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ChapterⅢ 日常

42.異変 〜Anomaly〜

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 この家に辿り着く前、水野はある戦いに巻き込まれた。

 それは遥達の街から遠い遠い空の上、次元の違う所で起きている得体の知れぬ者達の争い。何が目的かもわからず流されるがままに戦って、シャトルごと墜落した。

 何と戦い、なぜまだ生きているのかもわからない。半世紀を生きても尚、未知の経験があるのかと水野は物思いにふける。

 話してはならない、今もどこかで戦いが起きているとわかればあの二人は……特に遥は戦場に舞い戻ってしまう。

 遥は昔から突拍子もない事をするから。



 その遥はリビングで胸を押さえうずくまっていた。

「お前……まさかまだ痛むのか」

 内藤の言葉に返事はない。

「今、胸を押さえてただろ」
「違うの」
「違わないだろ、今胸を押さえてうずくまって」
「これ落として拾っただけ」

 遥はごまかして子供達の寝室へと歩き出す。

「もう一度、ちゃんと診てもらった方がいい」

 心配する内藤の声に立ち止まるも、遥が言葉を返す事はない。



「ママ、きょうのばんごはんなあに? 」
「干し肉、まだあるかなぁ~」
「ごめんね、干し肉終わっちゃって。今日はパンとスープかな」
「え~、スープやだ~」
「ミライ、こんどはカレーが食べたい! パパの作るカレー! 」
「ごめんね、カレーは材料がなくて……」
「そうだ! ユマちゃんにおねがいしてみようよ! カレーつくってくれるかもよ? 」
「よしっ、じゃあ、ユマちゃんとママのところに行こう! 」

 カレー、カレーと歌いながら支度を始める蓮と美蕾。朝起きて昨日のパンの残りを少し食べてから何も口にしていない……お腹が空くのも当たり前。遥は悲しそうに見つめ、思い悩む。

「ママが、なんとかしてあげる」
「え!? ほんとう? 」
「パパも由茉お姉ちゃんもお仕事で忙しいから、ママがお買い物してくるね。ちょっと遅くなるかもしれないけどいい子でお留守番しててくれる? 」
「うん! 」

 遥は笑顔で子供達の頭を撫でると、誰が来ても寝室から出ないようにと伝えて部屋を出た。急いで階段を駆け上がり、水野が寝ている寝室へと戻る。

「どうかしたのですか? 」
「いえ…休んでいてください」

 遥はクローゼットからありったけの洋服を取り出すと風呂敷包みを作り、すぐに部屋を出て行く。何かを察した水野は声を掛け止めるも遥には届かず、扉を閉める音が聞こえる。

「遥、どこへ行くのです、一人では危険です」

「どうした」
「遥が荷物を持って外へ、危険です、一人で行かせては」
「子供達を頼む」

 ただならぬ声は部屋に戻っていた内藤に届いた。遥が出て行った。そう聞くと、内藤はすぐさま走り出す。

「子供達……」

 気になった水野はゆっくり階段を降りていく。



 家を出た遥は胸を抑えながら必死に歩いていた。終始うつむき、顔を見られないようにしながらシェルターへ。

「笹山夢瑠さんをお願いします」
「ハルちゃん! 」

 幸い、受付にいたのは当番で立っていた夢瑠。

「悪いけど急用ができて、あの子達だけで留守番してるから行ってあげてほしいの。水野さんと内藤さんがいるけど子供の世話は難しいと思うから……」
「わかった。でもハルちゃん、そんな荷物持ってどこ行くの? もしかして一人で」
「ちょっとね、町外れの市場に行くの」
「市場ね……って危険だよ。あそこは危ない人達が支配してて襲われた人が何人もいるって」
「お願いね、夢瑠」

 夢瑠が話を終える前に遥は場を離れ、走っていく。

「ハルちゃん、待って……って行っちゃった」

 遥が心配、けれど女二人で行っても危険には変わりない。

「しょうがない……」

 夢瑠の脳裏にはあの男が浮かぶ。気は進まないけれど、家に行って遥を追い掛けてもらうように頼むしかない、夢瑠は急いで子供達の待つ家に向かった。



「クソッ…どこ行ったんだ、あいつは」

 その内藤は既に家を出て遥を探し続けていた。しかし、どこへ何をしに行ったのか見当もつかないまま、スピードで言えばとっくに追いついているはずなのに、未だに影ひとつ見つけられないでいる。

 さっき覚悟を問われたばかり……それなのに辿り着く事すらできなくてどうして守る事ができるのか。

 荷物を持って外へ、家出か……いや、遥が子供達を置いていくはずがない。それに家を出るなら誰にも知られず行くだろう……あいつなら。最後に見た遥は子供達の部屋に……一度、帰って子供達に聞くべきか、そんな事をしている時間はない。

 荷物を持って行く所……必死に頭を働かせながら遥を探す。何度突き放されてもその心が変わる事はない。遥を愛し守る、それだけが今の内藤の全てだった。



 そして遥は、町外れにある市場に辿り着こうとしていた。

 街と街の境界辺り、よそから来た者が珍しい品を法外な価格で売り買いしていると風の噂で耳にしていた遥は、ここでなら配給で手に入らない食材も手に入るのではと考えたのだ。

 砂埃舞う荒れ地に思い思いの布を敷いて商品を置いただけの店。異様な目つきの商人達に上から下までジロジロと見られながら遥は進む。

 子供達のお腹を満たす為──配給を多くもらえるような人脈もない遥にとって、これが唯一の捨て身の手段。

 布地に食器に薬草、様々な物が並ぶ中で肉を求めて歩いていく。肉の後でスパイスと野菜も……なぜかそれらに価格の表示はない。

 熱風に吹かれ、砂埃にむせながら蜃気楼の先に、幻かと思うほど巨大な肉の塊を吊るしている店を見つけた。

 貴重な生肉も並んでいる。

「すみません……そこの生肉と干し肉を頂きたいのですが」

 肉を切っている痩せっぽちで細長い商人に声を掛ける。

「生肉と干し肉ですか。とても人気のある品なので値が張りますが」
「おいくらでしょう……」

「それは、お嬢さん次第ですな」

 痩せっぽちの店員と話していると奥から大男が出てきて口を挟み始めた。いやらしくニタニタと笑い、肉を売る気はあまりなさそうだ。

「お金ならいくらか…他に貴金属と洋服を持ってきました」

 遥は風呂敷を広げ、自分の全財産を見せると男達はニタニタとそれを物色。いつの間にか仲間らしき男も来て五人になっている。

「子供達に食べさせてやりたいんです。少しだけでも……お願いします」

 家に残る食料は米と穀物や芋の粉だけ、カレーライスを作るには肉とカレー粉がなくては。遥は頭を下げて男達に頼み込む。

「俺達が女物の服なんていると思うか」
「あら、かわいいお洋服♪ なんてなるわけないだろ」

 遥が愛着を持ち大切にしてきた洋服も貴金属も、ここでは何の役にも立たなかった。

「でしたら他で売ってお金に替えてきます。せめておいくらか教えて頂けませんか」

 他に肉を売っている店はない。話にもならない相手に遥は懸命に食い下がる。

「お願いします」

 地面に頭を擦り付け土下座までして……男達はそんな遥を企み顔で見下ろしている。

「いいか、この肉はな、命懸けで獣を倒して獲って来たんだ。それをこんなガラクタと引き換えになんてなぁ」

 男達の間に笑いが起きる。

「それでもあんたが欲しいって言うなら手がない事もないが……」
「あるんですか。何をすれば……」
「それはなぁ」
「最後まで言わせんなよなぁ」

 男達はニタニタといやらしい笑いを浮かべ、舐め回すような視線を。

「そのカラダで俺達を満足させる事ができたら、そこの干し肉一袋と生肉の塊をやる。それでどうだ」

 男達は最初からそのつもりだった、そしてこんな話に乗ったとて簡単に肉を渡すとは思えない。それなのに遥は。

「来いよ」

 大男の子分達に両腕を掴まれて半ば強引に店の奥へ、箱が積み重なる死角に連れ込まれた。

「わかりました……」

 そう言って遥は自ら服を脱ぎ始める。薄ら笑いを浮かべる男達に見られながら……我慢しきれず大男が腕を掴み乱暴に遥を押し倒した。

「初めから、これが目的だったんじゃねぇのか」

 されるがまま襲いかかる手に撫で回されて声をあげる遥を大男が嘲笑う。虚ろに目を見開いて大男を受け入れる。

「もう我慢できねぇ」
「俺も! 」

 薄汚い山男達は一斉に遥に群がる。

「俺が先だ」
「邪魔だ、どけってば」

 遥の姿は男達の背に隠れてもう見えない。

「こりゃいいや」

 最初に襲い掛かった大男が力任せに腰を揺らすと、苦しそうに悶える声が更に男達の欲をかきたてる。

 紅い血飛沫ちしぶきが舞う。

 瞬間、大男の首が飛んだ。

「女から離れろ」

 大男は後ろに倒れ、軽い地響きを起こす。退く男達、砂埃から姿を現したのは内藤。

「おい」
「何だ貴様」
「その女に触れるな」
「お前ら仲間か、仕組みやがったな!! 」

 再び黒豹と化した内藤は向かってくる男達と乱闘を繰り広げ、屈強な山男達を次々と投げ飛ばしていく。銃がなくても強い。包丁を持って飛びかかってくる男を交わし急所を殴り、気絶させる。

「うわぁぁ!! 」
「ぐっっっ……」

 挟み撃ちされ、背後から肩を切りつけられるも前から来た男を蹴り上げ、回転して背後の男の腹に一撃を。

「次はどいつだ。いつでも来い」
「クソッ……」
「おい、この女“印”があるぞ! 病気持ってんじゃねぇのか!? 」
「げっ……逃げろ!! 」

 男達は店もそのまま一目散に逃げ出して、あっという間にいなくなった。

 内藤は、砂埃の向こうに遥を見る。

「大丈夫か、怪我は」

 裸で横たわる、遥は再び汚されたのか。

「お前……どうしてこんな事…」
「干し肉買いに来たの。子供達にカレー作ってあげるって約束したから」

 起き上がり服を着てサラリと……まるでスーパーに買い物に来た理由を聞かれたかのような口調、内藤は答えに迷う。

 遥は身体を差し出して肉と変えようとした。

 立ち上がろうとして崩れる遥の右足は大男の圧に負け、あらぬ方向に曲がっていた。

 砂だらけの身体を抱き上げようとした内藤も、うっと小さなうめき声をあげて肩を押さえる。

 切られた肩からだくだくと血が流れていた。
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