『ダーク』押し入れの子供達は勇者と魔王どちらを選ぶ

歌龍吟伶

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勇者

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〝両親〟が助け出されたら自分たちは…青ざめて震えるエルを見て、エリックは勘違いをし優しく肩に手を置いた。


「もう大丈夫だ、彼らもすぐに助け出すからな」


その言葉を聞き、アイも目を見開き震え出す。

彼らを助ける、それが何を意味するか嫌と言うほど分かるから。

そして少しして、何も言えない子供達の前に〝両親〟が連れてこられた。


「クソ痛かったな…いったいなんだってんだ!」

「まったく…あ!お前たちよくも見殺しにしてくれたわね!!」


人前だというのに女はエルの髪の毛を掴み、男もアイを殴り階段下へ突き落す。


「な、何をする!?」


助けた人間たちの行動に驚いたエリックは、慌てて部下たちに二人を抑えさせると落下したアイの元へ駆け降りていく。

エルはマイを抱いていたため落とさない様に必死で、その足元には引きちぎられた髪の毛が数本散らばった。

怯えるハルとマイの鳴き声が響き渡る中、まだ暴れる〝両親〟。


「離せ!こいつらは俺たちを見捨てたんだぞ!」

「そうだよ!あたしらを見殺しにしようとした親不孝もんだ!」


どの口が言うのかと怒りが湧き上がり、エルは二人を睨みつける。


「落ち着きたまえ、まだ子供ではないか!この状況で混乱して逃げ出してしまったのだろう、子供に罪はない」


何も知らないエリックが綺麗事を並べるが、それすら不快でエルは耳を塞ぎたくなった。


「子供たち、怖かったろう。我々は別世界から来た人間だ。この世界を魔王が侵略しようとしているため、阻止するために派遣されて来たのだ」

「まおう?」

「とても恐ろしくて悪い存在だ、勇者である私が倒さなくてはならない」

「ゆうしゃ」


エルは、昔少しだけ読んでもらったことがある絵本に出てきた勇者を思い出す。

とても強くて優しい正義の味方…目の前のこの人がそうだというのか。


「我々が来たからにはもう安心だ、君たちのことは責任を持って保護するよ」

「…その人たちは?」

「ご両親だろう?きっとお互いに混乱しているだけだ、少し時間が経ってからまた会えばいい」


目の前で殴られ、アイに至っては階段から落ち死んでもおかしくなかったのに。

平和主義者であるエリックは、虐待というものを理解していなかったのだ。


「この世界を守ってみせる!平和を取り戻したら、すぐにまた家族で暮らせるように手を尽くすと誓うよ」

「平和…?」

「そうさ!」


曇りのない笑顔。

普通の人間ならば泣いて喜び感謝しそうだが、エルは。


「…勇者は悪い人を倒してくれるんですよね?」

「そうだとも!」

「なら…その人たちを殺してください」


真っ直ぐな目でそう言った。


「…なんだって?」


エリックは理解できずに聞き返す。


「殺してください。どうして助けたんですか、あと少しで死にそうだったのに!」


エルが叫ぶと、治療を受けていたアイも泣きながら訴えた。


「そうだよ、そいつらが一番悪いやつなんだから!」

「なんてことを言うんだ、実の両親だろう?」

「違う!親なんかじゃない!」

「育ててもらった恩があるではないか」

「そんなものない!あんたはあの部屋を見なかったのか?押し入れの中にナニがあるか分からないのか!」


押し入れが汚物まみれで酷い臭いを放っていることには気づいていたエリック。

詳しく調査せずに外に出たため、ソコにあるモノに気づいていなかった。

よく見ればわかっただろう、小さな人骨の数々に。

エルとアイは泣きながら訴えるが、それでもエリックには理解されなかった。


「とにかく今は混乱しているだけさ、落ち着けば仲直りできるよ。家族だからね!」


まだ後ろで「ぶっ殺してやる!」などと叫んでいる男女を見てもなお家族神話を崩さないエリック。

エルは泣き止まないマイを抱きしめ、溢れる涙を止められずにいた。

その時、空に割れ目が現れ天から無数の影が降りて来たのだ。


「しまった、魔王軍か!」


エリック達は部屋から離れて道路に出ると、武器を手に空を睨みつける。

ゆっくりと降りてきた影たちの中心にいたのは、背の高い黒尽くめの男だった。
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