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Chapter Ⅱ 戦場

22.真実のかけら 〜piece of truth〜

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 久しぶりに外に出た。

 星のない黒い夜空、空気も湿っていて重く走るとじっとり汗が出る。もうこんな季節になっていたのか。

 “暑いね、汗かいたでしょ”

 初めて汗をかいて戸惑った日、タオルを差し出してくれた遥の笑顔を思い出す。不慣れな人間としての日々、いつも隣で笑っていてくれた遥と子供達の笑顔と笑う声に……日々は明るく照らされていた。あふれるほどの幸せが、当たり前になるほどに。


 孤独は、こんなにも人生を暗くするのか。


 走っても走っても辿り着けない。暗すぎて何も見えない……今更どれだけあがいたところできっと元には戻れない。戻る資格もない。

 俺は、皇帝としていくつかの作戦を決行してしまった。遥から英嗣の目をそらす為……いや、それは口実か。欲しい物は奪い、憎い者は殺し……全て思いのままにする。悪魔の囁きに俺自身が負けてしまっただけだ。

 多くの人を犠牲に……そんな俺が生きていていいわけがない。

 遥をあの人に託し、蓮と美蕾は施設に。当初、計画した通り家族はバラバラだ。もう二度とあの家で笑い合う事もない。それでも生きていてほしい……生きて笑っていてほしい。

 海斗は闇を切り裂いて進む。

 世界中で最も憎い宿敵、英嗣の罠にはまり家族と引き離されてしまった。心の隙に付け込まれて皇帝となり大量殺戮たいりょうさつりくという大罪まで犯し、医師だったはずの海斗はたった一人、愛した遥を守るため戦争に加担し、大勢の命を奪った。

 深く激しい後悔が、互いの道を遠ざける。

 海斗も遥も、先の見えない暗闇に心を囚われていた。大切な人が、街が死んでいく。絶えず鳴り響く爆音、炎に焼かれ道に転がる亡骸なきがら、そしてつきまとう死の恐怖……正気ではいられない日常。守りたいものが多いほど苦しみが多い世界。

 遥は既に壊れかけていた。

 目の前に並ぶ真実のかけらは遥にある事実を示している。しかし、それに気付く余裕はなさそうだ。


「何を知り、何を嗅ぎ回っていたのか答えなさい。草野遥」

 水野は、銃より冷たい疑いの眼差しを遥に向けていた。

「何バカな事言ってんだ、こいつは被害者なんだよ。何も知らないのに一人取り残されたんだ」
「黙っていなさい。あなたが何を知っているのですか、遥の何を。私より少し早く再会しただけ、どうせ弱っている姿を見せられ同情したのでしょう」
「同情なんかじゃねぇ、俺は」

「確かに」

 水野と内藤の言い合いを止めた遥、強い語調に驚いた内藤は遥をじっと見つめる。

「私はマスターチーフでした、爆撃を受け解散したあの日まで。あの頃の水野さんと同じ地位に立ち同じ権限を持っていました」

 落ち着いた口調で遥は話を続ける。

「ロイドの自爆事件が相次ぎ、私やロイド関連企業のスタッフは取り調べを受けました。でも真相は謎のまま、その時は誰も捕まりませんでした。でもその後、収容所で罪状を知らされ私がやった事になっているのだと知りました。水野さんも、そう思ってるんですね」

 遥は言い終えると立ち上がり、水野の正面に座る。そして銃を水野の手に握らせ自分に……向けた。

「殺してください。私は罪人です」

「遥やめろ」
「水野さんなら止められました。組織にいたスパイだったなら成瀬さんとも話ができたかもしれません」

 引き金に指を掛け……。

「間瀬さんも金田さんも樹梨亜も……死なずに済んだんです」
「止めなさい。話すまでは死なせません」

 力の抜けた手から銃をもぎとり、狂った様子の遥に水野は厳しい視線を向ける。

「あなたのコードが使用されているのです。泣き落としも狂ったふりも通用しません。あなた自身がコードを使い今もロイドを動かしているか、誰かに貸したか、紛失したか……散々教えたはずです、しっかり管理するようにと。故意にしろ過失にしろゆるされません、あなたはそれだけ大きな罪を犯したのです」

 遥は気が抜けたように座り込み無言。言葉を返すどころか、聞こえているのかもわからない。

 じめじめした重い空気がのしかかる。

「待てよ」

 口を開いたのは内藤。

「それなら俺達も同罪だ、遥だけを責められない」
「庇うのは愛ではありません」
「庇ってんじゃねぇよ。俺等だってあいつらの手に転がされたのは確かだ。俺とあんたが今もあそこを守っていれば、遥がこんな目に遭わずに済んだ。あの時、あんたがちゃんと辞めさせてれば」
「遥自身が望んだのです」

 確かに遥が望んだ事、しかし放心状態になった今の遥を見てもその理由はわからない。

「これが目的、だったのかもしれませんね」

 冷たい言葉を空間に投げ立ち上がる。

「場所を教えなさい、収容所の場所です。そこに黒幕がいるかもしれません」

 水野は内藤から場所を聞き立ち去った。放心の遥……あれだけ慕い目指してきた人に疑われている。厳しい言葉を投げかけられ認めてもらう事もなく。

 いつものように隣に座り、遥をそっと抱き寄せる。

「悪かった……」

 胸に抱かれ、優しく髪を撫でられて遥の瞼がゆっくりと降りていく。



 戻ってきた水野は内藤に調査の結果を告げる。

「あそこはロイド軍の施設ではありません」

 防衛軍の側かと問う内藤に水野は首を振る。

「どちらでもありません……あそこは」

 水野でさえ口にする事をはばかられる場所、そこは。

「更生不可能な性犯罪者を隔離する特別刑務所……封印された知られざる場所のはずが乗っ取られていたようです。ロイド軍に」

 内藤もまた、真実のかけらを手に。

「誰か、遥に恨みを持つ奴がいる。全部……全部そいつの仕業だ、誰かが遥を陥れたんだ」

 まだ遥を信じられない水野。

「信じていいものなど何もありません。映像、言葉……目の前にいるのが本人かどうかさえ安易に信じられない。成り済ましロイド、あなたも知っていますね」
「成り済ましロイド、何だそれは」
「そんな事も知らずに戦争を終わらせられると? 」

 以前、リンが言っていたのを聞き流した内藤はここで初めてその存在を知る。

「海斗が二人います。あの時、人間になった海斗とあの後作られたロイドの海斗。羽島が英嗣を死んだ事にしてかくまい、この計画に協力させた……いえ、あの頃、起きていた出来事さえも全てこの作戦に続いていたのです」

 水野、内藤、遥、そして海斗……それぞれが掴む真実のかけらを一つに出来れば解決に近づく。内藤と水野……二人は傍らに眠る遥を見つめる。

「こんな大事な時に……」
「目覚めたら戻ってる。話が聞けるはずだ」
「それはそうと……本気ですか」
「誰よりあんたが知ってんだろ」
「遥が……本気であなたを受け入れるとは思えません」
「相変わらず失礼だな」

 小さく笑う二人、何ひとつ信じられないこの情勢で互いを信じられているのだろうか。

「あの場所へ。遥の仕業か確かめます」

 遥を見つめてから、内藤は頷いた。



 そして海斗はある場所へ辿り着く。

「まだそんな事を言っているのか」

 声を潜め、でも感情を露わにした声に聞き覚えがある。身を隠して様子をうかがい更に聞こえてきた声に、海斗は動きを失った。

「苦しむがいい、お前が俺にしたようにお前の息子から全てを奪い殺してやる」
「待て! 恨むなら俺を」
「海斗や遥、お前の大事な家族とやらの亡骸なきがらを並べてやる……お前は一番最後だ」

 英嗣は立ち去った。

 苦しそうに胸を抑え悔やんでいるのは草野洋司。海斗が長年、伯父と慕ってきた人物。意図せず知ってしまった自身の出生の秘密、信じられない……でもそれなら、全ての辻褄つじつまが合ってしまう。

 信じてきた何かが音を立てて崩れ落ちる。

 洋司と遥の裏切り、それは憎んでいた英嗣が働いた悪事よりも海斗を絶望の底に叩き落とす。

 海斗はそのままふらふらと……闇の中へ姿を消した。
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