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Chapter Ⅰ 愛憎

9.絆か愛か? 〜 bond or love? 〜

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「みぃ~つけた♡ 」

 甲高い声が急速に熱を冷ます。

「誰だ」

 離れた身体が銃を手に立ち上がる。

「先生ったら! もうリンのこと忘れちゃった? 」
「リン!? お前、何でここに」

 戸惑う声を背に、濡れた唇を拭った。






「はじめまして。ダーリンのフィアンセのリンです♡ 」

 みすぼらしい私に、にっこりと笑いかける女の子。

「はじめまして……」

「おい、変な自己紹介すんな。でたらめ言いやがって。こいつはただの助手だ」
「ひっど~い、なんて。確かにリンは優秀なパートナーだけどさ、ダーリンの事が大好きなひとりの女の子なんだからねっ」
「だいたい何でこんな所にいるんだよ。国に帰れって言っただろ」
「だって海渡ったらダーリンに会えなくなっちゃうでしょ、素直に言えばいいのに、リンに会えてうれしいって」
「なっ、ふざけんな、俺がどれだけ……」

 繰り広げられる息のあった会話、彼女の持つライトで服が乱れている事に気づく。


 私、何していたんだろう。  


 シールドを着け、乱れた服を整える。まだ火照ほてっている敏感な身体、快楽に負け求めてしまった浅ましさが恥ずかしい。

「遥さんも、ほら、早くこれ着て! 武器も食糧も持ってきたのよ。おみやげね! 」

「こんなにたくさん……」

「お前、これどこから持ってきた」

 険しくなる表情……初めて見る怖い顔。それでもリンちゃんは臆する事なく笑っている。

「うろついてたから数人倒してきたの。脱がせたら人間だったみたいでね、裸で逃げてったよ、面白いよね」

「うろついてた? まだ外にいるのか」
「うん、たぶんね! 」
「それを早く言え! 」
「でも、今出ていったら危ないよ? たぶん囲まれてる」

 ここは戦場……一気に緊張感が増す。それなのに気を抜いて油断していた。ロイド軍の制服に着替え、気を引き締める。

「そうそう遥さん、そんなシールドじゃ守れないよ。こっち着けて」

 最新型の超軽量シールドだと胸を張るリンちゃん。彼女は悪くない、でも何気ない言葉にまた一つ思い知らされる。

 “次会う時は敵同士、容赦なく撃つ”

 その言葉通り……守る為のシールドじゃない、これは。

「クソッ……あいつめ」

 目の前で悔しそうにシールドを踏みつけて壊す。裏切られた、内藤さんもそう思っているのかもしれない。

「カメラなんか付けやがって」

 親切のふりしてカメラで私達の居場所を……海斗は味方だなんて甘い幻想に、しがみついていたかっただけかもしれない。

「いい? ゆっくり着替えてこれ食べて、そしたら出るよ。私がこれでダダダダッて先に行くから、後ついてきて」

 リンちゃんは、長いマシンガンを構えてウインクする。指示通り着替えと食事を済ませ、新しい武器を手に立ち上がる。

「遥、威力が強い。気をつけろ……それからリン、無茶すんなよ」

 頷いて深く息を吸う。

「行くよ」

 ダダダダダダダダッ……胸に響く重い銃声、火薬の匂い、本物の戦争の音。同時に飛び出すと白い制服のロイド兵達がレーザーを放つ。走りながら狙いを定めてひと思いに。

 ドゥン!! 

 今までと違う重い弾が高速で飛んだ。衝撃に負けて吹き飛ばされる。

「大丈夫か」

 なんとか頷くけれどあの時と同じ、抱きとめられている。

「守ると言ったはずだ、側にいろ」
「でも」

「来るよ! 」

 先陣を切って立ち向かう、リンちゃんの背中は勇ましくて自分が情けなくなる。私が持っていた銃で内藤さんがロイドを撃破。今までと違う……飛び交う光線や弾の威力も数も。

 見上げる彼の横顔、頬をかする光線が傷になっていく。思いきり突き飛ばして離れた。

「おい! 」
「来ないで! 」

 なぜか樹梨亜が……お父さんやお母さんが頭に浮かぶ。私はどうなってもいい、案の定、攻撃が散り私に集まり始めた。走っても走っても追い抜いて肌を焼く光線、でも痛みはもうない。

 捕らえた!

 内藤さん達を狙うロイドめがけて光線を放つ。

 ぜるロイド達、内藤さんもリンちゃんも煙で見えなくなる。

 中で何が起きているのだろう、ロイドは、リンちゃんや内藤さんは。煙の先を見ていると、光線も弾も止んだ……終わったのかもしれない。

 訪れた静寂に足を止めて、ぼんやり煙を見つめる。もう私はいらない、あの人にはリンちゃんがいる。

 いつからか、涙はもう出なくなっていた。

 行こう……。

 冷たい空気が胸をしめつける。

 私はどこで死ぬんだろう、この世にいていい場所なんてないのかもしれない。本来なら収容所で、好きなように使われてゴミのように捨てられていた運命。

 あれから蓮にも美蕾にも……あの人にも会えた。

 でももう……苦しい……どこかの洞窟で横になりたい。

 ダダダダダダッ!! 

「お前、最後まで気を抜くなよ」
「遥さん、狙われてたよ」

「リンちゃん、内藤さん……」

「よし! リンお腹空いちゃった! いい所見つけたからお祝いしようよ」
「戦争してんだ。祝う事なんてないだろ」
「え~、リンっていう仲間が増えたんだからお祝いしてよ~」

 思わずくすっと笑ってしまう。

「遥さん、知ってる? この近くに食べ物たくさんあるの」
「えーっと……もしかして食糧倉庫? 」
「そう! 」
「でもそこにはロイド軍が……」
「いなかったよ? 」

 いつの間にか三人で歩いていた。

 恋よりずっと続く方がいい……ふと、懐かしいあの頃を思い出す。樹梨亜、夢瑠、死ぬまで一緒にいるかなんて考えた事もなかったけれど、ケンカしたまま死に別れるなんて思わなかった。

 全部、私のせい。

「やっと、なんか食えるな」
「はい……」

 仲間、その響きすら私にはもったいないのかもしれない。






 樹梨亜、夢瑠……本当に、こんな風に離れ離れになるなんて。

 梨理りりちゃん、大雅たいがくん、雛美ひなみちゃん、亜美あみちゃん……そして樹梨亜。

 どうして死ななければならなかったんだろう。

 ずっと夢だった子だくさんのにぎやかな暮らし。ロイドの自爆事件を機にパートナーロイドが迫害され始めて……多くの人がパートナーロイドを捨てても、樹梨亜は煌雅さんと別れようとはしなかった。

 “煌雅のこと……愛しているの。誰にも理解されないだろうけど”

 最後に話した時の、あの微笑みが忘れられない。信じていた……私も樹梨亜も。ロイドと人間は通じ合える、身体の仕組みが違っても、心など芽生えないと言われてもきっと、一緒に生きていけると。

 それは愛する人を……信じていたから。

 でも知らなかった。愛する人と出逢わせてくれたアンドロイドとの共存社会、その裏にある陰謀や利権。

 そして何より“ロイド”という物の危うさを。
 
 ロイドがいつか人間に取って代わり、人類を滅ぼす。その為にロイドを広めていたのだとしたら……私は人類を脅かす陰謀に加担した事になる。

 私が……樹梨亜や梨理ちゃん達を、お父さんとお母さんと兄貴を、殺した。

 流産の後、病気が見つかって子供を産めなくなってしまった夢瑠を支え続けた兄貴。

 “かずがいてくれるから、生きていようと思えるの”

 やっと少しずつ元気を取り戻していた矢先の戦争。宇宙の星々に応援を頼むと通信局に籠もっていた所を……ロイド軍の襲撃に。

 “ハルちゃんは、家族よりロイドのが大事? カイ君はもう人間になったんだよ、それなのにどうしていつまでもあそこにこだわるの? ”

 夢瑠の言う事は最もだった。

 “ロイドさえいなければ、ハルちゃんがそんなもの広めなかったら、みんな死ななくて済んだの! かずを返して! ”

 夢瑠……今どうしているだろう。謝っても謝っても償いきれない。


「おい、大丈夫か」

 腕を掴まれて我に返る。

「遥さん、すごい汗よ」
「あぁ……うん、ごめんなさい」
「気分悪いの? どこか怪我とか? 」

 心配そうに覗く顔。夢瑠と樹梨亜の事を考えていて、リンちゃんと内藤さんの再会の場を暗くしていた。

 少し休ませてほしい、そう伝えて場を離れる。


「悪かった……その……」

 追いかけてくる弱い声。

「気にしてません」
「リンの事は」
「謝っておいてください、リンちゃんに。少し、具合が悪くて」
「大丈夫か、どこが悪い」
「一人にしてください」

 近づく足音が止まった。傷ついた……そんな風に漂う気配。

「わかった、ゆっくり休め」

 去っていく足音を聞きながら、力を抜いて目を閉じた。






「じゃあ、二人は戦友なのね」

 かっこいいと目を輝かせるリンの隣、内藤は未だうわの空。

 まだ手に残る、抱きしめ触れた肌の感触。傷だらけの、冷たく痩せ細った身体……戦わせたくない、そう言いつつ離れる事などもう考えられない。

「そういえば聞いた? なりすましロイドっていうのがいるらしいよ」
「そうか……」
「なんだ、知ってるんだぁ。本人そっくりだから騙されちゃうんだって。怖いね~」

 ロイド軍に関する情報……しかし、内藤は聞いていない様子だ。
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