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第1章〜出会い〜

第5話

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疑問は尽きないが、ヴィンに尋ねたところで詳しい説明は期待できないだろう。

短いやり取りの中でも、彼が口下手であることだけは確かだろうとミュフィは思った。

しかしこれだけは聞いておかなくては…


「あ、あの…私、この船に乗るんですか?何をしたらいいんですか?」


なにやら勝手に乗船が決まったようだったが、船乗りの経験も知識もない。

ましてや最強最悪と言われる海賊船なんて!


「そうだな」


ヴィンは少し考え、再び口を開いた。


「働かざるもの食うべからず。何もしないわけにはいかない。皿洗いか、掃除か…なにか特技はあるか」


ヴィンに問われ、ミュフィは普段の生活を思い出しながら答える。


「えっと…家事は一通りできます、お裁縫なんかも。あとは…歌うことが好きです。時々街の孤児院で歌ったりしてました」


奴隷市場に出されるまでは、普通の生活をしていた。
家のことをして、街に買い出しに行くついでに子供達と触れ合って。

普通の生活をしているつもりだったのに…


「…なぜ売られていたんだ?」

普段のヴィンなら人の事情など興味無く、質問などしない。

しかしミュフィに対してはなぜかいつもと違う事をしてしまう…本人は自覚していないけれど。


「…父に、売られたんです」


ミュフィはポツリポツリと語り出した。

数日前のことを…


いつものように街へ行って、孤児院で歌わせてもらって。

いつも院長先生がお小遣いをくれるので、それで食料を買って帰りました。

父は…仕事が変わったって言っていつも夜遅くに帰って来てたんですけど、嘘だったらしくて。

抱えきれないほどの借金作ってたみたいで…

家に帰ったら知らない人たちがいて、お前は売られたんだよって。

訳がわからないまま連れていかれて、縛られて殴られて…さっきあそこで売りに出されたんです。


話すうちに涙が溢れ止まらなくなった。

3年前に母が死に、一時期は酒に溺れた父。

立ち直ってくれたと思っていたのに…相談の1つもなかったどころか、売られてしまうとは。

夢にも思わなかった裏切りに、ミュフィの心はボロボロだった。

ミュフィの話を黙って聞いていたヴィン。

泣き続ける彼女の頭をポンっと一撫ですると、無言で部屋を出て行った。
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