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第1章〜出会い〜

第8話

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「カーシャ、今いいか」


大鍋をかき混ぜているのは、恰幅の良い女性。

その背中に向けて、ヴィンは大きめの声で話しかけた。


「え?!なんて?!」


調理中の音で聞こえにくいらしく、カーシャと呼ばれた女性は僅かに顔をこちらへ向ける。

視線は鍋から離さず、手も止めない。


「消化にいいものも少量、用意して欲しい」


船長からの珍しい注文に、カーシャは一旦火を止めて振り向いた。


「誰が腹の具合でも…おや?」


腹を下した奴がいるのかと思ったカーシャだったが、船長の後ろにいる少女に気づき目を丸くする。


「あんれまぁ、誰だいその子は。」


「今日からこの船に乗せる。」


「は、はじめまして!ミュフィといいます!」


ミュフィはなるべく大きな声で自己紹介し、頭を下げた。


「まー、随分汚れて!早く風呂に入れてやりなよ!」


そう言うとカーシャは再び火をつけ鍋を混ぜる。

右手で混ぜながら左手で小鍋を取り出し、湯を沸かす。


「腹に優しいもんを作ればいいんだろう、用意しとくから綺麗にしておいで!」


さすがは大所帯の料理番、すぐに状況を理解したらしくカーシャは手際よく調理を続ける。

なぜこの船に乗るのか、どこからきたのか、何者なのか。

何一つ聞かない辺りもさすがというところか。

ミュフィはヴィンに案内され地下へ。

一室が風呂場になっているらしい…


「一応浴槽もあるが、入って倒れられては困る。浴びるだけにしておけ」


「は、はい…」


正直ゆっくり浸かって体を癒したかったが、汚れを流すだけでもありがたい。

ミュフィは数日ぶりに体を洗うことができる喜びを噛み締めた。


「ありがとうございました」


たった数日。

けれど無理やり引きずられたりした体の汚れはかなりのもの。

1回洗うくらいでは落ちなかったため少し時間がかかってしまった。


「すみません、お水とか貴重なんじゃ…」


船乗りの経験はないが、それくらいは想像できる。

風呂用の水は浄化されているようで綺麗だった。


「気にするな」


迷惑をかけているのでは…と不安がるミュフィに、ヴィンは僅かに笑顔を見せた。

小さな笑み1つだったが、ミュフィの胸はどきりと跳ねる。


(か、かっこいい…)


まとう雰囲気にばかり意識がいっていたが、顔立ちはかなり整っていて鍛えられた肉体も素敵だ。 
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