最期の日 〜もうひとつの愛〜

織本 紗綾

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ChapterⅢ 日常

41.すれ違い 〜Passing each other〜

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「でも……離れたくない」

 眼差しに強い想いを乗せて、頬にそっと手を。

 触れるか触れないかの距離、見つめ返す遥。暮れゆく部屋で視線を交わし、二人の時が止まる。

「願う事さえ叶わなかったんだ。このぐらい許せ」

 さらり触れ合う唇、内藤は部屋を出ていった。憂いに沈む瞳を伏せ、遥は立ち尽くす。



「おい」

 キッチンに立つ後ろ姿に内藤が声を掛ける。

「何してんだ」
「お米研いでるの」
「米? 」
「卵もあるし、子供達が食べたいって言うからオムライス作ろうと思って。ある材料だけで作るからその通り再現できるかはわかんないんだけどね」
「……貸せ」

 押しのけるようにして遥から釜を奪うと、くるくると混ぜる。あまりにも優しい手触りに水流ができて、米が泳いでいる。

「もしかして……はじめて? 」
「……あぁ、いいからお前座ってろよ」
「ありがとう」

 わからないのに一生懸命、その姿に昔の自分を重ね、遥の頬が和らぐ。

「こうしてね、すくったら腕を返して、ちょっと押し付けてお米同士を磨くようにするの」
「こうか」
「そうそう」
「こうだな」
「やだもう、ちょっと力強すぎだってば。お米割れちゃうでしょ」

 いつの間にか、遥は笑っていた。

「ママ、なにしてるの? 」
「たのしそう! レンもやる! 」

「あ…遊びじゃないんだぞ」
「美蕾はやったことあるもんね」
「うん、ミライできるよ! 」
「マジか……」

 子供達も寄ってきて賑やかに。

「奏翔さん、火つけてくれる? 」
「あぁ」

 内藤が火をつけ、遥が鍋に米を入れて共同作業で仕掛けたご飯がふつふつと音を立て始めた。

「おいしくなぁれっ」
「おいしくなぁれっ」

 歌う子供達、暑いキッチンは柔らかな空気に包まれている。

「何してるの」

 そこに水桶を持った海斗が。

「水汲んできてくれたのね、ありがとう」
「まだもう少しいるでしょ? 」
「うん……」

 ほんの少し前、海斗は遥と料理をするつもりでキッチンに立った。しかし、水が足りなくなり汲みに出た所で内藤に、遥の隣を奪われてしまった。

 カウンターテーブルに水を置く海斗はイラついている。

「オムライス作るんだろ。どうすんだ、あと何やればいい」
「どういう事? 」
「手伝ってくれるみたい」
「居候だからな、食う分は働く」

 内藤は海斗に声を掛け、遥が間に入る。子供達は大人達の顔を見上げ、頭上で繰り広げられる会話を聴いている。

「遥、お前は休んでろ」
「え? 」
「蓮、美蕾、ママと一緒に遊んでやれ」
「はぁ~い!! 」

 蓮と美蕾は嬉しそうにママを連れてリビングに。

「じゃあママ、ごほん読んでぇ~」
「おままごともしよ~! 」
「ご飯までだからな」
「は~い」

 驚くほど、内藤は溶け込んでいた。

「勝手に決めないでください」
「遥を休ませてやりたくないのか」
「そうは言っていません」
「だったら早く教えろ」
「なんで俺が……」
「あ? 何か言ったか」
「いえ、別に」
「で? オムライスなら卵割るんだろ? 」
「あーっ!! ちょっと待ってください。卵はご飯が炊けてからです。一人で出来ますから座っててください」
「つまんねぇこと言うな。二人でやった方が速いだろ」
「むしろ仕事が増える……」

「パパー、おじちゃんも、ケンカしないでなかよくねってママが」

 リビングにまで聞こえていたのか、美蕾がトコトコ駆けてくる。海斗がパパの顔でわかったよと返す。

「はぁ……遥との時間を減らそうなんて卑怯ですよ」
「んなこと考えてねぇよ。お前こそ、相変わらず性格悪いな」
「ちょ、火の加減ちゃんと見ててくださいよ」
「あ? 」

 仲が良いのか悪いのか言い合いを続けながら、オムライスらしきものが完成。

「おいしー! 」
「ごはん、ガリって言ったー」

 限りある材料で作ったオムライスもどきをパクパク食べる子供達。

「食えよ」

 内藤はわずかに残った分を遥に、しかし遥はそれを内藤に。

「食べてみて。初めて自分で作ったんでしょ? 」

 見かねた海斗が三等分に分けて大人達は一口ずつ。

「どう? 」
「何か……よく分かんねぇな。どんな味だったかも覚えてねぇ」
「もう長らく普通の食事なんてしてないですからね」

 三人は、あっという間に完食した子供達を見つめる。

「取り戻したいな……俺達がしてきたような暮らしを」
「難しいだろ。でもメシぐらい、何でも腹いっぱい食わせてやりたいもんだな」

 頷く遥、口には出さなくても子供達への想いは強い。平和で豊かな暮らしはすべて、失われてしまった。

「それもこれも人間が、影で支えてきたロイドを蔑ろにした結果か……自分達だけじゃ何もできないくせに」

 本来なら内藤から出るはずの言葉が海斗から、驚きのあまり内藤も遥も海斗を見る。戦場で数多のロイドが無惨な姿に、尽くしてきた人間に滅ぼされたロイド達の怒りが、海斗にはまだ取り憑いている。

「悪いのは人間でもロイドでもないぞ、海斗。そんな生ぬるいシステムのロイドを世に出した開発者が悪い」

 内藤の怒りは自分と自分が生きてきた世界に。

「広めなければ、大勢の人が死なずに済んだの」

 遥も、自分を責めている。

 戦争は地球を死の星に変えた。滅びる事など誰も想像しなかった豊かな星は今、生命の残骸で溢れた荒れ地でしかない。生態系は破壊され、異常気象が起き、生き残った生命もいつ絶えるかわからない。

 これこそが絶望。

「気にするな、お前のせいじゃない」

 自分を責める遥の手を内藤が握る。

「…ったく、お前が変な事言うからだ、海斗」

 握られた手、絆を見せつけられて、いたたまれなくなった海斗はどこかへ。

「パパー、どこ行くの? 」
「パパ、ねぇパパったらぁ」

 追い掛けていく子供達、束の間の平和は破れてしまった。遥の笑顔は消え失せて、瞳の奥には戦場が蘇っている。



 翌朝。

「行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」

 まだ陽が昇り始めたばかりの、皆が寝静まっている頃に海斗は家を出た。休日は終わり、遥との溝を残したまま病院へ。

 遥は妻として海斗の背中が見えなくなるまで見送ると家事に勤しむ。


「朝から何してんだ」
「洗濯してるの。どれだけ数を減らしても出るから」
「やめろよ、また倒れでもしたらどうする」
「いいの」

 内藤の言葉にも遥は動きを止めることなく、顔一つ向けようともしない。

「戻ったのは愛される為じゃない。妻として母として家族を支える為なの」

 背を向ける遥から聞こえるのは感情のない機械的な声。凛としているのか、心を殺しているのか。

「だからも、もう優しくしないで」

 遥は内藤を突き放した。

 傷つけ合う三人はまだ気づかないのだろう。我欲の為に争う事の罪深さを。人類を滅ぼしかけたこの戦争が、実はたった二人の人間の小さな妬みから始まった事を、三人はよく考えなければいけない。

 夫婦、親子、恋のライバル──どれだけ小さな世界で起きた二人だけの争いも、周りにいる多くの人を傷つけ、その人生を壊し、やがては滅びに繋がっていくのだという事を。

 それをよく知る人間が、帰ってきた。


「水野さん!? 水野さん!! 」

 ただならぬ叫び声に内藤は走って外へ。

「ママ? 」
「ママどうしたの? 」

 家から出てきた子供達を押しのけ一歩前に出るとそこには。

 「水野さん! 返事してください!! 」

 燃え尽き倒れた水野と泣き叫ぶ遥がいた。






 ─数日後─

「体調はどうですか? 」
「えぇ、もうすっかり良くなりました」

 髪や服は燃えていたものの、奇跡的に大きな怪我はなかった。内藤と、後から駆けつけた洋司の処置を受けて、水野は回復しつつある。

「何があったんですか? もしかしてまた戦争が」
「いえ……」

 水野は遥がしていたようにベッドから窓の外に広がる空を眺める。

「事故に巻き込まれただけです……今はもう、よく思い出せませんが」
「そうですか」

 遥もそれ以上尋ねる事はない。海斗の帰らない家で育児と家事と水野の看病をしっかりこなし、留守を守っている。

「どうぞ」
「あなたは食べていますか……ちゃんと。こうも私共に振る舞っていては食料も尽きてしまうでしょう」
「まだ備蓄もありますし大丈夫です。それよりもうやめてくださいね。勝手にどこかに行ってしまうのは」

 用意した食事を水野の前に置く遥の表情は動かず、戦場にいた頃と何も変わってはいない。愛する家族の元へ帰ってきたと言うのに。遥の求める物に気づいた水野は午後、やってきた内藤から海斗が帰っていない事を聞かされる。

「帰っていないのですか……」
「あぁ、それより何があった。まさかまだ終わってないんじゃないだろうな」
「関係ないでしょう」

 内藤の言葉を一蹴する水野の脳内は、既に別の不安に支配されている。

「関係ない? 人の銃勝手に持ち出しといてよくそんな事が言えるな」
「必要ないでしょう。今のあなたはもう、ただの一市民。どんな脅威が襲って来ようと何も知らされず武器も持たず丸腰で受け入れるしかないのです。あの男もそうして家族と死んでいきました」
「あの男……」
「橋本醍哉、あの男があなたに向けた銃は弾の入っていないおもちゃでした」

 気付かないのなら心など得られない、水野は内藤の覚悟を試す。

「武器を持たずとも守れなければ。守る度に闇堕ちしていたら生活など保てませんよ。あなたに、その覚悟がありますか? 」

「あの家族が死んだ事、まだ遥には言わないでくれ」

 物音が聞こえて、内藤は部屋を出て行く。
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