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Chapter Ⅱ 戦場
25.信頼 〜truth〜
しおりを挟む「そんな事で俺を殺せるのか? 」
悲しみが降り積もる街、溶ける事のない傷みは氷のように重く冷たく空気を固める。
息も出来ぬほどの苦しみ、それでも争いは終わらない。
英嗣を追いかけ、ある事実を知った海斗は銃を手に宿敵に立ち向かっていた。何発撃っても当たらない、常人ならぬ動きで光線をよける英嗣、それでも海斗は諦めない。
「許さない……お前だけは」
「いいのか、俺を殺すと真実が葬り去られるぞ。知りたいのだろう? 」
英嗣は海斗を挑発しながら、巧みに操り揺さぶりをかける。心に迷いが見えた瞬間とどめを……海斗を操る術に傲慢すぎるほどの自信を持っていた。
しかし、海斗にもう迷いはない。
「今更どうでもいい。お前を殺す、必ず」
瓦礫の山を駆け上がり光線を放つ。よけた英嗣の脇腹に隙を、即座に持ち替えて左から一発、命中した。
張り裂けるように笑い声が響く。
「下手な鉄砲も数撃てば当たる……よく言ったものだな」
間違いなく脇腹に当たったはず、それなのに効いている気配はない。
「やれるものならやってみるがいい。お前に俺は殺せない、絶対にな」
捨て台詞を残し、英嗣は消えた。
「待て!! 」
海斗も後を追い、闇夜へと消えていく。
羽島、楓、成瀬が相次いで死に、英嗣と海斗も宮殿を出た。軍の要となる巨大な基地はもぬけの殻、ロイド兵は街に放たれてしまった。
誰もいない回廊を駆け抜ける黒い影。
いくつかの部屋に入り何かを探すよう荷をあさり、目にも止まらぬ速さでまた駆けていく。短い髪をなびかせる華奢な影の正体は遥。頬は痩せこけ表情がなく、眼だけを鋭く光らせている……それは、完全に闇を生きる者の顔つき。
宮殿を出て道なき道を、やがて辿り着いた瓦礫の裏手に回り隠れ家へ。
「戻りました」
そこでは負傷した包帯姿の内藤が待っていた。
「薬と包帯見つけたの、それから着替えも」
「こんなにたくさん……どこからだ」
荷を見た内藤の声が険しくなる。
「基地の倉庫に。街の人達の分じゃないから気にしないで」
「あんな所まで一人で行ったのか? 危険すぎる」
この数日、遥は水野と共に動いていた。ロイド兵の行方を追っているのは知っていたが、偵察どころか盗みまで……複雑な想いに胸を詰まらせる内藤。対する遥は不気味なほど淡々と支度を済ませ、内藤の傍らへ。
汚れた包帯を取り、水を含ませたタオルで身体を拭き、薬を指に。
「慣れたもんだな」
「うん……よくやってたから」
語ろうとはしない、しかし、ちょっとした仕草に自分の知らない遥を感じる。
そっと背中を這う指先、冷たい感触……切ない時間を味わうように内藤は目を閉じる。
「よし」
小さく聞こえた遥の声、指が離れ目を開ける。布きれを当て、真新しい包帯をゆっくりと巻いていく。あまりにも丁寧過ぎるほどの仕草はまるで別れの儀式のよう。
なぜ……こんな気持ちにさせるのか。巻き終えた包帯、その端と端をきゅっと結ばれて布の擦れる音がする。
「これで大丈夫だから」
離れていく手を握り、ぐっと引き寄せ抱きしめた。
「奏翔さん、私……」
「聞きたくない」
互いを感じ時間が止まる。胸の鼓動を聞きながら、遥はそっと目を閉じる。
「私のせいなの」
「違う」
潤む目を開け、遥は自分から彼の首筋にキスをする……そして包まれていた腕からすり抜けると、すっと立ち上がった。
「ゆっくり休んでね」
「どこに行くんだ」
わずかに微笑むと何も言わず背を向けて、遥は行ってしまった。
「遥、待て……待ってくれ」
行かなければ、追わなければ遥が死んでしまう、言いようのない不安に襲われる。焦りを抑え急いで着替えると銃を手に出口へ。
「どこへ行くのです」
見張りをしていた水野が、目の前に立ちはだかる。
「どけ、遥を連れ戻す」
「放っておきなさい」
「何言ってんだ。もし遥の身に何かあったら」
「遥自身の意志です」
「あんたが焚きつけたのか、遥に責任感じさせて」
「逆です。遥からあなたを一歩も外に出すなと、しっかり休ませてほしいと頼まれました」
「はぁっ! 嘘つけ、あんたが人の指図なんて受ける訳ないだろ」
隠れ家に射し込む光を鬱陶しそうに見上げ、水野は呟く。
「話しましたか」
「いや、やめようと言っただけだ」
「それで? 」
挑発的な水野の笑み。
「うるせぇな……俺の言う事なんて聞くわけねぇだろ」
内藤は水野の相手をやめ光射す方へ歩き出す。
「待ちなさい」
すかさず水野は制止する。
「行くべきではありません。このまま夢を見ていたいのなら」
「どけ」
「海斗と、会っているかも」
それでも内藤は砂埃煙る街へ、遥を探しに出て行った。去っていく背を見つめる水野……海斗がサファイアだと知る彼女には、違うシナリオが見えているようだ。
遥は物陰から注意深く辺りの様子を観察していた。
ロイド兵の特徴は白い軍服と腰元の白い銃、軍服を着ている場合もあるがぼろを着て市民に紛れている可能性もある。最も確実な特徴は瞳の奥の赤い光だが、遠くからでは見ることが出来ない。
遥は水野に教えられた通り、全方位に神経を集中させて道の先を見る。
まばらに歩く人達、ここのところ爆撃が減っているからか子供を連れていたり、配給物資を持っていたり、思い思いの日常が垣間見える。
思い出さないのだろうか。
昔と違って心を移さなくなった表情は動かず、暗い海のような瞳は絶望した海斗の瞳とよく似ている。やがて遥は、男二人組に狙いを定めると用心深く辺りを見回し動き出す。
「待て」
腕を掴まれた。
「奏翔さん……」
何も言わなかった。ただ遥の細い腕を掴むと、ずんずんと来た道を引き返す。
「奏翔さん、待って」
何度呼んでも返事はない。怒っている……それは遥にも伝わり、二人とも無言に。そうして瓦礫の山の前まで帰ってきた。
「もう二度と、あんな真似しないでくれ」
人目を避けて隠れ家へ。入口で腕を離すとたった一言、それだけ言って中に入っていってしまった。
再会した日から今日まで、遥を優しく大切に守ってきた内藤が初めて見せた厳しい態度に、俯く遥。
「来なさい、話があります」
立ち尽くす遥を水野が呼び、奥へ連れて行く。表情も見えぬ暗闇で三角形に座る三人。
沈黙の中、水野が口を開く。
「作戦を変更しましょう」
即座に反応したのは内藤。
「今さら何言ってんだ。人が寝てる間に勝手に決めて遥こき使いやがって」
「兵の動きが異様です。首謀者もどこかに隠れたまま……嫌な予感がします」
「またそれか。何度も言うが嫌な予感なんてのは当たった気になってるだけで非現実的なんだよ。稀に当たったとして、人間に防げることなんてたかが知れてる。いいか、未来はな、幾重にも分岐していてどの道も同じ次元に平行に存在し進行しているんだ。どの道をどのように進み、どんな未来に辿り着くか……それは自分だけじゃない、他者や環境など様々な要因に左右され決して一人で流れに逆らうなんてできねぇんだよ。それがこの世界に生きる人間ってものの宿命で」
「あなたとパラレルユニバースについて議論している暇はありません。手遅れになれば私達のいるこの世界は消滅します」
内藤と水野、息つく間もなく繰り広げられるやり取りに反応することなく、遥は黙っている。
──世界が消滅する──
水野によってもたらされたあまりに大き過ぎる課題。首謀者さえ倒せば戦争は終わると信じてきた二人は受け入れる事ができるのだろうか。
「最期の日作戦は、近いかもしれません」
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