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Chapter Ⅰ 愛憎

6.自爆ロイド 〜suicide roid〜

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「このまま下山するぞ」
「洞穴には帰らないんですか? 」

 草を摘み、沢で水を飲み、遥と穏やかな時を過ごす内に雲行きが怪しくなってきた。高く白い空、これ以上雲が厚くなれば雪に……肌を刺す空気も冷たく鋭くなってきた。

「雲行きが怪しい。今夜はもう少しマシな所で寝よう」

 山にいる数日の間、ロイド軍は追ってこなかった。麓で待ち伏せしているのか、俺達などどうでもいい程の大きな攻撃を準備しているのか……滅ぶ前のあの国に似た異様な静けさに胸騒ぎがする。

「内藤さん? 」
「どこに兵士がいるかわからない。注意して進め」
「はい」

 遥に渡した銃の威力は弱いが、敵を遠ざけるくらいの力はある。倒せなくても身は守れるだろう。

「側を離れないと約束してくれ」
「はい」

 形だけ銃を持たせたが、出来ることなら使わせたくない。目を凝らし、神経を研ぎ澄ませ……俺は黒豹に戻っていく。

 案の定、麓に近づくとロイド兵が溜まっていた。始まった銃撃戦、情報を掴んでいるのか敵は遥を執拗に狙う。山を駆けながら懸命に狙いを定め応戦、遥は強いが敵は高性能兵器ロイド、後退しては舞い戻り指先から無数の光線を放つ。

 あれがあれば……この街にあるかどうかもわからない、ロイドを真っ二つに出来る特殊なライトソード。あれならこんなまどろっこしい事をせずに済むのに。どこかの戦場で失くした事が今頃になって悔やまれる。

 何発撃っても壊れず立ち上がるロイド達、性能だとわかっていても“人間に屈辱を”与えるまでは倒れないという不屈の精神を感じてしまう。

「伏せろ! 」

 間一髪、遥を撃とうとしていた奴を撃ち抜く。眉間を狙いもう三発、ロイド兵はドスンと床に倒れる。

「内藤さん、もっと強い銃を」
「だめだ。お前の体格に合わない」
「でもこれじゃ」
「危ない!! 」

 ドォン!!!

 突然、鈍く重い轟音が響き、熱い爆風に飛ばされる遥を咄嗟に受け止めた。五年前にもこんな事があった。あの時より強い衝撃を受け、あっけなく地面に叩きつけられ……意識を消失した。






「先を越されたか……」

 例の兵士が山に着いた時、既に麓にはロイド軍の本隊がいた。

 “本隊に先を越されるな。必ずお前の手で殺せ”

 命を下した白衣の男は怪しげだった。それなのになぜ、言われるがまま動いているのだろうか。

「………クソッ!! 黙れ!! 」

 話し掛ける声もないのに、いらだちを隠さず声を荒げる姿は、まるで気が狂っているようだ。

「た、隊長!! こんな所まで直々にどうされたのですか!? 」
「隊長? 誰のことだ」

 声を掛けてきたのは本隊の兵士、量産型なのか電子音声ですぐにロイドだとわかる。ロイド兵の眼は兵士の腕、二本のラインを見ている。

「二本のラインは隊長の証だと教わりました。滅多にお目に掛かることの出来ないお方だと」
「あぁ……そうか」
「私共、脱獄犯の捜索に来たのですが、詳しい命令を受けていません。隊長、どうかご指示を」

 それまでイライラとどこか集中できていない様子だった兵士は、初めてロイド兵を直視する。

「命令……か」
「はい! 」

 嬉しそうなロイド兵に何かを考える兵士。そして山を見渡すと声を上げた。

「麓にぐるりと兵を配置せよ。下から攻めて脱獄犯を山に閉じこめるのだ」
「はっ!! 」
「見つけたら生け捕りにして、すぐに知らせろ。生け捕りだ、わかったな」
「はい、全員直ちに配置につかせます」

 ロイド兵は耳元に触れ、隊長のご指示だと音声で命令を流す。

「下山はしていないのだろうな」
「はい、下山は確認されていません。今朝、煙が出ていたと展望台から連絡がありましたから、山頂付近で焚き火をしていたと思われます」
「山頂……か」

 兵士は銃を手に駆け出した。

「隊長! 隊長はどちらへ」

 ロイド兵の声も耳に入らないほど、兵士は急ぎ、山へ入っていく。






 どのくらい経ったか……猛烈な熱気で目が覚めた。傍らには倒れている遥、着衣には炎。

「遥、遥!! 」

 息はあるが、呼んでも反応はない。

「遥、起きろ! 」

 着ていた上着で火を叩き消すものの、しぶとく消える気配はない。傍らの大木がドシンと倒れ、火は更に広がっていく。ここにいたら死ぬ……燃える服を脱がせ、抱きかかえて立ち上がる。見渡しても既にあのロイドはいない。何が起こっているのか確かめる間もなく、盛んに燃える草木を避け走り出した。

 やけに静かで、ロイド兵が追ってくる気配はない。燃える草木が腕や足に当たり肌を焦がす。

 麓へ──燃え盛る炎、充満する煙に酸素が奪われていく。ここで戦えば勝ち目はない。結局、人間はロイドに敵わない。

「ん……」

 胸の中の身体が動き、声を上げる。

「大丈夫か」

 小さく頷くのがわかり、大きな安堵に心が安らいでいく。

「もうすぐ着くからな」

 また小さく頷くと、遥は脱力した。今にも息絶えそうに眠る、その命を失いたくない……歩みを進めれば進めるほど気持ちがあの日に戻っていく。

 “俺が一生、側にいてやる。あいつの代わりに”

 五年前、俺は本気だった。遥があいつを忘れられなくても、間にあるのが愛じゃなくても、側にいて寂しさを埋めるつもりだった。

 殺せば手に入る──横たわる海斗を前に魔が差しかけたその時、遥が手当してくれた手が目に入り、俺は思い留まった。

 やはり戦場には、連れていけない。

 身体に火の粉がつかぬようしっかり包んで、足を早めた。






 火はあっという間に燃え広がり、灰色の煙を上げて空を汚した。赤々と炎を上げて燃える山、ロイド達には無害だが一人焦る兵士がいる。

「消火隊はまだか! 」
「急がせていますがまだ……この火なら人間は生きられません。一度、撤収し鎮火してから遺体を探しに戻りましょう」
「脱獄犯じゃない、このままだと風下に燃え広がるぞ! 」

 火が燃え広がり、呼び戻された兵士は麓に集まる本隊と合流していた。あまりの気迫にロイド兵達は混乱し固まる。その姿は、あっけにとられた時の人間の姿によく似ている。

「さすが隊長、下層民の事まで考えておいででしたか」
「下層民……だと? 」

 兵士の声色が変わり、凄む瞳に怒り。

「隊長、次の御命令を」

 人間ならたじろいでもロイドには通じない。機械的に命令を待つ様子に兵士は尚もいらだつ。

「火を消せ」
「どちらの火でしょう」
「あの山の火だ! 風下に燃え広がらぬよう、一刻も早く鎮火せよ」
「了解しました」

 散らばる本隊、兵士は轟々と燃える山を仰ぎ、呟いた。

「あの子達が危ない」
「隊長? 」

「早く火を消すんだ! 早く! 」

 脱獄犯を追わなければならないはずの兵士は、率先して消火作業に加わる。そのうち消火隊も到着し、風下に広がることなく火は消えた。

「山に入る」
「え? 撤収は……まだ火が燻っているかもしれません」
「お前達、火が怖いのか? 」
「いえ、私共は不燃性ですので」
「行くぞ。燻る火を消しながら脱獄犯を探すのだ」
「はい! 」

 いつしか勇ましい隊長に変貌した兵士は、ロイド兵を率いて再び山に入っていく。

 二人は無事に逃げ切ることが出来たのだろうか……それとも。山に入っていくこの兵士は脱獄囚の二人を本気で殺そうとしている。






「寒くないか」
「はい……」

 幸い、大きな怪我もなくあの山から少し離れた廃屋に身を隠す事ができた。

 日が暮れ暗闇、外は雪。

 季節は春のはず、それでも気温は下がり続け吐く息は白い。煙で居所を知られる……そう思うと火を焚く事もできず、ただ暗闇の中、肌を寄せ凍える身体を温め合う。

「悪いな、これしか方法がない」

 昔の遥なら間違いなく言っただろう……裸で抱き合うくらいなら死ぬ方がマシだと。頷く動きすら震え、首筋に触れる頬が冷たい。

「内藤さん……」
「ん? 」
「内藤さんが、凍えちゃう」

 掛けた上着を脱ごうとする遥。

「俺にはこれがある」

 腕を叩き、笑ってごまかす。

 組織にいた頃、反吐が出るほど嫌っていたトレーニング。よくにやれと言われていた……それがこんな所で役に立つとは思っても見なかった。

 ふっと、遥の頬が緩む。

「なら私も鍛えなきゃ」
「いいんだ、お前は」

 もう一度、強く抱き寄せる。

 遥を暖める為か、自分を暖める為か……愛なんてないのはわかっている、それでも。

 初めて、起きている遥の髪を撫でた。

「どうして……」
「まだ、わからないか」

 まだ気づかない鈍感さに溜め息が出そうだ。あいつはこんな女とどうやって通じ合った、それとも好きな男の気持ちならわかるのだろうか。

 想いを瞳に込めて見つめ、顔を近づけ……力無い唇をふさぐ。躊躇いに揺れる瞳、もう一度見つめ奪おうとした時。

「動くな! 」

 銃を突きつけるも時すでに遅し、長身の兵士に銃を突きつけられていた。

「海斗! 」

 剥がれる身体、胸の中で驚きに満ちた声が響く。

「ここで何を……」



 二人を追っていた兵士は、草野海斗だった。
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