最期の日 〜もうひとつの愛〜

織本 紗綾

文字の大きさ
上 下
19 / 70
Chapter Ⅱ 戦場

16.パスワード迷宮 〜password labyrinth〜

しおりを挟む

 遥は一人、苦しみの中をもがいていた。

「どうして、どうして水野さんまで争おうとするんですか! 」

 心の内から溢れ出る悲痛な叫び。海斗だけでなく水野まで、まさかロイド軍にいると思わなかった。いつか颯爽と現れて事態を収拾してくれる……それだけを願い、遥はあの場所でずっと待っていたのに。

 ロイドにも人間にとっても不毛な争い、そう思う自分が間違っているのだろうか。

 心が揺らいだ瞬間。

 壁が開き、大量のロイドが放出された。咄嗟に避けて続く暗闇へと走り出す。

 これが水野さんの答え……心が冷えていくのを感じながら、隠れる場所を目で探す。

 風のない不気味な空間、よけきれなかったレーザーが頬をかすめ肌を焼いていく。突き当りを右に曲がった所で、ちょうどいい太さの柱を見つけて隠れ、深呼吸。

「3.2.1…0!! 」

 ダダダダダダダダダダダダダダダダ

 遥が銃を構え、凄まじい音が闇に響く。リンからもらった銃は制御できない程のパワーを発し、ロイドは粉々に。

 倒せた……闇に白銀の粉が舞い散る中で遥は思わずへたり込む。

「パスワードを」
「二人はどこなの、リンちゃんと内藤さんを返して! 」
「ここはパスワード迷宮ラビリンス、解読しなければ出られません」

 再三、パスワードを求めてくる機械的な音声。これが本物の水野かどうか、遥は疑う素振りすら見せない。

 必死に記憶を手繰り寄せ、思いついたのはあの数字。

 “20330808”

「先にお進みください」

 水野の声に導かれ、遥は先へと進む。数字はロイドショップ1号店の創業日、彼女に仕事を叩き込まれたあの頃、身につけた知識。

 細く長い回廊、遥が遡るのは水野と海斗がいた過去の日々。本来、懐かしいと微笑むような想い出すら今は裏返り、心えぐる記憶に変わってしまった。

「次のパスワードを」

 また少し考え、入力する。

 “20500501”
 “20550517”

 外れた。手当たり次第に入れていくも“NOT CLEARED”の赤文字が出るばかり。そうして10個目の表示が出た頃、とうとう遥の手が止まる。


「あんたのせいで……」

 どこからか、苦しむような声が聞こえた。

「あんたに騙されたせいで私達……あぁっっ!! 」

 目の前のスクリーン、遥の目が大きく見開かれて釘付けに。不鮮明な画面に映るのは裸にされた女達。

「なんで……私がこんな目に……」
「うだうだ言ってんじゃねえ、腰動かせ、腰を!! 」

 高らかに鞭を打つ音、叫び泣きわめくいくつもの声が部屋中に……遥の心をも蝕んでいく。

「どうして……気づいてくれなかったの」
「樹梨亜!! 樹梨亜どこなの? 教えて助けに」
「死ね」
「樹梨亜っっ!! 」

 手から銃が滑り落ち、がくりと膝から崩れ落ちた。スクリーンの向こう、映されるのは現実だろうか。

「いやぁっっ!! 樹梨亜、樹梨亜!! 」

 愛する友人の死。

 放心の遥、画面は再びパスワードを求める。

「いまさら気づいたか。多くの者を犠牲にしてきた事」

 背後から聞こえる声、向かってくる兵士の方を遥は見ようともしない。

「わかるだろう、あの女達が何をされていたか……それともまた、教えてやらないとわからないか」

 声が耳元で囁く。

 放心の遥に襲い掛かる魔の手。乱暴に遥の髪を掴むと、強引に振り向かせ、尊厳を奪う。

「パスワードを」

 腰を抱かれ引き寄せられ、身体が近付いた瞬間。腹部に一発蹴りを入れ、離れた身体にレーザーを放つ。音もなく散る紅い飛沫しぶき、撃ったのはロイドでなく生身の人間。返り血を浴び、震える手で一歩、二歩と後退りする遥に場違いな音声が降り注ぐ。

「パスワードの入力を」

 荒れる息に肩が上下する。

「あなたの大切な友人の産まれた日を。祝ってきたこと、お忘れですか」

 “20260214”

 無事、次の関門へ進む遥の表情は既に空虚。また先へ伸びる回廊、向こうから走ってくるロイド達に立ち向かえるのか、ぼんやりとそれを見つめている。

「次のパスワードを。あなたの愛した男は今どこで、何をしているのでしょうね」

 “20250525”

「さすが、これだけは速いのですね」
「!! 」

 また壁が開き放出されるロイド兵。今度は撃たずに遥の周囲を取り囲む。

 そしてその影から……見慣れた白衣、長身の背中が覗くのを、遥は見てしまった。

「久しぶりだな」

 姿を現したのは、遥にとって因縁の相手、海斗の父、英嗣だ。






 その一方、内藤も苦しい戦いを強いられ、遥やリンの元へ辿り着けずにいた。


「出向くまでもなかったか」

 倒れ動かない内藤に上から声を浴びせる男。

 ヒスイ成瀬だ。

「黒豹とは名ばかりだな」
 
 胸ぐらを掴み、一発。

 乾いた木をへし折る音が響き、何が起きたか一瞬で形勢は逆転していた。

「卑怯なっっ! 」
「卑怯者はどっちだ。メカやロイドに戦わせといて自分は高みの見物か? 」

 押さえつけられ、手足をバタバタとわめく姿。押さえつける側となった内藤、その広い背中は傷にまみれ、衣服は破れ血が滲んでいる。

 うねる金の髪と子ども並みに低い背、淡いグリーンのマスクを剥いでもその姿に見覚えはない。

「見ない顔だな、名を名乗れ」
「ヒスイだ」
「あ!? ふざけてんのか」
「我等が皇帝より賜った名。貴様の偽名も同じだろう、内藤奏翔ないとうかなとよ」

 殴ろうと振りかぶる手を交わし、男は笑う。

「逆らう者は皆殺す……黒豹、その名の通り私をも殺せると思っているのだろう」
「お前、組織の人間だな」
「さぁ、何人殺す。まだまだいるぞ。ルビー、オニキス、サファイア、アンバー……私の代わりに消してくれるならそれなりの地位を」
「ざけたこと抜かすんじゃねぇ!! 」

 挑発する口調。首を絞められても尚、男は気が狂ったように笑う。

「見せられるのか? 愛しい女にその血腥ちなまぐさい姿を」
「うっせえ!! 」

 手首を絞める手に力を。戦闘能力は低く既に右腕は折れている。弱いはず……なのに男は死ぬどころかピエロのように不気味に笑う。

 ぐっと、左手が内藤の首を掴み引き寄せて耳元で、何かを囁いた。

「お前、遥に何した」

 遥が内藤の弱点、そう読んだのは誤算だった。内藤奏翔ないとうかなと、その瞳に闘志の炎が燃え上がる。

「答えろ」
「ぎゃあ!! 」

 ヒスイはみっともなく声を上げた。指を一本、折られたらしい。

「早く答えないと、使い物にならなくなるぞ」

 黒豹時代、遥と出逢うまでの内藤は無慈悲で非情で、人を苦しめ殺すことに何の抵抗も持たない人物だった。

 黒光りする、獣のような瞳。

「お、俺じゃねぇ! あいつらだ、あいつらがつまんない恨みであの女をキズモノに、収容所に放り込んで男達のエサにしたんだ」

 怯えあがるヒスイにさっきまでの余裕はもうなさそうだ。

「何だと? 」

 聞こえるか聞こえないかの小さな声は震えていた。

「そうだよ、何人もの男に狂わされ遊ばれたんだよ、お前のダイヤモンドはな」

 表情が死に、眉間に銃口を。ヒスイはピエロのような口で笑い、静かに消えていった。

「次のパスワードを」

 わずか数分の出来事、しかし心を惑わせるには充分な時間。

「諦めますか? 」

 諦める……何もかも、すべてなくなってしまえば。そう思いかけた耳に銃声が響く。

 ダダダダダダダダダダダダダダダダ

 間違い無く遥だ、右の壁を睨み突撃する。

「うっ」

 仕掛けではない、コンクリートの壁が内藤の肩を痛めつける。諦めるな……それは遥に伝えたかった事の一つだ。

「クソッ、惑わされるな! 」

 己を叱ると銃を構え、レバーを一番右端まで回す。光線の威力を最大にし一発。

 ッドン!!

 何かが弾けるような爆音がとどろき、頑丈なコンクリートの壁が破裂した。怯むことなく破片の中へ、飛び込むとそこに遥がいた。

「行くぞ」

 放心状態、座り込む遥の手を取るものの立ち上がれそうにない。

「惑わされるな、しっかりしろ!! 」

 内藤が頬を軽く叩いてやっと遥も我に返る。ヒスイ同様、消えていく英嗣の幻影。

「リンを探そう」
「内藤さん……私……」
「忘れろ」

 遥が何を見せられたのか、内藤には聞く勇気がなかった。

「全部でたらめだ、事実なんかじゃない。だから忘れろ」

 自身と遥にそう言い聞かせ、先を急いだ。


 幻想に蝕まれ、傷つく二人はそれでもまた共に走り出す。二人と引き離されたリンは何を見せられているのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...