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第3部 シンデレラボーイは、この『恋するウサギ』を応援する義務がある

第28話 『アタシ』が『アタシ』であるために

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「アタシは化学部室を見て回るから、洋子は教室。士狼は昇降口へ行って、宇佐美さんが帰っていないか確認して。わかったら連絡よろしく!」

「よっしゃ! 任せろ!」
「う、うん! わかったよ!」



 芽衣の合図を号令に、それぞれ校内へと散らばる俺達。

 俺は言われた通り昇降口へと移動し、うさみんの下駄箱を確認する。

 上靴は……無い。

 ということは、まだ校内に居る。

 そのことを2人にラインで知らせ、俺も迷える子ウサギを捜索するべく校内を駆けだした。

 1階から3階までくまなく探すが、うさみんの影すら見つけることが出来ない。



「マジでどこ行ったんだよアイツ……あっ!」



 そうだっ! 科学室から、何か人探しに役立ちそうなアイテムを、かっぱらってくればいいんだ!

 思い立ったが吉日、すぐさま科学室へと移動するべく、廊下を駆ける。

 あっという間に科学部室まで移動した俺はドアノブを回そうとして、ハタッ! と気がついた。



「やっべ!? 俺、鍵持ってないじゃん!?」



 ここに来てまさかの致命的なミス発覚! 

 どうする? 元気に鍵を借りに行くか?

 って、今はアイツと喧嘩中だから、借りに行くにも行きづらいし……マジでどうしよう!?

 と1人頭を悩ませていると。



 ――カチャリッ。



 と、ドアノブが回った。



「へっ? あ、開いてる……?」



 何故か鍵のかかっていない科学部室。

 もしかして、元気が施錠し忘れたのだろうか?

 まぁどっちにしろ、都合がいい。

 これで元気の発明品が使えるわけだ。

 俺は勢いよく科学部室の扉を開けて……固まった。

 なんせそこには、俺たちのお目当ての人物が行儀よく座って、天井をあおいでいたから。



「うさみん……おまえこんな所に居たのか」
「1号……? ど、どうしてここに……?」



 虚空を見つめていたロリ巨乳の視線が、俺とかち合う。

 一瞬だけ呆けた顔を浮かべる彼女であったが、すぐさま思い出したかのようにニパッ! と顔に笑顔を張り付ける。

 だがやはり、どこか偽物じみた笑顔のため、奇妙な違和感を覚えて仕方がない。



「どうしてって、おまえを探し回っていたからに決まってんだろうが?」
「ワガハイを? ……あぁっ、なるほどのう。どうやら、いらぬ心配をかけたようじゃな」



 申し訳ない、と困った顔を浮かべる、うさみん。

 その少しでも近づいたら消えて無くなってしまいそうな雰囲気に、体がすくむ。



「ワガハイなら、心配しなくても大丈夫じゃ。確かに猿野に嫌われたのはショックではあったが、我を見失うほどではなかったし、何なら『あぁ、こんなもんか』とすら思ったくらいじゃからな」
「こんなもんかって、おまえ……」



 違うだろ? 

 そうじゃないだろ?

 そう言ってやりたいのに、唇が全然動かない。

 普段は余計なことばかりペラペラしゃべるくせに、肝心なときに役に立たない自分に腹が立つ。

 何か言え!

 何でもいい、何か喋れ!



「う、うさみん」
「――そうですか。では宇佐美さん、わたしと勝負してみませんか?」



 とつぜん、背後から聞こえてきた鈴の音を転がした様な声音に、俺とうさみんは弾かれたように振り返っていた。

 俺達の視線の先、そこには。

 科学部室の前で、額に大粒の汗を滲ませた、我が校の誇る生徒会長さまが、そこに居た。

 猫かぶりのお姫様が、そこに居た。

 古羊芽衣が、そこに居た。



「勝負、じゃと?」
「はい、勝負です。わたしが勝ったら、1つだけわたしの言うことを聞いてもらいます」
「……ならワガハイが勝てば、どうなる?」
「もうこれ以上、わたしたちが、あなたに介入することはありません。約束します」



 その勝負とやらに絶対の自信があるのか、芽衣はやけに強気な態度で、うさみんに発破はっぱをかける。

 もう全てがどうでもいいのか、うさみんは投げやり感のある口調で「いいじゃろう」と小さく頷いた。



「ありがとうございます」
「御託はいいのじゃ。それで? その勝負とは一体何をするのじゃ?」

「難しいことではありません。ただ、わたしの質問に全部『平気だ』と答えてくれるだけで構いません」

「……それは勝負になるのかえ?」
「やってみれば分かりますよ」



 おい芽衣! と声をかけようとした矢先、視線だけで「任せてくれ」とお願いされる。
 
 その異様な迫力を前に、俺は彼女を信じて引き下がるしかなかった。



「では始めましょうか。宇佐美さん、あなたはトマトは好きですか?」
「平気じゃ」
「なら、あなたは昆虫を触れますか?」
「平気じゃ」

「ならあなたは……猿野くんに嫌われて平気ですか?」



 ピタッ、とうさみんの言葉が止まった。

 うさみんは不服そうな視線を芽衣に向け、なんとも忌々いまいましい者を見る眼つきで睨みつけた。

 が、芽衣はそんな視線など、どこ吹く風と言わんばかりに、シレッとした態度で。



「どうしたんですか?『平気だ』って、答えてくれないんですか?」
「……貴様、ぞんがい性格が悪いんじゃのう」
「あら、今さら気がついたんですか?」



 クスクスと底意地が悪そうに笑う芽衣。

 きっとコイツの前世は悪役令嬢だったに違いない。

 そんなイジワル令嬢を前に、うさみんは余計に眉根をキッ! と寄せ、烈火の如く瞳を吊り上げる。



「どうします宇佐美さん? このままでは、わたしの勝ちになりますけど?」
「~~~~ッ、平気じゃ! まったくもって平気じゃ!」



 言った瞬間、うさみんはすごく苦しそうな顔を浮かべた。

 それでも、芽衣の質問は止まることはなかった。



「猿野くんに、無視されるのは?」
「へ、平気じゃ」
「猿野くんと、お話することが出来なくなっても?」
「平気、じゃ……」
「猿野くんと、一緒に居られなくなっても?」
「…………」



 とうとう彼女の口から「平気」という言葉が聞こえなくなる。

 別にこれは芽衣に言わされているだけで、うさみんの本心と思う人間は、この場所には居ない。

 だというのに、うさみんは「平気」という言葉を使うのを、酷く躊躇ためらった。

 それの無言の意味する先の答えなど……いくらバカの俺でも分かるというもの。

 コイツは、本当は……。



「猿野くんに彼女が出来て、どうでしたか?」
「……やめろ」
「猿野くんが他の女の子とお話していても、いいんですか?」
「やめろと言っておる……」
「猿野くんが他の女の子を好きになっても、いいんですか?」

「やめろと言っとるんじゃ!」



 うさみんの金切り声が、この場にいる全員の鼓膜を激しく震わせた。

 芽衣はそんな彼女の心の鎧から、本当の『宇佐美こころの気持ち』を取り出すべく、あえて再び口をひらいた。



「宇佐美さん、もう1度聞きます。猿野くんに嫌われても、平気ですか?」
「平気……なわけないじゃろうが!」



 気がつくと、うさみんは大粒の涙をポロポロと流していた。

 それはまるで、彼女の心の鎧が涙となって剥がれ落ちるかように、1枚、また1枚と頬を伝い落ちていく。

 全ての鎧が剥がれ落ち、残ったのは剥き出しの「宇佐美こころ」という少女だけ。

 そこには普段の尊大な態度の少女おらず、年相応に悩み、傷つき、葛藤する女の子がいた。



「嫌いなワケ、ないじゃろうが!? ずっとずっと好きだったんじゃ! 一生分の人生を賭けるくらい、大好きだったんじゃ!」



 その心の叫びを、芽衣は真正面から受け止め、彼女の華奢な身体をきつく抱きしめた。



「嫌じゃ、嫌じゃ! 嫌われとうない、猿野に嫌われとうない!」

「どうやら勝負は、わたしの勝ちのようですね。では約束通り、1つだけわたしの言うことを聞いてもらいましょうか」



 泣きじゃくる彼女の背中を優しく撫でながら、子どもをあやすような声音で、静かに口をひらく芽衣。

 きっと芽衣は、ずっと考えていたのだ。

 どうすれば、彼女を救ってあげられるのか。

 どうすれば、1人悲しく震えている女の子を、助けることが出来るのか。

 だがそんなこと、本当は考えるまでもなかったんだ。

 うさみんを救う方法なんて、最初から分かりきっていた答えなのだから。

 だから芽衣は、実に簡単に、あっけらかんと、その答えを口にした。



「猿野くんと仲直りしましょう。みんなで『ごめんなさい』して、一緒に怒られれば、怖くないハズです」

「お、お姉さま……。うぁ、うあぁぁぁぁああああ~~~~ッッ!?!?」



 涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、うさみんは芽衣に抱き着いて、わんわんと泣き続ける。

 芽衣はそんな彼女が泣きやむまで、ずっと文句の1つもあげることなく、ただただ優しく、ギュッ! と抱きしめ続けた。
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