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第31話:助け舟

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シズリアを庇うように前に出たツェーザル。


「皆様落ち着かれて下さい。真実がどうであれ、怪我人がいるのです。言い争っている場合でしょうか」


キリアは警戒していたためそれほど傷は深くないが、それなりに出血している。

シズリアは頭に血が上ったことを反省しつつ頷き、冷静さを取り戻した。


「そうですわね。それに、刃物を仕込んだのがこの場にいる者とは限りませんものね、私としたことが冷静さを欠いておりましたわ」


一つ深呼吸し続けるシズリア。


「もしかしたら、どなたかがエレナ様を狙ったのかもしれませんものね。エレナ様のハンカチに刃物があった事は事実ですから、気をつけられた方が宜しいかもしれませんわ」


にこりと微笑めば、エレナは僅かに顔を顰めながらも表向きは青ざめた顔で震える。


「そう、ですわね…わたくしも驚きのあまり大騒ぎしてしまいましたわ。すぐに屋敷に帰って調べることにいたします、キリアさんもお大事になさってくださいね」


取り巻き達はエレナの優しさを讃え、すぐにエレナを迎えに馬車が駆け付けた。


「一人で帰れますわ。皆さんありがとう、では御機嫌ようシズリア様」

「ええ、お気をつけて。エレナ様」


エレナが立ち去った後、シズリアは残った取り巻き達と睨み合う。


「エレナ様はお優しいからお許しになったけれど、調子に乗らない方がよろしいですわよ!」

「私の侍女が傷つけられたのよ、調子に乗るも何もないわ」

「白々しい、まだ被害者のフリをなさるなんて」

「フリではなく被害者よ、貴女達こそ白々しい!」


今にも掴み合いをしそうなほど言い争うシズリアと女達、すると再びツェーザルが間に入った。


「奥様、ここは抑えて下さい」

「ツェーザル…そうね、早く帰ってキリアをちゃんと手当てしなくては」


シズリアはキリアの手を握り、馬車へ向かう。

ツェーザルは一度だけ女達の方を見て、


「お嬢様方も、怒鳴るなどはしたない真似はよしたほうが宜しいですよ。綺麗な顔が台無しです」


蕩けるような笑顔でそう言った。

ツェーザルは柔らかい栗色の癖毛に、澄んだ緑色の瞳を持つ美男子。

元々は役者として劇団に所属していたのだが、父が事業に失敗し借金を抱えたため夢を諦めて安定収入のある仕事をしている。

十分過ぎるほどのルックスを持つ彼に微笑まれ、エレナの取り巻き達三人は顔を赤く染めた。

ツェーザルが笑みを見せたのはその一度きりだったが、三人の心に深く刻まれたのは間違いない。

先にキリアを馬車に乗せていたシズリアは、チラリと様子を伺いながら笑う。


(ツェーザルってば罪な男ねー。自分がカッコイイこと自覚してるもんね)


王子役が良く似合うイケメンの微笑みは破壊力が高い。

戻ってきたツェーザルの手を借りて馬車に乗り込みながら、シズリアは小声で礼を言う。


「ありがとう、助かったわ」


ツェーザルは片目を瞑り、御者台へと乗り込み屋敷への道を急いだ。
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