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ChapterⅢ 日常
33.目覚め 〜Awakening〜
しおりを挟む海斗は水野を呼び止め、銃を手に握らせた。
「俺の首を取ってください。ロイド軍総帥サファイアとして、戦争に加担しました……それどころか作戦を指揮し、大勢の人を。もうここにいる資格はありません。首謀者として責任を」
「家族を守り医師として街の人達の支えとなる事があなたのとるべき責任、戦場での事は忘れなさい」
水野は取り合わず、銃を懐にしまうと歩き出す。
「水野さん! そんな身体で一体どこへ」
まだ痛むはずの身体で急いでどこへ向かうのだろう。そのまま行ってしまうのか……眺めているとしばらくして足が止まり、ゆっくりと振り返る。
「ルビーという人物を知っていますか? 」
「ルビー? いえ……」
「軍の指揮権は彼女にありました。あのモニターもダミーで繋がっていた先にはルビーが、あなたの作戦は何一つ実行されていません」
「え……? 」
「あなた達の戦争は終わりました。あの二人にもそう伝えておいてください」
戦争は終わった……水野はそう言い残すと歩き始め、立ち止まる事なく廃墟の陰に消えていった。
「ルビー……」
それが幼き頃……名前もつけてもらえなかったあの子に、やっとついた名だとしたら。
痛みを忘れ水野は走る。
スパイでもなく、ロイドショップのスタッフでもなく、彼女自身の意志で心動くままに。
全身を記憶が駆け巡る。忘れようとしても忘れられなかった、口に出すのもおぞましいあの頃の。仕事を辞め弔いの旅路で偶然、噂を聞いた時から眠れないほどに。
まさか……確かにあの子は目の前で……でも。
速くなる足は若かりし時を超えあの日へと、鮮烈な記憶の中へ還っていく。
絶望の闇の中、たったひとつ産まれてきた光だった。
禁忌を犯し、草野英嗣と通じた罪で羽島の元へ送られた私は後継を産む道具として毎日……地獄だった。縁もゆかりも無い国の牢獄に閉じ込められ、手足を拘束され薬で身体を操られる日々。
昼も夜もなく弄ばれ……そして妊娠した。
「ご懐妊です」
望んでいない、愛どころか憎み始めていた男との間にできた子。組織の後継者を身ごもり豪華な部屋や衣装があてがわれ、大勢の側仕えが用意されても喜ぶ事などできなかった。
こんなはずじゃない、初めて愛したあの人と幸せになりたかったのに。
叫ぶ心を抑えれば抑えるほど嘔吐を誘い、壮絶なつわりとなって現れた。いっそこのまま死なせてほしい……そう思うほど苦しみ抜いて産まれてきた我が子は。
笑っていた。
身も心も壊れた私に笑いかけてくれたあの子。柔らかな肌に黒い髪はベルベットのような手触りで心地よくて……あの男には似ても似つかない可愛らしい女の子。
嫌だったけれど、唐島様が目尻を下げて可愛がってくれたおかげで屋敷の者達も正式な後継と認めるしかなくなり、私達は大切に扱われた。
“お前の遺伝子が入る事でこの子も賢い子になるだろう、愚かな息子だが末永く仕え、まともにしてやってくれ”
唐島様に膝をついて頼まれた。これも定めと受け入れて羽島の籍に入る事が決まった前夜。
「羽島様、そろそろこの子に御名前を……」
「わかっている。それより顔色が悪いぞ、沙奈。少し休め」
急な睡魔に襲われて次に目覚めた時、隣で寝ていたはずのあの子は……羽島に握り潰され床に、叩きつけられていた。
それからの事はよく憶えていない。
気づいたらまた牢獄に、死のうとした私を憐れんだ唐島様が私に仕事を与え、この街に戻された。
“お前の遺伝子では駄目だ、IQが低すぎる”
“後継はもっと優秀な若い女に産ませる”
せせら笑う声はずっと消えず脳裏に刻まれたまま。その後も若い女を何人も抱えたけれど、結局後継ぎとなる子は産まれないまま唐島様が亡くなり、組織自体も滅んで、代々“島”の字を受け継ぐ一族は消滅した。
もし、あれが夢うつつの内に見た幻想だとしたら……私とあの子を引き離す事が目的だとしたら。
今もどこかで生きていて“島”の字を継いでいるのかもしれない。
そして密かに、組織の再興を目指し。
「うっ……」
強烈な、目にしみるほど白い光に目が眩み、思わずうずくまる。引き戻された現実、人気のない林にいるはずが何も見えない。
何が起きているのか……地面を這って茂みに隠れ、恐る恐る目を開けると。
上空に光が。
どこから発せられているかさえわからない、白に金に紫の球体のような光が飛び交っている。
危険、それより眩しすぎて目が開けられない……行かないと。どこに行けばルビーに会えるのかもわからないまま、じっと茂みに留まるしかない。
シュンッッ!!
聞いた事もない音、見た事もない速さの光が横を通り抜けて地面に大穴。地震か……上下に揺さぶられ、地面に投げ出された。
「くっ……」
痛い。
このまま死ぬかもしれない。
軍の攻撃か……でも今までのどんな戦闘でも、こんな攻撃は見たことがない。閉じた瞼の裏にこれまでの人生が浮かびあがる。一人娘で親に溺愛されわがままに育った、そのつけが回ってきたのかもしれない……20歳で婚約して幸せの絶頂で彼を亡くし、どん底に突き落とされた。
それからの人生は悲惨そのもの、思い出したくもない。
自分を失い抜け殻になって引きこもっていたその時、偶然目にしたCM。愛する人との永遠の日々が手に入るパートナーロイド……その言葉に取り憑かれた私は必死に働いてお金を貯め、ロイドショップへ。伴侶を亡くした白髪の人達に混じって説明を受け、彼を手に入れた。
そういえば昔、遥にだけ打ち明けた事があった……海斗を失う恐怖から気持ちをそらしたくて、いや、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。信頼できる誰かに。
続いていく人生の走馬灯。
徐々に現実から切り離されていく感覚、本当に死ぬのかもしれない。ルビーに……愛する我が子に会えぬまま。どのみち羽島が死んでしまっては手がかりもない。まぁ、生きていても素直に会わせるわけなどないだろう。あの男は、人の不幸が歓びだった。
「○☆%〆→>*%€? 」
「☆$^・・……」
声……返事ができない。死んでもフィアンセには会いたくない、こんなにも汚れ歳を取って大人になり、幼かった愛が彼を幸せにしていなかったことに気づいたから。
同じ頃、草野病院でもその揺れは観測された。
「地震か? 」
震度2くらいだろうか……物が倒れるほどではなく足元がゆらゆらと揺れる程度の。思わずでてしまった独り言にも返事はない静かな部屋。
遥は……特に変わりなく眠ったまま、落ち着いているようだ。撫でるとさらり逃げていく前髪、こうして二人でいるのはいつが最後だっただろう。
「遥……」
こうして呼ぶのもすごく懐かしい気がする。いつからかママと、子供を介して呼ぶのが当たり前になっていた。蒼白い肌、痩せこけた頬、長い睫毛……。
「遥、遥!? 」
微かに動いた睫毛がゆっくりと上がっていく……そして覗く瞳は間違いなく俺を見た。
「何はともあれ、まずは目覚めてよかった。それで脳に障害は」
「まだわからないが、受け答えは正常に……頷いていた」
「そうか、よかったよかった」
安堵の表情を浮かべる洋司に対して浮かない顔の海斗。出された水に手を付ける様子もない。
「話を……せねばならんな」
表情を崩さない海斗に洋司は溜め息を、そして話し始める。
「海斗、残念だがお前はわしの息子ではない。紛れもなく弟の英嗣と……渚の子だ」
洋司は水を飲み干す。
「渚は、高校の同級生でな……勉強がよく出来て真面目で、まだその頃はあどけなかったがな、高校を出て付き合うようになると、どんどん大人びて美しくなっていった」
「どういう事だ」
「どうでもよかったんだ、本当は医者にならなくてもどこかで働いて渚と、小さな部屋でも借りて暮らそうと話していた。だが互いに父親が厳しくてな……跡を継げと医学部に入れられ医者になり、そのまま専門の研究が認められて県外の大学に行くことになって渚とは会えない日が続いた。その間、渚はまともに就職もさせてもらえず家で祖父母の介護をさせられていたらしい……苦しんでいたのに、逃がしてやれなかった」
そうして10年が経ったと、洋司は一言。
「研修を終えて行き場のなかった英嗣が草野医院を継ぐ事になり、親父も……渚の祖父母も亡くなった。何とか県内の病院に職を見つけて会いたいと連絡した時……謝られたよ」
10年は長過ぎた、そう言って笑う洋司の目は心なしか潤んでいる。
「まさか……」
「二人の仲がいつどうなったかは知らん。だがその時既に渚は……妊娠していた。馬鹿みたいにまだ付き合っとると、まだ待ってくれとると思っとった。渚は泣いて謝ってくれたが悪いのはわしだ、渚でも英嗣でもない。結果、二人は結婚し、祝福するしかなかった……産まれてきたお前も可愛かったしなぁ。これでよかったと納得させて、この街に帰るのをやめた。後はお前も知っとるだろう。渚が亡くなるまで……一度も会っていない」
「なら何で、あいつはそんなでたらめを」
「渚の死後、日記を見たらしい。病気がわかった頃だと思うが一度だけ連絡が来たからな。それを知って密通を疑ったんだ」
「最低だな」
怒りに任せ一言、それは誰に向いた言葉だろうか。
「とにかく移植の事は伏せておこう。あの男の事もわしらで何とかする、どこか別の街で仕事と家を用意してやるつもりだ。だからお前も由茉との仲にけじめをつけ遥とやり直せ」
「由茉? 何の事だ」
海斗は初めて、この家にロイドの海斗が入り込んでいた事を知る。
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