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Chapter Ⅱ
決戦の刻(前編) 〜Time of decisive battle〜
しおりを挟む決戦を控えた夜、望み通り爆音の届かない静かな部屋で、愛する遥を胸に抱き満足げに眠る奏翔……その安らかな寝顔を遥はぼんやりと眺めていた。
「ごめんね……」
哀しみのこもる呟き。
瞼にかかる長い前髪を指で梳き、さらりと撫でる。隠されていた……その瞳も想いもすべてを知り受け入れてしまった。
人生の最期、残り時間が長くない事を遥は悟っている。
“武器を捨ててどこか遠くで穏やかに……”
身も心も救い、愛してくれた彼の願いは聞いてあげられそうにない。髪を撫でる手を頬に、起こさないよう優しく触れる。
「愛してる……」
痛みに歪む表情が一瞬、微笑みに……そして遥も目を閉じる。
抱き合い眠る二人。その頃、かつて首都だった遙か彼方のとある街で爆発が、莫大なオレンジの光が街を包み全てを飲み込んでいく。
最期の日、戦いは既に始まっている。
容赦なく夜は明け、内藤はいち早く勝負に出る。
過去を消す為には収容所を、知る人間を全て抹殺する──正義でもこの世でもなく遥だけの為に闘うと決めた内藤を待ち受ける敵、その正体に意表をつかれる。
「何者だ、名を名乗れ」
核心部、地下五階で迎え撃つ敵は意外にも捕虜服姿の痩せ細った男。
「名乗る必要などない。どうせ死ぬのだ」
鼻で笑う姿に羽島を感じる、だが襲ってくる相手に覚えはなくなぜ捕虜が襲ってくるのかも、内藤には理解が出来ない。
「お前の弱点を知っている」
ニヤリと笑う頬を殴り飛ばす。いとも容易く弾かれ壁に叩きつけられた男、大して強くもなく衰弱している。そんな相手がなぜここまで強気か……男が指を鳴らす。
暗い部屋に巨大な映像、白い肌と……悲痛な叫び声。映し出されたそれに目を見開き、内藤は魂ごと奪われる。
襲われ泣き叫ぶ遥。
「どうだ、お前のプリンセスがここの汚い男達の手で堕とされていく姿は。初めてだったらしい、余程よかったのか泣いて喜んでやがった」
嬉々とした声は高笑いに変わり響き渡る。遥はやはりここで辱めを受け身も心も奪われていた。
「これでもまだ足りないくらいだ……あの女は俺をコケに。俺様の、偉大で素晴らしかったはずの人生を踏みにじり、果てはこの掃き溜めに落としたのだからな」
口から流れる血を拭い、立ち上がる男。
「あの女が歯向かわなければ丸山を殺し、俺様が世を牛耳っていた。ロイドもロボも排除され、この戦争は起きなかった……どうだ、違うか」
男は内藤の背後から一歩ずつ迫り、尚も言葉で責め続ける。尚も響き渡る叫び声、殴られ蹴られその声は下卑た笑いにかき消される。どこが、喜んでいるのか。
「見てみろ、何と汚らわしい姿だ、これが組織を捨て命を懸けた女の正体だ、内藤奏翔」
熱せられた鉄を肌に当てられ叫びを上げる……気絶しても止まる事のない愚行、傷めつけられる姿を放心のまま見つめ続ける。そのすぐ後ろに男が迫り手を高く上げ頭を狙い。
瞬殺。
内藤の放った弾は男の腹を貫き、惨めに散った。
男の名は沢渡。
かつて遥に異常な執着を見せていたEduの元社長、一時は反ロイド派組織の後継者と目されたが、羽島の奇襲攻撃で死傷。その後、淫行や傷害などの罪で表舞台から姿を消していた。上昇気流に乗っていた男は本人の言葉通り凋落した、だがそれは遥とは関わりのない事。
しかし沢渡は、恨みの矛先を遥に向けた。
強制収容所という蟻地獄で英嗣同様、恨みを深め遥への復讐の機会を窺っていたのだ。
強烈な怒りを、哀しみを負った背中が殺気立つ。瞳の色が変わる……黙ったまま映像に一発、弾が空間をすり抜けていく。
それでも消えない映像に背を向け、再び歩き出した。残虐な本性を剥き出しに、黒豹として覚醒した内藤は軍人の消えた収容所内を荒々しく壊し、進む。扉という扉を開け捕虜を撃ち殺し、やがてトイレのような小部屋に稼働中のPCを見つけると弾を撃ち込んで壊した。
シュー、プツン
音と同時、わずかに灯っていた照明が消え収容所の全機能が停止した。メインシステムが破壊され、照明だけでなく空調やあのベルトコンベアのような機械も……それは、この収容所の終焉を示していた。
さっきまでメインシステムだった、金属の塊が火を噴く。魂を失い燃え盛る炎に背を向け黒豹は部屋を出た。階段を駆け抜け、恐れおののく捕虜達を殺しながら上に向かう。
一人残らず殺すと決めた。
火事だ、騒ぎながら上へと逃げる捕虜達を撃ち落とす。遥を苦しめた奴等を……その一心で乗り込んだ収容所。あの日のように螺旋階段を登り終え屋上に出られる扉を、自分だけが出て閉めると出られないよう荷物で塞いだ。
建物を跳び移り離れて行く背中。炎は勢いを更に増し、やがて耐えきれず爆発した。
閉じ込められ、逃げきれず死んでいった捕虜達。彼等が皆、遥の事件に関わっていたかはわからない。
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