夢瑠と夏休み

織本 紗綾

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最終話 別れの朝

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 とうとう、夢瑠の帰る日がやってきてしまった、出航は7時。

 なのに、起きたら6時50分。

 別れの湿っぽさを感じさせる余裕もなく寝坊した夢瑠の支度に追われている。

「夢瑠、忘れ物ない? アルバムちゃんとしまった? 」
「夢瑠のリボンがないー! 」
「え? リボン? 昨日テーブルに置いたでしょ? 」
「かたっぽないのー!! 」
「そんな焦って探したら余計見つからないよ。リボン探しとくから着替えて! 」

「伯父さん来ちゃった」

 海斗までがなぜか慌てている。

「朝ごはんは? 」
「食べる暇ないー! 」

 夢瑠はもう半泣きだ。なんとかベッドの下にあったリボンを見つけ出して髪を結ってあげる。

 本当はゆっくり朝ご飯を食べながら別れを惜しみたかったのに……私も寝坊して、夢瑠を起こしてあげられなかった。

 次はいつ会えるかわからないのに、こんなバタバタした別れになるなんて……。

「よし! できた! 」

 支度の済んだ夢瑠とトランクを持ってリビングに行くと、海斗と伯父さんが待っていた。

「はいこれ、お腹すくと思うから帰りながら食べてね」
「カイくん、ありがとう。これなあに? 」
「おにぎり作ったんだ」
「わぁーい! 遠足みたい」
「さぁ、もう行くぞ」

 振り向いて歩き出す伯父さんについてみんなで家を出る。絶対に泣かないと決めていたから、夢瑠と何気ない会話をしながら平気なふりして砂浜を歩く。

 ほんとに帰っちゃう……。

 目指す先には、プカプカと浮かぶ船が新鮮な朝の陽に照らされている。

「ハルちゃん、カイくん、いきなり来ちゃってごめんね。3日間、本当に楽しかったよ」

 船の前まで来た夢瑠がにこっと笑顔を向ける。

 返事をしなきゃ……でもいま何か言ったら、カッコ悪く泣いてしまうかもしれない。

「気をつけて帰ってね。みんなによろしく伝えて」

 それだけ返すと、夢瑠が駆け寄ってきて、ぎゅっと私に抱きついた。

「ハルちゃん、また会えるよね」
「うん。会えるよ……また会えるから、ちゃんとご飯食べるんだよ」

 よしよしと頭を撫でると、冷たいものが肩に伝わった。

 夢瑠が泣いている。

「ちゃんと手紙、渡すからね。樹梨ちゃんにも、ハルちゃんの家族にも、元気だったって言うからね、だからいつか……ちゃんと帰ってきてね」
「うん、お願いね。ちゃんと……色々落ち着いたら帰るから、それまで元気にしてるんだよ、わかった? 」
「わかった。約束だよ? 」

 夢瑠の身体がゆっくり、離れていく。

「ハルちゃん、カイくん、またね」
「うん、またね、夢瑠」

 嵐のように私達に会いに来た夢瑠は、嵐のように慌ただしく……帰っていった。

 少しずつ、遠ざかっていく船を見つめながら……無事に帰れますようにと祈りを込める。

 そうして船は見えなくなった。

 帰っちゃった……。

「ずるい奴だな、俺って」

 海斗は海を見つめている。

「一緒に帰りたいって言われるのが嫌で避けたりして」
「ほんと」
「え? 」
「私がそんなこと言うと思った? 」
「それは……」
「大事な家族と友達を残してこんなとこまで付いてきたんだから……この先、海斗が嫌がったってもう離れてあげない! 」
「遥……」
「さて! 溜まった洗濯物片付けなきゃ、いこ! 」


「わっ! ちょっと海斗……」

 歩いていたのに、いきなり後ろから抱き寄せられる。

「ずっと一緒にいて。幸せにする」

 海斗が耳元で囁く。なんだかいつもと雰囲気が違う。

「海斗……どうしたの? 」

 腕に込められた力が強くなる。

「俺ももう、遥を手放せないから」

 一度、別れを告げられてから……海斗の気持ちを聞けたことがなかった。心のどこかにあった不安が優しく溶けていく。

「いつか……二人で帰ろう。皆の所へ」
「うん」

 波の音が寄せては返す。時間が止まって……地球にまるで私達だけみたい。新しい約束と幸せを胸に、私達はいつまでも抱きしめあっていた。
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