『ダーク』押し入れの子供達は勇者と魔王どちらを選ぶ

歌龍吟伶

文字の大きさ
上 下
2 / 6

大地震は異世界との門を開く

しおりを挟む
ガチャリと玄関の音がして、子供達は震え上がった。

外で買い物してきたらしく、二人揃ってご帰宅だ。


「うわ、子供の様子見せろって誰か来てたみたい」

「あー、めんどくせえな…どうすんの?」

「前回はビンボーだから親に預けましたって言ったらアッサリ信じてくれたよ」

「引っ越すのも手だよなー、凄えくせーし」


引っ越し。

その言葉にエルは恐怖する。

この部屋に引っ越してくる前、虐待疑惑で通報されて焦った女が動けなくなっていた妹達を二人始末したのだ。

今は動けている三人だが、ハルはかなり弱っているしマイも危ない。

また減らされてしまうのかと考え、震えが止まらなくなるエル。

しかし男と女は笑い合いながら服を脱ぎ、ベッドへ直行していった。

ひとまずホッとしていた、その時。

地響きが聞こえ、部屋が大きく揺れ始める。

経験したことがないほどの揺れで建物が軋み、男と女は悲鳴を上げた。


「うわっ、地震!でけーぞ!」

「きゃああああああ!!」

「うっ…ぐぁああああ!」

「うぅ…!!」


悲鳴が呻き声に変わり、揺れが収まっていく。


「ぐ…動けねえ…!」

「く、苦しい…!!」

「クソッ、スマホ届かねえ!」

「ううっ…あ、アンタ達!誰か出て来なさい!」


エルはアイにマイを預け、恐る恐る押し入れから出た。

部屋の中は物が散乱しぐちゃぐちゃになっており、男と女が絡み合っていたベッドはタンスの下敷きになっている。


「早く助けろクソガキども!」

「早く!苦しくて死んじゃう!」


タンス自体はベッドに引っかかっているのだが、引き出しが飛び出しその上から上の階の床が落ちて来て潰されていたのだ。

辛うじて即死を免れ、まだ会話もできる状態の二人。

エルが側にきた気配に気づき、必死に声を上げる。


「そこにいるんでしょ、早く助けて!」

「早く誰か呼んでこい!!」


散々誰にも会うなと言っておきながら…どんなに子供達が泣き叫んでも、うるさいと言って殴る蹴るの暴行を加えておきながら。

助けを求めてくる〝両親〟を前に、エルは。


「…嫌だ」


一言だけ言うと押し入れへ戻る。


「アイ、ハル!出ておいで、今なら大丈夫だ!」

「え…」

「早く!マイは俺が抱っこするから、アイはハルと手を繋いで」

「う、うん…」


戸惑いながら押し入れから出てくる妹弟たち。

めちゃくちゃになっている室内を見て驚いている。


「何これ、さっき揺れたから?」

「大地震だ…」

「…あの人たちは、どうしたの?」

「あそこ。動けなくなってる」


だからチャンスだ、そう言うとエルは妹弟をキッチンへ連れて行く。

地震の影響で水も電気も止まっているが、斜めに倒れた冷蔵庫から中身を取り出すことができた。

酒とツマミばかりの冷蔵庫だったが、ツマミでも食べられるだけマシだ。

水も入っていたので三人で分け合い、生活に困窮している母子家庭への支援品として届けられたオムツとミルクがあったため、それを開けてマイに与えた。


「ぐっ、お前ら、早く助けろよ!後で覚えてやがれ!」

「ぶっ殺してやるからね!」


二人の叫び声にアイとハルが飛び上がるが、


「大丈夫、あいつらはもう動けない」


エルは久しぶりの笑みを浮かべて二人を落ち着かせる。


「外の様子を見てくるから、二人は玄関にいて。アイ、マイのこと頼むよ」

「やだ、置いていかないで!」

「おそとでるの?こわい」

「大丈夫、すぐ戻るよ。外に悪い奴がいなかったら、食べ物を買いに行ってくる。たくさん持って帰ってくるから、ちょっとだから待ってて」


食べ物と聞いてアイとハルは目を輝かせた。

エルは女の財布から金を抜き取り、約2年ぶりに外へ。

外は色々なところから悲鳴が聞こえ、煙も上がっている…町中がパニックになっている様だ。

幸いなことに目の前がコンビニのため、エルは決死の思いで店に入った。

ドアは開いていたが人がいない…入り口にあったカードとカゴを使い、エルは目一杯食べ物と飲み物を詰め込む。

残念ながらミルクは売っていなかったけれど、バスタオルを貰うことにした。


(お金足りるかな…すみませんお店の人、置いておくから許してください)


エルは握りしめていた二万円をレジカウンターに置くと急いで店を出る。

妹弟の喜ぶ顔を思い浮かべていたエルは、家を取り囲む大人の姿を見て一気に青ざめた。

見たことのない服装の男女が部屋の前にもいて、アイたちが怯えて泣いている。


「アイ!ハル、マイ!」


エルが荷物を階段下に置いたまま駆け上がると、部屋からも知らない男性が出て来た。

剣を手にした金色の髪の男性は、エル達を見て驚いた顔をする。


「ああ、なんて酷い…セレーヌ、彼らに浄化を」

「はい、エリック様」


セレーヌと呼ばれた女性がエル達に手をかざすと、光が体を包みあっという間に綺麗にしてくれた。


「わあ、すごい!まほうつかい?」


ハルは無邪気に喜んでいたが、室内で〝両親〟の救助活動が行われていることに気づいたエルは頭が真っ白になる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

処理中です...