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第78話:心の速度も人それぞれ

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アイリスを寝かしつけて、夫婦の会話時間。


「…ジーク様」

「なんだ?」


シズリアは思い切って、以前から聞いてみたかった質問を口にした。


「アイリスに兄弟を、とお考えですか?」

「…え?」


ジークハルトからすれば想像もしていなかった質問。

目を丸くするジークハルトに、シズリアは慌てて首を振る。


「あ、すみません変な事を言って…忘れてください」

「変なことではないし忘れられるわけないだろう。二人目が欲しいのか?」

「…いたらどうなのかな、と思ったのです」


アイリスはまだ一歳だ、これからどんどん自己主張も激しくなってくるだろう。

手が掛かる前にもう一人欲しいような、もっとアイリスだけに愛情を注ぎたいような。

シズリアは迷いながらも、ジークハルトとの距離を縮めたい思いもあった。


「ジーク様の優しいところ、好きです。アイリスの父親としても素晴らしいし、なんの不満もないんです。だから、私ももっと応えなきゃいけないなって思って…」

「シズリア…」


彼女なりに考えて悩んでいた事を知り、ジークハルトはシズリアを抱きしめる。


「俺はシズリアを愛している。だからといって、子供が多ければ良いとは思わない。お前に迷いがあるなら無理する必要はないよ」

「…でも、ジーク様は我慢してますよね」

「う…それとこれとは話が別だぞ。義務や責任感で子作りするのはもう二度としない」


欲しいのは体ではなく気持ちなのだから。

そう付け加え、優しく頬を撫でるジークハルトの手の温もりにシズリアは目を閉じる。

この感触は嫌ではない…むしろ好ましいと思えるから。


「ジーク様、好き…です」


たぶん。

その言葉は飲み込んだけれど、ジークハルトには伝わっていたようで。


「ふっ…素直に喜んでおこう」


笑いながらの口付けがくすぐったくて、シズリアは身をよじる。

しかし火がついてしまったらしくジークハルトは止めない。


「…今夜は期待しても良いよな」


誘ったのはお前だぞ。

そう目で訴えられたら、やっぱりやめときますとはいえない。

シズリアは久しぶりにジークハルトの肌を感じながら眠りに落ちていった…


---二年後には長男が生まれ、シズリアとジークハルトはおしどり夫婦として貴族だけでなく庶民からも憧れの存在になっていく。

夫婦円満の秘訣を聞かれるとジークハルトは必ずこう答えた…常に嫁に恋をして尻に敷かれる事だ、と。

ランカスター家の長女が商人を婿に迎えたり、長男が侯爵令嬢と婚約したりするのは、ずっとずっと先の未来。

黒髪の公爵夫人の物語は、人気の恋愛劇として後の世に語り継がれるのであった---完
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