最期の日 〜もうひとつの愛〜

織本 紗綾

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Chapter Ⅱ 戦場

13.現実≠真実 〜reality≠truth〜

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 まさか、こんな形でミゲルの忠告の意味を実感することになろうとは……


 ミゲルとの話から一夜明けての今日。
 キリハは早くも、グロッキー状態となっていた。


 事の流れは単純。
 今朝のニュースで、キリハがディアラントの推薦により、特別に大会の本選へ出場することが国内中に知れ渡ってしまったのである。


 大会まであと二週間。
 少しずつ書類審査や予選が終わり、本選への出場者に関する情報が開示される頃だった。


 そして、開示された情報の第一弾がこれだったのである。
 各メディアでは本選への出場が決定した他の人物の紹介もされていたが、その多くはキリハの話題に押し潰されてしまっていた。


 何せ、話題の大きさが桁違いなのだ。


 確かに書類審査や予選を勝ち抜いた功績は、称えられてしかるべき。
 しかしキリハの場合は、大会三連覇中であるディアラントのお墨つき。
 なおかつ、大会への参加基準に満たないのに審査もなしの特例出場だ。


 順当に努力を重ねた人間よりも、そのようなイレギュラーを許された人間にスポットライトが当たってしまうというのは、ある意味どうしようもない世のことわりであった。


 ただでさえ《焔乱舞》の使用者ということで名を知られていたのに、実はディアラント唯一の弟子だったという追加情報は強烈だったようで。
 朝一番のニュースが流れてからというもの、宮殿本部も自分もてんてこ舞いだ。


 携帯電話は鳴りやまないので、相手には悪いが電源を切っている。
 しばらくは、宮殿の外にも出られないだろう。
 さすがに経験を積んでいるので、それくらいの判断はすぐにできた。


 ちょっとした話題提供だ。


 ディアラントは軽くそう言っていたが、ちょっとどころの話ではない。
 おかげで、大会の観戦チケットは最前列から最後列まで、抽選倍率がかなり跳ね上がっているらしい。


 そんな世間の騒ぎようをテレビで目の当たりにし、エリクの言葉の正しさをしみじみと思い知るキリハだった。


 さて、そんな感じでマスコミや世間の反応にはある程度の耐性がついていたキリハだが、ここからはさすがに想定の範囲を超えていた。


 今回ばかりは、宮殿の中にも安息の地などなかったのである。


「キリハさーん。」
「………」


「ちょっと待ってくださいよ!」
「………」


「ねえってば!」
「わっ!?」


 なかば走る勢いで廊下を進んでいたキリハだったが、進行方向を数人に立ち塞がれて、思わずその足を止めてしまう。


 しまったと思った時にはもう遅い。
 あっという間に、周囲を囲まれてしまった。


「そんなに邪険にするなって。別に、取って食おうってわけじゃないんだからさ。」


 今まで話したこともないのに、彼らは随分と馴れ馴れしい口調で話しかけてくる。


「ちょっと、色々と教えてくれないかなー? あのディアラントのお弟子さんなんでしょ?」
「弟子しか知らない師匠の弱点みたいなものってないの?」


「……知らない。」


 本当は口を開くのも嫌なのだが、さすがにこの包囲網から抜け出すことは難しそうだ。
 仕方なく重たい口を開けると、途端に周囲からは疑わしげな視線を向けられる。


「知らないって、そんなはずはないじゃん?」
「本当に知らないって。大体、俺が分かるレベルの弱点があったら、ディア兄ちゃんだってもっと大会で苦戦してるよ。」


 嘘は言っていない。
 事実、ディアラントには弱点らしい弱点などないのだ。


 確かにある方向からの攻撃には弱かったりするが、それも一般的には弱点という部類には当てはまらないレベルのもの。
 しかも、彼自身も自分の苦手な部分は熟知しているので、そこを攻められた時の受け流し方には、それ相応に神経を注いでいる。


「ディア兄ちゃんに勝つなんて、俺だって無理だよ。もういいでしょ。」


 もう何度目のやり取りかも分からないので、さすがに言葉にとげが混じってしまう。
 無理矢理人の間を割って包囲網を抜けると、今度は後ろから肩を掴まれた。


「待てって。まだ話は終わってないんだよ。」
「もーっ!! みんな暇なの!?」


 我慢の限界が来て、キリハは彼らのことを半目で睨みつけた。


「俺、これから打ち合わせに行かなきゃいけないの! これ以上話してる暇なんてないんだって!」


 怒鳴った勢いで肩の手を振りほどくが、きびすを返した先にはまた別の人間が待ち構えている。


「分かった分かった。じゃあ、昼飯か夕飯でも一緒に食おうぜ。そこなら、ゆっくり話もできるだろ? おごるからさ。」


 このしつこさには脱帽する。
 キリハは思い切り溜め息を吐き出し、首を横に振った。


「やだ。ご飯は、ディア兄ちゃんやミゲルたちと食べるから。」
「……このガキ。」


 ふと後ろから、舌打ち混じりの言葉が聞こえてくる。
 どうやら、今度のグループには過激派がいるようだ。


 キリハがそちらを振り向くと、表情に苛立ちを浮かべる三人ほどの姿があった。


「おい、やめろって。」


 周りが小声で叱咤するが、その制止の声は彼らの耳には全く届いていないようだった。


「こっちが下手したてに出てりゃあ、いい気になりやがって。」
「下手って、これが? しつこいのはそっちじゃん。さすがに俺だって疲れるよ。」


 感情の沸点はそこまで低くはないと思うが、ここまで来ると自分だって腹が立つ。
 心の底からの本音を零すと、感情的になっていた彼らはさらに顔を赤くした。


「てめ…っ。竜使いのくせして偉そうに!」


〝竜使いのくせに〟


 久々に表立って投げつけられた言葉だった。
 それを聞いた瞬間、自分の中で最後の糸が切れる感覚がする。


「―――ふうん。やっぱり、そんなことを思いながらご機嫌取りしてたんだ。」


 声のトーンが自然と下がる。


 気持ち悪い。
 ミゲルたちからの純粋な好意とも、マスコミから向けられる好奇的な眼差しとも違う。


 下心丸見えで、偽りだらけの態度。
 自分を温かく包んでくれる視線とは違う、ねっとりと絡みついて身動きを封じてくるような視線。


 こんな風に近寄られるくらいなら、最初から毛嫌いされていた方がまだマシだ。


「いや、誤解するなよ! これはその……言葉のあやってやつで……」


 自分の行く手を阻んでいた男性が焦って言い繕うが、そんな言い訳はすでに無意味だ。




「………いいよ。そこまで言うなら、協力してあげる。」




 目を閉じて肩を落としたキリハの唇から、そんな言葉が零れた。

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