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第32話:ランカスター家の怒り

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出掛け先から戻ったジークハルトは、玄関まで出迎えに来たシズリアの怒りの表情に驚いた。


「どうした、何かあったのか」


今日は初めて買い物へ出かけたはず、楽しくなかったのかと聞こうとしたが、後ろにいるキリアが手に包帯を巻いている事に気づく。


「お話が御座います、お疲れのところ申し訳ございませんが、執務室でよろしいでしょうか」

「…分かった」


場所を移し、クラウスに茶を持って来させる。

ソファーに腰を下ろしたシズリアは、険しい表情のまま口を開いた。


「本日街へ出かけたところ、エレナ嬢にお会いしました」

「エレナ嬢に!?なぜ」


シズリアは今日あった事を報告する。

キリアが怪我をした経緯、そして突然湧いて出た取り巻き達にまで責め立てられ自作自演のような扱いを受けた事。


「ふざけた真似を…我がランカスター家を馬鹿にしているのか」


話を聞き終えたジークハルトは怒りに震えた。

偶然会っただけだというのに、用意周到に自作自演したと思われるとは。

そのような悪評を広められると思われた事自体が屈辱だ。


「話は分かった、こちらで対応する。エレナの動向や噂の広がり具合もすぐに調査しよう。キリアは少し休め、傷が酷くなるとライガスに怒鳴り込まれてしまうからな」


夫の名を出され、キリアは大人しく頷いた。

忙しく大陸を駆け回る商人ライガスは、あまり会えないとはいえ妻キリアを心から愛している。

その身に何かあれば公爵家相手でも喧嘩すると宣言し、キリアを預けているのだ。

ジークハルトとしても敵に回したくない相手の一人。

キリアには数日の休暇を言い渡し、シズリアにも今日はもう休むように告げた。


「クラウス、ツェーザルを呼んでくれ」


ツェーザルは住み込みで働いており、本宅に越してからは庭にある小屋で寝泊まりしている。

馬の世話をしやすいから外に近い方が良いという本人の希望だった。

すでに風呂を済ませていたツェーザルは、急な呼び出しで簡易的な部屋着姿。


「すまないな、もう休んでいたところを呼び出して」

「いいえ、このような格好で申し訳ございません。本日の報告でしょうか?」


入り口に立ち背筋を伸ばしているツェーザルに、ジークハルトはソファーを勧める。


「まあ座れ…楽にして良いぞ」


その一言にニヤリと笑い、ツェーザルの態度が一変した。


「ははっ、話はもう奥様から聞いてるか。旦那様もお怒りってことだな」


ドカリとソファーに腰を下ろし、口調も砕けたものになる。


「我が妻を容易く貶められると思われていることが気に食わん。俺を馬鹿にしているのと同じ事だ」

「ああいう女は醜いねー。顔の作りが良くても駄目だな」


頭と心が腐っている、と続けるツェーザル。


「…お前に臨時の任務を頼みたい。もちろん追加報酬は弾む」

「お、珍しくマジでキレてるっすね」


ジークハルトが何を頼もうとしているのか察し、ツェーザルは面白そうに笑った。


「どこまでやって良いんすか」

「やり過ぎなくて良い、だがお前に任せるよ」


頼んでおいて少し辛そうな顔をするジークハルトに、ツェーザルは笑う。


「なんでそんな顔するんすか、俺は旦那様の物。どう使って貰っても構わないのに」

「…すまんな。俺は最低だ」

「どうしたんすか珍しい」

「いや…シズリアを物扱いしているとキリアに怒られてな。お前の事まで良いように使って、俺は最低だなと」


ツェーザルは契約婚の事を知らないため、普通に仲の良い夫婦だと思っている。

ジークハルトの言葉に首を傾げた。


「奥様の事大事にしてるように見えるけどなあ?」

「そう見えるか」

「…訳ありなのは分かってますけど、俺には話してくれないんでしょう」

「…すまん。信用していないからではない、事情を知っている人間を増やしたくないだけなんだ」


ツェーザルはジークハルトに恩義を感じている。

だから、何も言わない。


「いいっすよ、謝らなくて。旦那様らしくない」


任務を引き受ける、それだけだと言いツェーザルは部屋を出て行った。
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