙のような異星人が話している。
話しかけられた者はただシャトルから前面に拡がる宇宙空間を眺める。その先には小さな青い星、地球が。既に何体かの宇宙船がそこに目掛けて飛んでいく。
「どこよりも恵まれた星だけに、残念ですな」
もう一度、声をかけた者がその背中に話し掛けるが返答はない。諦めて部屋を出ていこうとした時、あの荘厳な声が響いた。
「一度、降り立った事がある……まだあの星に文明が、生まれたばかりの頃。そこはどの星よりも多様な生命体に満ち溢れ、慈しみの心によって共存する類まれな星じゃった」
多様な者達の鳴き声、多様な色彩、そこはかとなく甘い香りが漂い、暗黒の宇宙さえも月や星が金色に輝き美しく見えたと荘厳な声は昔を語った。
「まるで宇宙の行く末を暗示しているようですな」
話し掛けていた声は先程、議決を採った声と同じ。彼等はこの宇宙連合なる組織の者達だろうか。
「緑の大佐……あの者はまだ若い。せいぜい生まれて数百年という所だ。だから知らんくても無理はない。争いは争いを呼び、取り返しのつかない破滅を招く……度が過ぎれば」
「破滅の神を招く事に……」
それは地球滅亡などという小規模のものではない。
「太陽系には神々が眠ると言われている……奇跡を信じるしかない」
白服の者達の願いは届くだろうか。緑の大佐、その人物は彼等が思う以上にしぶとく執念深く、離れた所からその様子を全て見ていた。
「相変わらずだ、あの者達は」
「しかし、うまくいきましたな」
「すべて想定済み、仕込みをした甲斐があった。私が気に食わなくとも地球に恨みを持つ者は多い。後は勝手に滅ぼしてくれるであろう」
ベージュとボルドーの軍服に身を包んだ長身の、極めて人間に近い異星人。彼こそが緑の大佐、その人物だ。
「何が狙い? 」
扉が開き入ってきたのは黒髪にボルドーのドレスを着た、人間だ。
「なぜ彼に化けてまで私をここに? そんなに地球人のDNAが欲しかった? 」
大佐の背に言葉を投げつけると、異形の口角が避けるように上がる。
「人体実験だ。人間を捕虜にした時、何の役に立つか知る為のな。お前は私と同じ望みを持つ、捕虜として地球が滅び万物が悲鳴をあげて死に絶えるのを共に見届けさせてやろう」
「だったら離して!! ……ぃやぁっ!! 」
大佐が指を一振りするとその身体は持ち上がり、締め付けられるように圧迫される。響き渡る悲鳴。
「機械に生かされた脆弱なDNAなどに興味はない」
緑の大佐は立ち上がった。その顔は人間とはあまりにかけ離れた、魚のようなぬめりを帯びて光っている。
「が、人間流の交配を久々にするのも悪くない。わからせてやろう。仕度をせよ」
「はっ」
「恨むなら父を恨め。異星人に娘を差し出した父親をな」
「やめて!! 離しなさいっ!! 」
宙に浮かんだまま叫び声を上げ、女の姿は一瞬にして消された。
「おいし~い! ねぇ、これなぁに? 」
「さつまいもだよ。粉末を成形して焼いたんだ」
賑やかな声に溢れた食卓を、オレンジの夕陽が柔らかく照らしている。こんな未来が待っている事を、誰が想像しただろう。遥も海斗も内藤に水野でさえも、決して想像できる未来ではなかっただろう。
「今度、公設市場が出来たので行ってみようと思っています。食料倉庫に眠っていた色々な食材が出回っているらしくて」
何気ない海斗の一言に、遥の手が止まる。
「おもいだしたぁ! さつまいもってばぁばが買ってくれた紫のおいもでしょ? 」
「レンはじぃじとはんぶんこしたー! 」
じぃじとばぁば、子供達が何気なく口にした言葉は焼け焦げた両親の、最期の姿を思い起こさせた。海斗が気付かない遥の心の機微に気付いたのは内藤だけかもしれない。
「そうして元に戻っていくのでしょう。近々水道も通るようになるとか」
水野のさりげないフォローで話題は変わり、遥も平静を装い動揺した心を遂に表す事はなかった。
翌朝、朝食を終えた海斗は子供達を連れて公設市場に買い出しに行く事に。
「気をつけてね」
「おみやげかってくるからね! 」
「たのしみにまっててね! 」
「うん、パパの言う事よく聞いて手を繋いでてね」
子供達と話す遥を海斗は見つめている。
「行ってくるよ」
「うん……行ってらっしゃい」
出掛けていく三人を見送る遥。
恋をしている、狂おしいほどに……儚く物憂げにぼんやりとしていた瞳から溢れ出る想い。遥の瞳は確かに、海斗の背中を愛おしげに見つめている。起きてきた内藤は偶然それを目にしてしまった。
拳を握るその瞳に強烈な怒りが宿る。
そして宇宙の彼方、緑の大佐のシャトルでは。
一糸まとわぬ姿、乱れた黒髪をかきあげて立ち上がる女。着替えるとマシンガンを手に何も言わず出て行った。
「行ったか」
同じベッド、寝ていたはずの大佐が起き上がる。
「えぇ」
「どんな行動を起こすか見ものだ」
「追いかけます」
「いい。既にチップは埋め込んである。それより昨夜のデータを星に送れ」
「かしこまりました」
最側近である緑のぶつぶつは、昨夜この二人に起きた一部始終を見ていた。
「太陽系を掌握する。まずは地球からだ」
そうして地球の平穏は再び破られた。
何も知らない遥は一人ひっそりと家を出る。
胸の中にある企みを抱いて。
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