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Chapter Ⅱ 戦場
23.(前編)妬みの炎 〜flame of envy〜
しおりを挟む「跡形もないな……」
水野は内藤と遥を連れてあの場所へ来ていた。
「営業中に爆撃があってみんなで避難しました。成瀬さんは現れませんでしたが……見たこともない人を探しようがなくて、楓さんと相談して解散を」
「お客様は」
「いません。ロイドが自爆すると知って、欲しがる人はいなくなりましたから。私と楓さんと、メンテスタッフが数名いただけです」
壊れていたのが嘘のように冷静な遥。
「あなたが潔白だと言うなら、あなたのコードを持つ何者かが中で本物のメインシステムを操っているはず。行きましょう」
白い瓦礫と割れ硝子の山を行く三人、ここはかつてロイドショップと修理センターのあった場所。軍の本拠地になっていてもおかしくないと、水野はこの街に帰ってきた際、真っ先にここを訪れていた。そして内藤も……遥と出会った思い出の場所に、来ずにはいられなかった。
しかし遥はあの日以来、この場所に来られなかった。
多くの罪、樹梨亜との事、何ひとつ守れなかった責めを感じさせられる場所だからだ。歩きながら遥はその日を思い出す……ロイドショップ最期の日を。
「草野さん、大変です!! 」
「どうしたの!? 何が」
「空襲警報です、軍の奇襲攻撃が!! 」
あの日、その声に平和は破られた。痛む胸を押さえて外に出たその時、ショップに黒い塊が落ちて爆発し……何もかもが炎にのまれた。辺りにも爆弾が降ってきて逃げ道まで塞がれて。
「楓さん、全員そろっていますね」
「1.2.3……そうね、あと1人」
「誰ですか」
「たぶん成瀬さん、修理センターの。6人出勤してるはずだけど5人しかいないわ」
「探しに行かないと。楓さん、皆さんの避難を」
「行っちゃだめよ! 行ったら助からない」
「でも……」
「顔も知らないのよ、今まで何も協力してくれなかった。遥ちゃんは帰らなきゃ、旦那さんと子供達の所に。ね、そうでしょ」
楓さんの提案で、その場で解散した。二度と戻って来なくていい、それぞれ家族の元へ帰りどこへでも避難を……生き延びてくださいと話して、マスターチーフとして最後の仕事を終えた。
北部に家があるという楓さんと別れて家族の元へ。火の海をくぐり抜けて家に着いた時には一日経っていて、ボロボロの私を海斗と蓮と美蕾が……待っていてくれた。
みんな……無事に帰れたのかな。
「遥、気をつけろ」
転びそうになって奏翔さんに支えられる。あれからどれだけの時が経ったか……もうすごく昔の事のような気がする。
「この下、ですね」
「でもどうやって落ちるんだ。第一あの基地は壊したはずだ」
「誰かさんが解いたのです、その封印を」
水野さんが私をちらりと見る。解けなかった、辿り着けなかったはずのあの基地。私のコードをただ一人、使った人がいるとするなら。
“遥ちゃん”
まさか、そんなはずない。
「出入りの跡があるはずです。光が漏れているか、硝子に反射しているか……」
私は水野さんになれない。だからお姉さんのように支えてくれた楓さんと一緒に、この地を守ってきた。
「ここだな」
奏翔さんの歩みが止まる。
怖い……全て知ってしまうのが。
「離れなさい」
水野さんが何かを投げて瓦礫が弾け飛ぶ。キラキラと硝子が闇夜に散る。初めてここに来た日からずっと、色んな景色を写していた透明の破片。
後に続いて下に降りていく。
三人が降り立ったその場所は、以前と変わらずブルーの光に包まれていた。遥は足元に何かを見つけ拾い上げる。
「包帯……」
箱型PCの並ぶ異様な光景、内藤も何かを見つけてその先へ走る。
「メインか……」
水野も駆け寄りキーボードを操作、システムに拒絶され、ポロンと音がする。
「違います」
ブーッブーッブーッ!!
響くサイレン、一斉に停電し赤い光が三人に降り注ぐ。
「侵入者だ、行けーっ!! 」
声と共に現れたロイド兵。飛び交うレーザー、また戦いの場へ銃を手に応戦する三人。息を合わせ戦う内藤と遥に水野は戸惑いながらも撃ち続ける。物陰に隠れ襲ってくるロイドは遥を狙っている。
「伏せなさい! 」
遥と内藤が伏せ、レーザーは壁を貫通。漏れる光を見た遥が素早い動きを見せ走り出す。
「待ちなさい、遥!! 」
その先に何かいる、嫌な予感は的中。レーザーでなく実弾のマシンガンの連射音。
ダダダダダダダダダダダダ……
あまりに長い音、光る壁の向こうで何が起こるのか。
「遥!! 」
我慢できず内藤が走り出し、ここぞと狙うロイド兵を水野が撃ち倒す。ただ一人を守るため戦っている、昔とは違う内藤に戸惑いうまく連携が取れない。大勢向かってくるロイド、しかし水野の敵ではない。
遅れを取りつつ全て倒し、壁の向こうへ。
「どうして……楓さん、何で!? 」
無傷の遥が叫ぶ先には銃を構え怯えた様子の女性。長い髪を振り乱し化粧もしていないが鈴木楓……招き猫のような顔に水野も記憶を呼び覚まされる。
「あんたの……全部あんたのせいよ! 」
今の遥には銃弾より効く言葉。
「羽島様に認められれば、結婚できるはずだったのに。ヒスイ様と私の幸せを……どうして! あんたは全部持ってるじゃないよ! 結婚して子供もいて、毎日幸せそうに浮かれた顔してヘラヘラしてて、私はいっつも損ばっかり。私の客も成績もマスターの座だって全部奪ったんじゃない、あんたが全部!! 」
「そんな……それは楓さんが……」
「あんたがやりたそうだったから譲ってやったのよ。知らないでしょ、あんたが水野さんに媚び売ってた頃からずっと、私は努力してきたんだから」
勝手に逆上し興奮した楓は手当たり次第にその辺の物を遥に投げつける。
「私はあんたが全部なくす所が見たいの。家族も仕事も……あんたが大好きな水野さんからの信頼もね。そうして全部の罪を被って死んでいくの。面白いでしょ」
「くだらない」
遥の前に一歩進み出て一蹴したのは、遥を疑っていたはずの水野。
「あなたが愛されないのは自業自得、遥とは関係ありません。マスターの件もあなたの努力が足りなかったのでしょう」
「あー!! うるさいうるさいうるさい!! 」
水野の言葉に更に逆上した楓は化け物のように苦しみ暴れ出す。
「ほんっと、くだらねぇな」
内藤は容赦なく楓に銃口を。
「どんな理由であれ遥を傷つける奴は許さない」
「やめて」
遥の手が内藤の銃を下げさせる。
「また違う男たぶらかしたのね。旦那さんに子供までいるのに最低ね」
命拾いしたはず、それなのに楓は遥に罵声を。何も言えず、ただ黙る遥。
「琥珀、何やってる! 早く殺せ!! 」
どこからか声が降ってきた。
「翡翠様! いらしたのですね」
「俺と結婚したいんだろ琥珀、そいつらを殺せ! 」
「はい、成瀬様の為なら私……」
「バカッ!! 名前を呼ぶな。いいか、全員始末しろ。じゃないと連れてってやらないからな! 」
「そ、そんな成瀬様、私……人殺しなんて」
「俺の為なら何でもできるんだろ」
「成瀬様の……為なら……何だって」
楓は遥を睨みつけ、震えながら銃を構える。
「翡翠……どこまでも卑怯な野郎だ。二手に分かれるぞ、遥を頼む!! 」
「奏翔さん!! 」
声の先、光を捉えた内藤が跳び上がった。
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