最期の日 〜もうひとつの愛〜

織本 紗綾

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Chapter Ⅱ 戦場

19.別れ 〜farewell〜

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 そして夜が明け、集落を出た遥達は浜辺へ向かっていた。

「あ~ぁ、もうちょっと一緒にいたかったなぁ~」
「仕方ないだろ、だいたい無茶し過ぎだ。あれだけ気をつけろと言ってきたのに、調子に乗るからこういう事になるんだ」

 内藤の心配をよそに、しつこいと頬を膨らませてねるリン。石膏で右足を固め、木の枝を杖代わりにして歩く姿は痛々しい。

「遥さん、先生のことよろしくね。しつこいし、うるさいし、無茶ばっかりするから」
「うん、わかった」
「おい、それほとんど悪口だろ」

 相変わらず表情は固く、微笑みと言っても少し口角が上がるだけの遥。繋ごうと触れる内藤の手をさりげなく避ける。

 浜風が吹いて波音が聞こえてきた。

「あれか……」

 先に来て船を停めていた爺と合流し、あっけなく訪れる別れの時。

「また会える? 」
「あぁ、またいつか会える。生きてればな」
「うん……元気でね、先生も遥さんも」
「もう二度と戦場なんか出るんじゃないぞ、どっか安全な所にでも避難して、ちゃんと生き延びろ」
「うん、わかった」

「皆様、お世話になりました。では、そろそろ……」

 爺に連れられてリンは船に乗る。

「また会いに来るねー! 」

 バイバイと手を振り、リンは波に揺られて遠ざかっていった。元気で明るくて、ツンとした笑顔がチャームポイントの女の子は、二人に何を残しただろう。姿が見えなくなるまで手を振って、別れを惜しんだ。


「行くか」

 きびすを返し、歩き出す内藤。遥はただ頷くとゆっくりついて歩く。さり気なく内藤が指を絡め手を握る。

奏翔かなとさん……」
「ん? 」
「終わったら会いに行ってあげて。リンちゃん、きっと喜ぶと思う」
「そうだな、一緒に行くか」

 想いが叶い、幸せの絶頂にいる内藤は優しく遥に笑いかける。

「私は、死んじゃうかもしれないでしょ? 戦争……してるんだし」
「バカだな、死なせるわけないだろ。俺を誰だと思ってるんだ」

 内藤は気づかない。

 遥が死をほのめかす理由も、景色に紛れ二人を注意深く観察する影の存在にも。

「作戦、考えてあるんだ」
「作戦? 」
「あぁ、後で話す。必ず守る。信じてついてきてくれ」

 立ち止まると強い眼差しで見つめ、遥も心を決めたように頷く。二人の関係は少しずつ変化しているようだ。

 その姿を確認して影は飛び去った。

 誰の手の者か……帰り着いたのはあの地下宮殿。回廊を奥へ奥へと進んでいき、ワープ無しで皇帝の居室へと辿り着く。

「陛下、戻りました」
「御苦労」

 シャンデリアの灯りに照らされるその姿、影はあの衛兵だった。

「ご確認ください」

 映し出されたのは遥と内藤。手を繋ぎ見つめ合う二人の世界は甘く、画面越しにも気恥ずかしい空気が伝わってくるほどだ。

 サファイアの仮面マスクをつけた皇帝はそれをじっと眺め、沈黙する。


「陛下、次の御命令を」
手榴弾しゅりゅうだんをくれ」
手榴弾しゅりゅうだん、ですか」

 聞き返す衛兵に、皇帝はなぜか仮面マスクを取る。

「あぁ、ひとつあればいい」

 黒光りした丸い物体、衛兵はそれを皇帝に手渡す。

「ありがとう」

 まるで宝物でも受け取るかのように、大事そうに見つめるとふっと微笑みを見せた。

 哀しい笑み、それを使って何をする気だろうか。

「始末しますか、それとも生け捕りに」
「いや、もういい。どこへでも好きな所へ自由に行ってくれ」
「自由と言われましても。ロイドは命令がないと生きていけません」
「そんな事はない」

 海斗は玉座から降り、衛兵の目の前に。

「昔、ロイドだった俺を自由の身にしてくれた人がいてね。自由はいいよ、楽しいし、とても幸せだった。思ったより短かったけど……おかげでいい夢を見られた」
「夢とは、人間が就寝時に見る幻覚の事でしょうか? 」
「ん? 」
「すみません、知能が高くないもので」
「いや、いいんだ……」

 せめて束の間の自由を、そう別れを述べる海斗に衛兵はこんな言葉を残す。

「我々は衛兵、陛下を守る為、お側を離れるなと教わっております。陛下も守りたい者の側にいなくては」
「側にいるつもりだ……心はいつもな。そして守り方も一つではない」

 早く行けと海斗は衛兵を追い出した。

 手に残る手榴弾しゅりゅうだんを虚ろな目で見つめ、やがてうなだれた。



「成瀬様……」

 絡みつく声と腕を鬱陶うっとうしそうに振り払う翡翠ヒスイ。骨を折られてからずっと、暗い部屋でモニターに向かっている。

「もう手配は済んだはずでは? 」
「操られている。兵の動きがおかしい」

 響く声は怒っている。

「そんなはずありません、管理権限は全て私達が」
「裏切ったらどうなるかわかってるだろうな」
「そんな……私を疑っているのですか、私が成瀬様を裏切るなんてあり得ません、信じてください」

 翡翠ヒスイの膝にすがりつき、泣く琥珀アンバー

 愛などないのはわかりきっている。

「ずっと憧れてきたのです、あの日、あなたを見た時からずっと。私、成瀬様といられるなら何でもします。その覚悟で」
「わかったわかった……もういい」

 あまりの勢いに、翡翠ヒスイは疲れた様子を見せる。二人きりだからか武装を解き、ラフな格好。仮面マスクもベッドに投げ捨てられている。外敵が来ないとわかっているのだろうか。

「しかし、俺でもお前でもなければ他に誰がいるのだ」
「それは……羽島様では」
「羽島様ではない、あの御方には複雑すぎて理解できぬだろう」
「なら誰が……」

 考える素振りの琥珀アンバー。しかし内心はどうでもいい、彼女の脳内にあるのは成瀬に好かれる事と、自分をないがしろにした遥と水野を痛めつけたい、ただそれだけ。

「ルビーだろう」

 スッと音がして男が入ってくる。

「羽島様」
「怪我はどうだ」
「本当に腹立たしい限りです。機会があれば懲らしめてやりたいのですが、“最期の日”は間もなくです。忘れてつとしましょう」

「それはもったいない。その恨み、ぜひ直接晴らすといい」
「えっ……」
「計画は延期だ。遥か遠く宇宙の彼方がごたついているらしい。まだこちらもターゲットが生きているしな。さらなる絶望をルビー様はお望みだ」

 羽島は翡翠ヒスイ仮面マスクを成瀬に差し出す。

「ゲームはまだ終わっていない。直接出向きダイヤとアメジストを殺してこい」
「羽島様。私はエンジニアであり武力での戦闘には向きません。直接、出向く必要などなくここからでも2人程度、殺せるのです」

 成瀬は卑怯者だった。

 ロイドを操り、ターゲットを追い詰める事は得意でも、自ら戦地に赴いて戦うなどするわけもない、腕力には自信がなかったのだ。

 もちろん、羽島もそれを見越しての提案。

「では仕方ない、私が赴くとしよう」
「羽島様が行かれるのですか!? あんな小娘相手に……それなら私が行きます。酷い目に遭ってきたんですから」
琥珀アンバーでは歯が立たん。ダイヤは容易くともそれを守るアメジストは強い……残念だが、私が行くとルビー様には報告しよう」

 羽島は翡翠ヒスイ仮面マスクを投げ捨て、部屋を出ていった。


「成瀬様、なんて事を。羽島様の御命令を蹴ったら生きる術を失くしてしまうかもしれないんですよ! 」

 慌てふためく琥珀アンバーをよそに成瀬は浅いため息をつく。

「めんどくせぇな。だいたい誰だよ、ルビーってよ!! 」

 投げ捨てられた仮面マスク、それを手に取ると思いっきり床に投げつけた。

「成瀬様、落ち着いてください」

 琥珀アンバーの静止も聞かず、かんしゃくを起こす成瀬は暴れ続けた。

「ざけんなよ……どいつもこいつも殺してやる」

 凄まじい殺意はどこに向くのか、成瀬は般若の形相で闇を睨む。
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