最期の日 〜もうひとつの愛〜

織本 紗綾

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Chapter Ⅱ 戦場

13.現実≠真実 〜reality≠truth〜

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 倒れたまま、遥の意識は過去を彷徨っていた。

 思い出す……初めてあの子達を抱いた夜の事。柔らかくて温かくて小さくて、かわいい寝顔を守りたいと思った。

「この子達、名前は? 」
「さあな……荷物でも燃え残っていればわかっただろうが、全焼だからな」

「あった!! ほら遥、洋服に刺繍が。RENだって」
「この子は……MIRAIっていうのね」

 双子のお母さんはそれぞれの洋服に名前を刺繍し、おくるみに生年月日付きの名札を付けていた。そのおかげで燃え尽きたエッグから見つかった双子の身元がわかり、焼けてしまったご両親の供養も、することができた。


「遥……」
「なれるかな……この子達のパパとママに」
「いいの? 」
「うん、頑張らなくちゃね」

 おむつやミルクで散らかった部屋、泣きに泣いた双子を二人であやして疲れ果てた朝に、二人で交わした新しい約束。

 子供は望めないと言われた……その日に出逢った双子の赤ちゃん。海斗と同じように燃え盛る火の中を生き抜いてめぐり逢って、運命だと思った。

 周りの反対を押し切って双子の養子縁組をして、私達は家族になった。樹梨亜やお母さんに色んな事を教わりながらミルクをあげておむつを替えて……大変だった。

 眠れなかったし、お金もかかる。その頃から色んな補助金がなくなっていって子供二人分の物を揃え、自分達も食べていく大変さを知って。

 “私達の頃もそうだったのよ”
 “大変だったな、その頃はまだ稼ぎも少なくて”

 昔話の中のお父さんとお母さんは思う以上の苦労をして私達を育ててくれて、私達はそれを知らないまま育った。血の繋がらないれん美蕾みらいの事も大切に、かわいがってくれた。

 母乳が出ない、泣いている理由がわからない、離乳食はいつからどんなものを……本当の母親じゃない私、悩みは尽きなかった。

 でも……それでも幸せで、今までのどんな時よりも満たされていて。

「マ…マ……」

 初めてママと呼んでくれた日のこと、きっと死んでも忘れない。

 忘れたりしない。


「ママ……」
美蕾みらい……」

 呼んでくれるその声が聞こえるのは、死んだからかな。遠くにいるはずの、あの子の声。もっと、甘やかしてあげればよかった。大好きって髪をなでて抱きしめてあげればよかった。

「ママ……いかないで……」
れん……」

 身体が弱くて、ちっちゃくて、ご飯もあんまり食べないあの子が心配だった。もっとおいしいご飯を作ってあげられたなら、大きく育ったのかな。

 ごめんね……


 もう、何も感じない……こんな所で一人で。


「遥、遥!! 」

 まだ、そんなふうに呼んでくれるのね。

「海斗……」

 謝らなきゃいけない事も、感謝してる事もたくさんある……何も伝えられないまま。死んでからはいい、由茉ゆまさんと今度こそ幸せになって。

 でも今だけは抱きしめて……夢を見させて。

 嘘でいいから、もう一度だけ愛してるって……言ってほしい。

 その言葉だけ、胸に抱いて逝くから。






「遥! 遥どうしたんだ、しっかりしろ」
「海……斗……」

「誰かと、間違えてるみたい」

 意識を失い、倒れていた遥を抱きしめ必死に呼ぶのは内藤。遥はそれに気づかない。切ない、やるせない想いを込め、内藤が髪を撫でると遥の唇がまたかすかに動く。

「子供……達……ごはん……」
「大丈夫だ。ちゃんと食べたから」
「先生、嘘言っちゃだめだよ」
「いいんだ……夢の中までつらい現実を見せつける必要はない」

 髪を撫で口元に手を当てて呼吸を確認すると、隠れ家の奥へ運ぶ。自分達の衣類で寝床を作り遥を横たえると、内藤はリンに語りかける。

「失いたくない。こんなクソみたいな戦争で。遥もリンも大切な仲間だ」
「遥さんも、シェルターに帰すのね」
「いや……遥は俺がこの手で守る」
「何で? おんなじだけ大切なのにどうして遥さんは側で守ってリンの事は帰そうとするの? 」

 リンは食い下がった。

「どこにも居場所がないんだ。お前には、まだ帰るべき場所があるだろ」
「そんな……」
「お前には生きてほしい」
「リン、先生が好きなの」
「お前が惚れてるのは、遥に出逢ってからの……こいつを想い続けている俺だ。リンの思うようにはなれない」
「それでもいい」
「生涯、遥だけを愛する……もう、そう決めてる」
「でも遥さんは、カイトって人のことが好きなんでしょ」
「それでもだ。俺には俺なりの愛し方がある」

 内藤は真っ直ぐな目でリンの想いを断り、けじめをつけた。

「もう……リン、先生なんて嫌い……」
「幸せになれる。俺なんかよりいい男は世の中にいっぱいいるんだ。お前が知らないだけでな」

 くしゃくしゃとまるで子供にするように頭を撫で、終わらせる。内藤なりにリンを大切に思っている。でもそれは妹のような何かあどけない物に対する愛情で、男女の仲ではない……リンにもそれは伝わったようだ。

「リン……帰るね。また生きてたら会いに来てもいい? 」
「あぁ、当たり前だ。なんか美味いもんでも買ってきてくれ」


 愛する人にとって自分はまだ子供……つらい現実を見せつけられ、リンの恋は終わる。

 そして二人も仮眠を取り始めた頃、今度は遥が目を覚まし、現実を見せつけられる。

 海斗も、蓮も、美蕾もいない現実。

 家族を捨てたのか捨てられたのか、今は一人。幸せだった日々は夢の中……残る胸の痛みだけが遥を突き刺し続けている。

 懐から小袋を出すと錠剤を口に押し込む。

 “飲み過ぎはかえって毒になる。飲む時はたっぷりの水で飲むようにな”

 初めて処方された時の言葉に逆らうよう、むりやり飲み込んだ。






 その一方、遠く離れたどこかで現実の中に潜む真実を突きつけられる者がいる。


「嘘だ!! 俺達はこんな事で終わったりしない。遥が俺を裏切るはず……」

「そう思いたい気持ちはよく分かる」

 言葉を交わす二人の間は、鉄格子で隔てられている。

「お前が苦労して慣れない医学と向き合っている間、あの女は男と愛を育んでいた。偽りの家庭を築かせ、お前に責任感と罪の意識を植え付け……利用されていたのだ」
「ふざけるな、そんな事する意味がないだろう。愛し合っているなら」
「男の中には、不誠実で責任を取りたがらない者がいる。あの男はお前を狙っていたスナイパー、結婚や家庭など煩わしい。甘い蜜だけを吸いたかったのだ」

 遥と海斗の家庭に生じたひずみ、それらは本来、戦争と関わりがないはずのもの。

「海斗……お前は経験がないからわからないだろうが、実際おとなしく虫も殺せんような女が男を裏切るのだ。俺もその一人、気持ちはよく分かる」
「どういう……事だ。何を言っている」

 鉄格子の向こうでうなだれ座る男に海斗と呼び掛ける人物は、空中で手を動かし動画を流す。

「あっ、あん……はぁ……ん……」

 響き渡る甘い声、画面の中で淫らに絡み合う裸体。

「もっと……あ……」

 抵抗するどころか求め合う白い肌、首筋に回る腕、濃密なキスをするのは遥と内藤。

「やめろ!! 」
「確かに画像は鮮明ではないからな。これは偽物だとして……お前が見た現実は曲げられない。あの女の事は忘れろ。そして共に、失った物を取り戻しにいこうではないか」
「どうやって信じろと……家に火を点け、全てを壊したお前の言葉を」

 鉄格子の向こう、海斗が睨みつけているのは白衣を着て黒マスクで顔を隠した……草野英嗣くさのえいじ、死んだはずの男だ。

「俺と遥は支え合って生きてきたんだ。遥を信じている……お前なんかよりずっとな」

 海斗は負けじと英嗣を睨む。

「信じるも信じないも、好きにすればいい。俺はただ、哀れなお前にきっかけを与えてやりたかっただけだ」

 英嗣は白衣を翻し、海斗に背を向ける。

「知りたければ俺について来い。無理強いはせんが、ついて来るのなら教えてやろう……この世の真実というものをな」

 出てくると言い残し、歩き出す英嗣。

「父でなくとも責任はとる」

 一人になった部屋、海斗と呼ばれる男はその捨て台詞に心囚われる。そうして呆然と天を仰ぎ、記憶を辿り始めた。






「本当に、信じてよいのだろうな」
「あぁ、大佐より連絡がありオーロラは明日に延期された。今夜では脱出される方々、特に皇帝陛下に影響があるかもしれないと」
「それは避けねばならぬな」

 別室で英嗣は白いマスクの人物を画面に映し話している。

「ところで陛下は何をしておられる。陛下に連絡がつかず困っていると、大佐はこちらに連絡してこられたのだが」

「仕度をすると言っておられた。通信を切っているのかもしれぬな。そなたは共に行くのであろう」

「いや、まだ仕事が残っている」
「ほう……奇遇だな」

 表情も心も隠す二人は、滅びゆく地球で何の仕事をすると言うのだろう。

「ねぇ……まだぁ? 」

 画面の向こうから聞こえる音声に、英嗣は苦笑する。

「邪魔をしたようだ」
「あくまでビジネスパートナーだ、誤解なさらぬよう」
「構わん。私に言い訳する必要はない。では、陛下のご様子を見てくるとしよう」

 動画は不自然に切れた。
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