みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん

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第7部 大乱闘スマッシュシスターズ

第12話 走れ卑怯者っ!

 もう9月も半ばに突入しようかとしていた、土曜日の早朝。

 蒸し暑い中、飼い犬と散歩するおじいちゃんの姿もあれば、部活へ顔を出すべくキコキコ♪ と生温かい風をチャリンコで切り裂きながら、あくびを噛み殺す学生などの姿が目に入る。

 どこかまったりとした、ある種の異世界のような静寂の時間。

 そんなゆったりとした時間の中、俺、大神士狼は、



「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ペースが落ちてるぞシロウ! ダッシュ、ダッシュ!」
「ちくしょぉぉぉぉぉっ!?」



 バカみたいに咆哮ほうこうをあげながら、全力で砂浜を駆け抜けていた。



「もっと太ももを上げろ! 足だけで走るな、全身で走れ!」
「ヌガァァァァァァァッ!?」



 台湾で人気のお土産の名前を口にしながら、砂浜の向こう側から怒声をあげる我が母上――大神おおかみはすを睨みつける。

 短パンにランニングシャツを身に着け、目いっぱい膝を上げ、砂を蹴り加速する。



「はい、ゴール!」



 ピッ! と、母ちゃんの隣でストップウォッチを止める、よこたん。

 さらにその隣では、特に何もすることがなく、黙々と走り続ける俺を満足気に眺める女神、いや悪魔が1人。



「なんですか士狼? そんな恨めしそうな目でわたしを見て?」

「はぁ、はぁ、はぁ……。あ、あの、芽衣さん? ちょっと俺の話を聞いて貰っても、いいですかい?」

「話ですか? 別に構いませんよ?」



 芽衣の横で顎を上げ、荒い息を吐きながら、背筋をのけ反らせて空を仰ぎ、よろめいて立ち止まる。 

 途端に母ちゃんから怒声とも罵声ともつかない叱責が飛んできた。



「立ち止まるな! 常に歩きつづけろ! 動いていた方が、乳酸が抜けやすいんだからっ! つらかろうが、小走りでスタート地点へ戻れ!」

「ハァハァ……。ちょっ、ちょっと待って、母ちゃん?」
「待たない!」



 ピシャリッ! と言い放つビックマザー。

 うわぁ、聞く耳もたずだよ……。

 筋肉の苦痛もそうだけど、呼吸の苦痛がメチャクチャキツイ。

 肺の中に小さない針を何本も刺されているかのような感覚だ。

 それでも、これだけは言わなければっ!

 俺は何とか唇を必死に動かし、2人の悪魔に言葉をつむぐ。



「あ、あのさ? なんで俺は朝4時に叩き起こされて、訳も分からず砂浜をダッシュしているわけ?」

「なんでって、蓮季さんは現役のスポーツインストラクターなんですよ? 蓮季さん以上にトレーニング指導を行える人間を、わたしは知りません」

「い、いや、違うの。違うのよ、芽衣ちゃん? 母ちゃんの職業とか、今はどうでもいいの。俺が聞きたいのはね? 『なんで訳も分からず、朝っぱらから砂浜ダッシュをさせられているんだ?』ってこと! あんだーすたんど?」

「そんなの決まっているだろうが。体育祭の騎馬戦に出場する愛しの我が息子を、無償で鍛えてやろうという、お母様の優しい慈愛の精神からくるサービスだ」

「誰か【サービス】と言う言葉の意味を、母ちゃんに教えてあげてください!」



 いや、ちょっと待て?

 今、おかしなこと言わなかったかママン?



「というか、騎馬戦に出場するのは俺じゃなくて、そこに居る芽衣なんですけど?」

「? シロウ、おまえは何を言っているんだ?」
「はい?」

「メイから聞いたぞ。おまえ、メイの馬として出場するんだろ?」

「……ハァ!?」



 なにそれ!?

 シロウ聞いてないよ!?

 ガバッ! と芽衣の方を振り返ると、



「 ( ✌︎'ω')✌︎ 」



 自信満々にピースサインを向けてくる、我らが女神さま。

 いやいや、ブイッ♪ じゃねぇんだよ!?



「お、おまえ! 俺を賭けた勝負で俺を使うって、そんなのアリかよ!?」
「アリです。アリアリです。もう書類も提出してしまいました」



 そ、即答ですかい、そうですかい……。

 芽衣は昨日とは違う、別の意味で恐ろしい爽やかな笑みを浮かべ、



「さぁ士狼! 共に騎馬戦で勇名を馳せようじゃありませんか! 目指せ! 打倒、蜂谷蝶々です!」
「り、理不尽すぎる……」



 愕然がくぜんと肩を落とす俺に、「くっちゃべってないで、さっさと走れ!」と母ちゃんの温かい声が砂浜に響く。

 ママンの慈愛に満ちた怒声に反射的に体が動き、また数分かけて砂浜を全力疾走。

 戻ってきた頃には、はい虫の息♪



「はぁ、はぁ……。も、もうこの際、騎馬戦に出場することになっちまったのは文句は言わねぇよ。芽衣の野郎、言い出したら効かない暴走列車トレインだからな……」

「誰が暴走列車トレインですか?」



 ぷくぅっ! と、可愛らしく頬を膨らませる女神さま。
 
そんなあざと可愛い女神さまに構うことなく、俺は母ちゃんに向かって「ただ」と言葉を繰り出した。



「こ、こんな過酷なアップってある? 最初からこんなに飛ばしてたら、最後までたないと思うんだけど?」

「アップ? なにを言っているんだ愚息ぐそく? 言っておくが、今日はずっと砂浜ダッシュだぞ?」

「へっ? えぇ!? 今なんとおっしゃいましたか!? 砂浜ダッシュ? 1日砂浜ダッシュって言った!?」

「えぇい、うるさいぞ。そんなに叫ぶ体力が余っているなら、まだ大丈夫だな」



 そう言って、息子の抗議をガン無視して、よこたんの手元にあるストップウォッチを覗き見るビックボス。

 ふむっ、と1人納得した表情を浮かべ、



「あっ! ちなみにこのペースだと、明日もダッシュだぞ。明後日も、おそらくダッシュだな」
「鬼畜すぎるっ!?」
「ゴチャゴチャ言わずに走れ。はいゴーッ!」



 パンッ! と母ちゃんが短く手を叩くのと同時に、再び砂浜を駆けだす。

 今日はもう何本走ったのか分からねぇよ……。

 再び数分かけてゴールへとたどり着く。

 俺は肩で息をしながら、肺に残った空気を絞り出すように、母ちゃんに抗議した。



「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!? か、母ちゃん。お、俺は陸上選手になりにきたんじゃねぇんだぞ? 騎馬戦をしにきたんだけど?」

「走りは全てのスポーツの基本だ。ほら、止まるな走れ!」

「い、eスポーツも!? eスポーツの練習でも走りますか!?」

「屁理屈を言う元気があるなら、まだ走れるな。もう1周プラスだ!」

「いやぁぁぁぁぁぁっ!?」



 俺は母ちゃんの足下にすがるように抱き着きながら、瞳をウルウルさせ、イヤイヤッ!? と首を横に振った。



「か、母ちゃん! いつになったら、この砂浜ダッシュは終わるわけ!?」
「このダッシュで1分切ったらだ」
「1分かぁ……今日中は無理だなぁ」



 なんなら明日中も無理。

 というか、なんで俺はこんなバカみたいに走らされているんだよ? 意味わかんねぇ。

 と出かかった言葉を、母ちゃんが先読みして封殺ふうさつしにかかる。



「最近不規則な生活のせいで、シロウの肉体はなまりに訛っているからな。いくら騎手の腕が良くても、肝心の馬がコレじゃ、勝てるモノも勝てねぇよ」

「うぐっ!? い、言い返せない……」

「だろ? だからまずは、身体を引き締めるところから始めないとな。心肺機能を上げて、余計な肉を減らす。今はやることをやる前の段階だ」



 そう言って、母ちゃんは「ほら、はやくスタート地点に戻れ」と俺を急かしてくる。

 アカン……経験上わかる。

 こうなったママンは、テコでも動かない。



「……ハァ、しょうがない。こうなったら、チャッチャと走って、パッパと終わらせるか」

「おい愚息、何をしている? はやく戻れ、シバくぞ?」

「まぁ待ってくれよ、母ちゃん。せめて今日の俺の練習メニューだけでも、教えてくれや」



 母ちゃんは「しょうがねぇなぁ」と面倒くさそうに眉根を寄せながら、今日やる練習メニューを口にし始めた。



「100メートル全力ダッシュ10本。200メートル全力ダッシュ5本。これで1セット、今日はこれを20セット――どうしたシロウ? どこへ行く?」

「実家に帰らせていただきます!」



 生存戦略ぅぅぅぅっ! と叫びながら、我が家へ帰ろうとする俺。

 逃げるんだ、ここではない何処どこかへ!

 どこでもない未来へ! 

 そんな俺の行動を見透かしていたのか、母ちゃんは「メイッ!」と鋭く彼女を呼ぶと、下僕と化した女神さまが、目にも止まらない速さで俺の背後に回り、身動きが取れないように羽交い絞めにしてきた。

 そのまま引きずるように、ズルズルと俺をスタート地点へ強制移動させる。



「頼む芽衣! 離してくれ! 後生だから! お願い100円あげるからぁ!?」

「ほらほら、バカなこと言ってないで続きをやりますよ?」

「いやいや続きも何も、殺しにかかってるから! 俺を殺しにかかってるからね、このメニューっ!?」



 もう家族どころか、生徒会総出で俺を殺しにかかってきているとしか思えない。

 何なの?

 士狼を絶対殺すウーマンなの? 

 もうやめてよ!

 士狼のライフは、もうゼロよ!?



「あ、あわわ!? お、落ち着いてよししょー!?」
「いいから黙ってやれ愚息」

「無理無理ムリムリかたつむり! 死んじゃう! 俺、死んじゃうから!」

「安心しろ。仮にもおまえは大神の人間だ。愚息を褒めるようで癪に障るが、おまえの身体能力は常軌を逸している。この程度じゃ死なん。そういう風に、お母ちゃんが育てたからな。自分でも、自覚はあるだろう?」

「そりゃあ、まぁ……うん」



 確かに、特殊な家庭環境のおかげで、同年代と比べて頭1つ……というか『人間』というカテゴリーから外れている自覚は、少しある。

 でもさ?

 だからって、コレはやり過ぎコ●ジーじゃない?



「というかさ? ちょっと身体が訛った程度で、俺が負けるとでも思ってるワケ!? すげぇ心外なんですけど?」



 うそっ!? 息子への信頼、低スギィ!?

 ママンとの絆に涙がちょちょ切れそうになっていると、何故か母上から睨まれた。

 えっ、なにその目?

 俺、今、なんかおかしなコト言った?



「まさかっ! お母ちゃん、そんな軟弱者にテメェを育てた覚えはねぇよ。このメニューは、おまえの憎しみをあおるためのメニューでもある」

「ハァ? なんでそんな事をするんだよ?」



 意味が分からん? と、小首を傾げていると、母ちゃんが「本当に分からないか?」と、まっすぐ俺を射抜いてきた。

 うぐぅっ!?

 あの人の心の中を見透かしたような目……苦手なんだよなぁ。



「メイから話を聞いて『もしや?』とは思ったんだが……どうやら正解のようだな」
「だ、だから何が!?」



 俺が何とも言えない気持ち悪さを抱いていると、母ちゃんは俺の胸の内を読んだかのように、ハッキリとこう言った。



「愚息、テメェ……その蜂谷って小娘に情が湧いてるだろ?」
「…………」
「……やっぱりな、このバカ野郎が」



「ハァ……」と母ちゃんが、これみよがしに溜め息こぼして見せる。

 ちょっ、やめて!?

 そんな目で息子を見ないで!?

 軽く死にたくなっちゃうから!?



「えっと……蓮季さん? 少々話が見えないのですが? どういう事ですか?」



 俺たち大神親子の会話の意味が理解出来なかったのか、芽衣が頭の上に『?』を乱舞させながら、母ちゃんに声をかけた。



「この愚息バカの悪いクセでな。少しでも仲良くなった相手には、本気で戦えないんだよ」



 母ちゃんは「まったく」と肩をすくめながら、ガンガン息子をけなしていく。



「基本的に大神家の人間は、その血の凶悪さポテンシャルの高さ故に、好戦的で喧嘩っ早い、短気な人間が多いんだ」



 でも、と母ちゃんは続けた。



「どういうワケか、この愚息は、歴代の大神家の人間で1番のポテンシャルを有しているにも関わらず、平和主義の甘ちゃん野郎に育っちまった。おかげで、少しでも情が湧いた人間には、手心を加えちまう」



 だからっ! と、母ちゃんは改めて俺を睨みつけながら、にたぁっ♪ と猛禽類を彷彿とさせる笑みを顔に張り付けた。



「メイのためにも、極限までテメェをイジめ抜いて、愚息の中から蜂谷って小娘の情を消し去ってくれるわ!」

「ねぇ? それ本当に芽衣のため? 自分のストレス発散のために、息子をサンドバックにしようとしてない?」

「お母ちゃんだって、本当は心苦しいさね。でも、愛する息子のために、ここは心を鬼にするさね」

「嘘つけババァ!? 顔が笑ってんぞオルァッ!?」

「誰がババァだ、クソガキ!? ぶっ殺すぞ!?」



 母ちゃんが隠し切れない本心を口にしながら、俺の胸倉を掴んでくる。ひぇっ!?



「オラっ、休憩は終わりだ! さっさと走れ、クソガキッ!」
「絶対に嫌だっ!?」



 ブンブンッ!? と、高速で首を横に振っていると、芽衣が小さく耳打ちをしてきた。



「――もし今日中にこのメニューを消化できたら、洋子の恥ずかしい写真を1枚、プレゼントしてあげてもいいけど?」

「走ろう、母ちゃん。夕日に向かって、どこまでも」
「お。おぅ。急にやる気になったな、おまえ?」



 困惑する母ちゃんを放っておいて、俺はストップウォッチを握り締めオロオロッ!? しているラブリー☆マイエンジェルを1度だけ見つめる。



「えっ? えっ? ど、どうしたの、ししょー? えへへ……」と、ほんのり頬を桃色にしつつ、はにかんだ笑みを浮かべる、よこたん。

 そんな彼女のあられもない姿を想像しただけで、お股にハチャメチャが押し寄せてくる。

 このメニューが終われば……ふふっ。

 オラ、ワクワクすっぞ!



「よっしゃ! 覚悟決めた! ちゃちゃっと終わらせようぜ!」
「よく言った、シロウ。それでこそ母ちゃんの息子だ。それじゃ、ヨーイ……GO!」
「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!」



 雄叫びを上げながら砂浜を爆走する。

 それから俺は、3人が見守る中、土日の休みを目いっぱい使って、ずっと走り続けた。
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