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Chapter Ⅱ 戦場
16.パスワード迷宮 〜password labyrinth〜
しおりを挟む遥は一人、苦しみの中をもがいていた。
「どうして、どうして水野さんまで争おうとするんですか! 」
心の内から溢れ出る悲痛な叫び。海斗だけでなく水野まで、まさかロイド軍にいると思わなかった。いつか颯爽と現れて事態を収拾してくれる……それだけを願い、遥はあの場所でずっと待っていたのに。
ロイドにも人間にとっても不毛な争い、そう思う自分が間違っているのだろうか。
心が揺らいだ瞬間。
壁が開き、大量のロイドが放出された。咄嗟に避けて続く暗闇へと走り出す。
これが水野さんの答え……心が冷えていくのを感じながら、隠れる場所を目で探す。
風のない不気味な空間、よけきれなかったレーザーが頬をかすめ肌を焼いていく。突き当りを右に曲がった所で、ちょうどいい太さの柱を見つけて隠れ、深呼吸。
「3.2.1…0!! 」
ダダダダダダダダダダダダダダダダ
遥が銃を構え、凄まじい音が闇に響く。リンからもらった銃は制御できない程のパワーを発し、ロイドは粉々に。
倒せた……闇に白銀の粉が舞い散る中で遥は思わずへたり込む。
「パスワードを」
「二人はどこなの、リンちゃんと内藤さんを返して! 」
「ここはパスワード迷宮、解読しなければ出られません」
再三、パスワードを求めてくる機械的な音声。これが本物の水野かどうか、遥は疑う素振りすら見せない。
必死に記憶を手繰り寄せ、思いついたのはあの数字。
“20330808”
「先にお進みください」
水野の声に導かれ、遥は先へと進む。数字はロイドショップ1号店の創業日、彼女に仕事を叩き込まれたあの頃、身につけた知識。
細く長い回廊、遥が遡るのは水野と海斗がいた過去の日々。本来、懐かしいと微笑むような想い出すら今は裏返り、心えぐる記憶に変わってしまった。
「次のパスワードを」
また少し考え、入力する。
“20500501”
“20550517”
外れた。手当たり次第に入れていくも“NOT CLEARED”の赤文字が出るばかり。そうして10個目の表示が出た頃、とうとう遥の手が止まる。
「あんたのせいで……」
どこからか、苦しむような声が聞こえた。
「あんたに騙されたせいで私達……あぁっっ!! 」
目の前のスクリーン、遥の目が大きく見開かれて釘付けに。不鮮明な画面に映るのは裸にされた女達。
「なんで……私がこんな目に……」
「うだうだ言ってんじゃねえ、腰動かせ、腰を!! 」
高らかに鞭を打つ音、叫び泣きわめくいくつもの声が部屋中に……遥の心をも蝕んでいく。
「どうして……気づいてくれなかったの」
「樹梨亜!! 樹梨亜どこなの? 教えて助けに」
「死ね」
「樹梨亜っっ!! 」
手から銃が滑り落ち、がくりと膝から崩れ落ちた。スクリーンの向こう、映されるのは現実だろうか。
「いやぁっっ!! 樹梨亜、樹梨亜!! 」
愛する友人の死。
放心の遥、画面は再びパスワードを求める。
「いまさら気づいたか。多くの者を犠牲にしてきた事」
背後から聞こえる声、向かってくる兵士の方を遥は見ようともしない。
「わかるだろう、あの女達が何をされていたか……それともまた、教えてやらないとわからないか」
声が耳元で囁く。
放心の遥に襲い掛かる魔の手。乱暴に遥の髪を掴むと、強引に振り向かせ、尊厳を奪う。
「パスワードを」
腰を抱かれ引き寄せられ、身体が近付いた瞬間。腹部に一発蹴りを入れ、離れた身体にレーザーを放つ。音もなく散る紅い飛沫、撃ったのはロイドでなく生身の人間。返り血を浴び、震える手で一歩、二歩と後退りする遥に場違いな音声が降り注ぐ。
「パスワードの入力を」
荒れる息に肩が上下する。
「あなたの大切な友人の産まれた日を。祝ってきたこと、お忘れですか」
“20260214”
無事、次の関門へ進む遥の表情は既に空虚。また先へ伸びる回廊、向こうから走ってくるロイド達に立ち向かえるのか、ぼんやりとそれを見つめている。
「次のパスワードを。あなたの愛した男は今どこで、何をしているのでしょうね」
“20250525”
「さすが、これだけは速いのですね」
「!! 」
また壁が開き放出されるロイド兵。今度は撃たずに遥の周囲を取り囲む。
そしてその影から……見慣れた白衣、長身の背中が覗くのを、遥は見てしまった。
「久しぶりだな」
姿を現したのは、遥にとって因縁の相手、海斗の父、英嗣だ。
その一方、内藤も苦しい戦いを強いられ、遥やリンの元へ辿り着けずにいた。
「出向くまでもなかったか」
倒れ動かない内藤に上から声を浴びせる男。
ヒスイだ。
「黒豹とは名ばかりだな」
胸ぐらを掴み、一発。
乾いた木をへし折る音が響き、何が起きたか一瞬で形勢は逆転していた。
「卑怯なっっ! 」
「卑怯者はどっちだ。メカやロイドに戦わせといて自分は高みの見物か? 」
押さえつけられ、手足をバタバタとわめく姿。押さえつける側となった内藤、その広い背中は傷にまみれ、衣服は破れ血が滲んでいる。
うねる金の髪と子ども並みに低い背、淡いグリーンのマスクを剥いでもその姿に見覚えはない。
「見ない顔だな、名を名乗れ」
「ヒスイだ」
「あ!? ふざけてんのか」
「我等が皇帝より賜った名。貴様の偽名も同じだろう、内藤奏翔よ」
殴ろうと振りかぶる手を交わし、男は笑う。
「逆らう者は皆殺す……黒豹、その名の通り私をも殺せると思っているのだろう」
「お前、組織の人間だな」
「さぁ、何人殺す。まだまだいるぞ。ルビー、オニキス、サファイア、アンバー……私の代わりに消してくれるならそれなりの地位を」
「ざけたこと抜かすんじゃねぇ!! 」
挑発する口調。首を絞められても尚、男は気が狂ったように笑う。
「見せられるのか? 愛しい女にその血腥い姿を」
「うっせえ!! 」
手首を絞める手に力を。戦闘能力は低く既に右腕は折れている。弱いはず……なのに男は死ぬどころかピエロのように不気味に笑う。
ぐっと、左手が内藤の首を掴み引き寄せて耳元で、何かを囁いた。
「お前、遥に何した」
遥が内藤の弱点、そう読んだのは誤算だった。内藤奏翔、その瞳に闘志の炎が燃え上がる。
「答えろ」
「ぎゃあ!! 」
ヒスイはみっともなく声を上げた。指を一本、折られたらしい。
「早く答えないと、使い物にならなくなるぞ」
黒豹時代、遥と出逢うまでの内藤は無慈悲で非情で、人を苦しめ殺すことに何の抵抗も持たない人物だった。
黒光りする、獣のような瞳。
「お、俺じゃねぇ! あいつらだ、あいつらがつまんない恨みであの女をキズモノに、収容所に放り込んで男達のエサにしたんだ」
怯えあがるヒスイにさっきまでの余裕はもうなさそうだ。
「何だと? 」
聞こえるか聞こえないかの小さな声は震えていた。
「そうだよ、何人もの男に狂わされ遊ばれたんだよ、お前のダイヤモンドはな」
表情が死に、眉間に銃口を。ヒスイはピエロのような口で笑い、静かに消えていった。
「次のパスワードを」
わずか数分の出来事、しかし心を惑わせるには充分な時間。
「諦めますか? 」
諦める……何もかも、すべてなくなってしまえば。そう思いかけた耳に銃声が響く。
ダダダダダダダダダダダダダダダダ
間違い無く遥だ、右の壁を睨み突撃する。
「うっ」
仕掛けではない、コンクリートの壁が内藤の肩を痛めつける。諦めるな……それは遥に伝えたかった事の一つだ。
「クソッ、惑わされるな! 」
己を叱ると銃を構え、レバーを一番右端まで回す。光線の威力を最大にし一発。
ッドン!!
何かが弾けるような爆音が轟き、頑丈なコンクリートの壁が破裂した。怯むことなく破片の中へ、飛び込むとそこに遥がいた。
「行くぞ」
放心状態、座り込む遥の手を取るものの立ち上がれそうにない。
「惑わされるな、しっかりしろ!! 」
内藤が頬を軽く叩いてやっと遥も我に返る。ヒスイ同様、消えていく英嗣の幻影。
「リンを探そう」
「内藤さん……私……」
「忘れろ」
遥が何を見せられたのか、内藤には聞く勇気がなかった。
「全部でたらめだ、事実なんかじゃない。だから忘れろ」
自身と遥にそう言い聞かせ、先を急いだ。
幻想に蝕まれ、傷つく二人はそれでもまた共に走り出す。二人と引き離されたリンは何を見せられているのだろうか。
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