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ChapterⅢ 日常

40.新たなる戦い 〜New wars〜

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「いらないんだろ? なら俺にくれ」
「渡せません」

 睨み合う二人。

「お前には代わりがいるだろ、俺には遥の代わりなんていない」
「あなたこそ、子供達の為に諦めて頂いたと聞きました。今さら卑怯では」
「気が変わったんだよ。今のお前には渡したくない」

「海斗……帰ってるの? 」
 
 扉が開き、奥の部屋から遥が。廊下の突き当り、内藤の部屋の前で睨み合う二人を見つけてしまう。

「何してるの? 」
「何でもないよ、具合はどう? 」
「うん……」

 事態を隠し、いつも通り振る舞おうとする海斗。でも二人には確実に異様な空気が流れていて、何もないようにはとても見えない。

「お前の話をしてた。俺はお前を諦めきれないし、こいつもお前を渡したくないらしい」

 内藤は、遥をまっすぐに見て気持ちを伝える。

「改めて言う。遥、俺はお前と生きていきたい。海斗と別れて俺についてきてくれ」

 言葉の出ない遥に、内藤は一歩ずつ近づいていく。

「それ以上は許しません。遥は俺の妻です」

 腕を掴み、海斗はそれを阻む。

「妻……か。そこまで言うなら正々堂々、勝負で決めよう。一対一の真剣勝負だ」
「奏翔さん!! 」
「わかりました。撃ち合いでもしますか」
「バカだな、死んだら元も子もねぇだろ。俺とお前と遥と、しばらくこの家で暮らして遥の心を得た方が勝者。お前が勝ったら俺は出て行って二度とお前らの前に姿を現さない。でも俺が勝ったら、その時は遥を連れて行く。それでどうだ」
「わかりました」
「ちょ、ちょっと待って。海斗は忙しいの、そんな勝負」
「遥、お前もだ。今度こそはっきり決めてくれ。俺と海斗、どちらと生きるのか。子供がいるとか家族だからとか一切抜きだ。俺と海斗、どちらを愛しているか……お前が考える事はそれだけだ」

「そんな……」

「遥、俺も手加減しないから、ちゃんと考えて」

 遥が口を挟む余地もなく、海斗と内藤は戦う事を決めた。

「行けよ。あいつら下で待ってんだろ? 」

 足早に、二人の間をすり抜けて遥は子供達の元へ。

「お前も行けよ」
「あなたもです。すぐ夕食にしますから」
「俺はいい」

 内藤は断る。

「慣れてんだ。一日ぐらい食わなくたって死にはしねぇよ」

 そう言って部屋に、暗闇の中へと戻っていった。



「具合でも悪いんですか」

 食事を済ませた後、海斗は夕食を持って内藤の元を訪ねる。

「遥が心配していました。自分の料理を食べたから具合が悪いんじゃないかって」
「卑怯だぞ、あいつの名前出すなんて」

 海斗がろうそくで辺りを照らすと、寝たふりをしていた内藤が起き上がる。

「俺よりあいつの心配してやれ。俺は眠いだけだ」
「念のため診察します」
「大丈夫だって言ってるだろ。患者の言うことが信じられないのか」
「人の大丈夫が当てにならない事は身に沁みてます。そう言って急変する人をたくさん見てきましたから」

 内藤を言いくるめて診察を始める海斗。

「まさか、変な薬でも盛ろうって言うんじゃないだろうな」
「そんな卑怯な手は使いませんよ。遥は熱中症でしたが、変な感染症が流行っていますから虫刺されや怪我には気をつけてください」

 手際よく診察を終えると遥の手料理を食べるよう勧め、立ち上がる。

「貧血と栄養失調ですね。遥にも言いましたが術後ですからあまり無理はしないように」

 内藤も、遥と同じ違和感を持ったのだろうか。人の目を見なくなった海斗に問いかける。

「お前、変わったな」
「あなたも、随分変わりましたね」

 遥と海斗の間にできた溝の理由を少しだけ掴み、内藤は揺さぶりをかける。

「子供がいるからって油断してんだろ。確かに今はお前のが有利だ。でもな、そんなのすぐにひっくり返るる。子供、作ればいいんだろ? 」

 笑う内藤に海斗の目の色が変わった。怒りを込めて振り返る。

「遥に何を……まさか」
「俺はこれからの話をしてんだ、。奪われたくなかったら用心する事だな」

 怒りあらわに出て行く海斗。内藤は面白がってさえいるように見える。

 海斗と遥、もう長く二人は触れ合う事さえしていない。



「どうして……受けるなんて言ったの」

 その夜、眠る子供達を挟んで遥は海斗に問いかける。

「大きくなったな…蓮も美蕾も」
「うん……」

 意図が読めず、迷いながら頷く遥。

「あっという間だったよ。毎日、必死に追われるがまま走り回ってたら、いつの間にか大きくなってたんだ」

 振り返り、懐かしそうに目を細める海斗。二人の間にこれまでの月日が……ふにゃふにゃと泣いていた赤ん坊がハイハイをして歩くようになって駆け抜けていく。

「何もかも遥に任せきりだった。仕事ばかりで、たまに病院で預かって面倒見てるだけで、子育て一緒にしてる気になってた」

「私じゃない……由茉さんのおかげよ」

「辞められなかったなんて……知らなかったよ。家計の事も納屋にあった食料の事も……正直、まだ先の話だと思ってた学費や二人の将来についても、遥は考えていてくれた。側にいて、面倒を見るだけが母親じゃない」

 海斗の瞳が遥に真っ直ぐに注がれる。

「この先も、ずっとこうして家族で生きていきたいと思ってる」

 家族、迷いのない純粋な瞳に遥は耐えきれず目を伏せる。

「もっと頑張るわ、この子達の為にも」
「遥」
「ほら、もう寝なきゃ…明日も早いんでしょ」
「しばらく休むつもりだ。休んでちゃんと」
「ごめんね、心配かけたけどもう良くなったから明日からまた頑張れる。街の人達も由茉さんもあなたを待ってるし、それに……私にはもう食料を手に入れる手段がないから、昨日みたいにまた食料をもらってきてくれたら助かるの。お給料代わりに、ね? 」

「わかった……」

 歩み寄ろうとした海斗の心を遠ざけて、遥は先に横になる。

「おやすみなさい」
「おやすみ……」

 言葉遣いも眼差しも、さりげない仕草ひとつひとつに遥の変化を突きつけられる。あの男の影響だろうか……悩みながらも一歩踏み込む事が出来ず、海斗も諦めて横になった。

 海斗と遥、夫婦であるはずの二人を隔てる距離は、少し前まで子供二人分だった。でも今は──遥が遠ざかっていくのを、海斗は肌で感じている。

 そして遥も、その瞳にあふれるほどの憂鬱を溜めて暗闇を見つめている。海斗と視線が合わないように家族から背を向けて眠ったふりを。

 夜が更けていく。

 

「いやぁぁ!! 」

 誰かに殴りかかられる瞬間、叫びを上げて飛び起きた。身体中に滴るほどの冷や汗、震えも止まらない。

 蓮も美蕾も……海斗もぐっすり眠っている。

 よかった、静かに立ち上がり部屋を出た。気づかれたくない。もし、また叫んだりして起こしてしまったら……ひとり二階の寝室に、暗いまま階段を上り扉を開けてベッドに潜り込む。

 怖い、寒い、膝を抱えガタガタと震えながら夢見た記憶が蘇る。


 「かかったな」

 低い声……暗くて顔は見えないけれど聞き覚えがある。なぜか、倒れている自分が見える。

「慎重にな」
「はい、父さん」

 父さん……海斗はあの人の事をそんな風には呼ばない。でも暗闇の中、私を殴り連れ去ったのは……収容所に捨てていったのは。

 海斗と、お義父とうさんだった。



 気がつくと朝になっていた。

 膝を抱えたまま眠っていたからか、身体中が痛い。リビングから聞こえる賑やかな声に急いで下へ降りると、海斗と子供達がおはようと笑いかけてくれる。

 幸せで、穏やかな朝。

「ごめんなさい、起きるのが遅くなって」
「いいんだ、卵があったから久しぶりに焼いたんだ。さぁ、座って」

 椅子を引いてくれる笑顔。

「ありがとう」

 座ると海斗が後ろに回り、椅子を引いてくれる。

「どうかした? 」
「あ、ううん、何でもない」

 条件反射、無意識に私の身体は海斗を避けていた。

「それより仕事は? もう出掛ける時間なんじゃ……」
「さすがに今日は休むよ。たまには家族で過ごしたいし、また明日から頑張る」
「そう……」

 たまには家族で過ごしたい、その言葉通り海斗は子供達とめいいっぱい遊ぶ。子供達の歓声と笑顔の海斗。こんな光景、何年ぶりに見ただろう。暗闇の中、戦場であんなにも願った幸せがここにある……それなのに。


「ねぇ、蚊帳かやって知ってる? 」
「かや? 」
「うん、伯父さんから聞いたんだけど、昔は天井から布とか網みたいなのを吊るして虫除けしてたんだって。最近、蚊由来の感染性が流行ってるから刺されないようにしないと」
「そう……」

 横顔が歳を取るごとにお義父とうさんに似ていく。

「昔はさ、人間になるのも大変だ~なんて言ってたけど、今思うと恵まれていたんだな」

 久しぶりに聞く台詞、昔はよくそう言って笑っていた。私のエゴで海斗は人間になって、海斗は苦しんできた。ロイドでも人間でも海斗は海斗……昔そう言っていた私は、ロイドの海斗を撃ち殺し、人間になった海斗を苦しめ続けている。



「聞きたい事があって来たの」

 夕陽に照らされた部屋で遥は内藤と二人。

「水野さん……どこに行ったの? 」

 ベッドに横たわり、目を閉じたまま何も言わず。でも起きている事はわかっている。

「話したい事があるの。聞きたい事も……どこに行けば会えるの」

「あんな話した後で、聞きたい事ってそれか」

 落胆と哀しみを内藤は背負い、目を開く。戦えば戦うほど哀しいだけだと、わかっているのかもしれない。

「出てったらしい。爺さんから聞いた、どこに行ったかはわからない」
「あの隠れ家に行けば」
「もうない」

 起き上がり、一歩ずつ遥の元へ。

「元いた場所には戻れないんだ、俺達は」

 そうして遥の目の前に立つ。

「でも……離れたくない」
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