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1日目 突然の訪問者
しおりを挟む穏やかな春の昼下がり、私達は家事を終えてダイニングでくつろいでいた。
「ねぇ、伯父さんの声聞こえない? 」
目の前で本を読んでいる海斗に聞く。
「でも一昨日来たばっかりだよ? 」
海斗の伯父さんは週に一度、隣の大きな島で買った野菜や肉を届けてくれる。海斗の言う通り、一昨日来てくれたはずだけど、でもまだ聞こえる気がする。
「見てくるね」
もしかしたら前に頼んだ海斗の誕生日のことかも……そう思いながら玄関のドアを開けると、勢いよく伯父さんが喋りだす。
「あんた、この島にいること誰かに言ったか? 」
どうやら、港で私の友人と名乗る女性に出会ってどうしても連れていけと強く頼まれたらしい……でも誰……?
久しぶりに背筋がゾクッと寒くなる。私達がここにいることを知っているのは、ただ一人……水野さんだけだ。
「怪しい感じはなさそうだが……あれ? まだあんなとこにいるのか」
伯父さんの視線の先には……砂浜に慣れていないのか、足を取られながらよろよろ歩く、かなり小柄な女性……の姿が見えた。
もしかしてあれ……。
あれは、クルンクルンの巻き髪ツインテールに黄色いリボン……でも、まさか……。
「夢瑠!? 」
私の声に反応して彼女も顔を上げる。
「ハルちゃん!! 」
やっぱり夢瑠だ!
走る夢瑠に私も駆け寄る。思いっきり抱きつく夢瑠を、よろけながらもなんとか支えた。
「探したんだよ? ハルちゃん」
「ごめんね……夢瑠」
居場所を言えない決まりだったから誰にも何にも言えなくて……でもまさか、こんなところまで探しに来てくれるなんて思ってもいなかった。
「ほんとに友達だったのか。良かった良かった。そんなら後で旨いものでも届けてやるよ」
私達の元に追いついた伯父さんは、それだけ言ってまた船の方へと戻っていった。私達は、顔を見合わせて、抱き合って再会を喜ぶ。
「よかったぁ。ハルちゃん、すごく元気そう」
一年で日に焼けた私を見て、夢瑠が微笑む。
「うん、なんとか元気にしてる。暑いでしょ、家に案内するね」
夢瑠の大きなトランクを持って、手を繋ぎながら家へと歩いていく。
「ふふ、ほんとにハルちゃんの手だぁ」
繋いだ手を振りながら安心している夢瑠に、申し訳なさを感じながら……会えた喜びを噛みしめて玄関のドアを開ける。
「そういえば、何でここが分かったの? 」
「何でって、ちょっと脅したら吐いたの」
脅した!?
夢瑠の口から、普段は出ないような物騒な言葉が出たことに驚くと、いつの間にか目の前にいた海斗は、怯え顔だ。
「お、脅したって、誰を? 」
「あ! カイくんだぁ! やっぱり一緒にいたんだねぇ」
「ねぇ、夢瑠。一体だれを脅したの? 」
「水野さんだよ? 」
「え! 大丈夫なの? 何かされなかった? 」
「うん! ガタガタ震えてたよ、面白かったなぁ」
当たり前のようにきょとんとしているけど……夢瑠は、一体どこまで知っていて、彼女を脅すなんてしたんだろう。
「だってね、夢瑠はハルちゃんとカイくんが絶対生きてるって信じてたもん」
生きてる……そうだよね、みんなにそれだけ心配かけたんだよね……無邪気な笑顔が胸に刺さる。
「夢瑠ちゃん、遠いところから本当にありがとう。荷物は寝室に置いておくから、ゆっくりしていって」
海斗は、私から夢瑠のトランクを受け取って寝室の方向へ歩いていく。
「どうぞ、そこに座って? 今、お茶淹れるね」
さっきまで私が座っていたダイニングチェアに掛けてもらってキッチンへ移動する。
夢瑠がいてくれる間に、ちゃんと説明しないとな……。
「夢瑠は、いつまで居られるの? 仕事とか忙しいんじゃない? 」
「ちょうどね、ながーいお仕事終わったからいっぱいお休みもらったの。なにこれ? 美味しい! 」
フルーツティーを淹れると、喜んでゴクゴクと飲んでくれる。
ちゃんと話そうと向かいに座る。
「夢瑠、本当に心配かけて……危ないことまでさせちゃってごめん。あのね……」
「いーんだよ。ハルちゃんが幸せならそれで。みんなにもそう伝えられるしね」
「夢瑠……」
「そういえばね、樹梨ちゃんの赤ちゃんの写真持ってきたの。あれ……トラックの中かも」
「トランクね」
久しぶりの夢瑠の言い間違いも、なんだか懐かしい。
「お風呂の支度できたよ。夢瑠ちゃん、汗かいたでしょ」
「え? いいの?? 」
「もちろん。積もる話はその後ゆっくりしようよ」
夢瑠をお風呂場に案内して戻ってくると、海斗と目が合った。
「夢瑠ちゃん、何日か居られるって? 」
「うん、しばらく居られるみたい」
「よかったね」
「……うん」
「泣きそうだよ? 」
「だって……」
嬉しさと懐かしさと申し訳なさが混ざって、なんだか変な気持ちで、言葉より涙が出てきそうで。
「心配かけたけどさ、夢瑠ちゃんが居られる間は楽しもう、二人が楽しめるようにするからさ」
海斗……そういう気持ちで、テキパキ動いてくれてたんだね。
「ありがと」
その広い背中に抱きつくと、お日様の良い匂いがした。
お風呂から上がった夢瑠と私は写真を見ようと寝室に来たのだけれど、眠たそうだった夢瑠は、秒速で寝てしまった。
私の手をしっかり握って離さない、その寝顔を見つめる。
心のどこかで……一生会えないかもしれないとか、忘れられちゃうんじゃないかとか考えてた。
でも夢瑠はその間も私達を探して……本当に会えるかもわからないのに危険を冒してまで、ここに来てくれた。
握った夢瑠の手はペンだこがひどくて、日々の努力が感じられる手をしている。
夢瑠はすごいね。
心の中で寝顔に話しかける。のんびりしているようで、ほんとは誰より難しいことをたくさん考えて、コツコツ努力してたくさんの作品を書いている。
そうして生まれた作品がたくさんの人の心を癒したり、元気付けたり……心からすごいと思う。
ここに来てから私も夢瑠の小説にたくさん助けてもらったんだよ。ここにいる間だけは、ゆっくり休んで楽しんでいってもらうからね。
眠りが深くなったのか、ふっと手の力が緩んだ。起こさないように、そっと手をほどいて立ち上がる。
喜んでもらえるようにがんばらなきゃ。
夢瑠の嬉しそうな表情を想像しながら、静かに部屋を出た。
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